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第9話 宗馬、テレビを見る

『本日は、今話題沸騰中の結婚相談所、卜部結婚相談事務所から卜部さんにお越しいただきました!』


 小洒落た雰囲気のスタジオでソファにゆったりと腰掛けているのは、分厚い髭にサングラスをかけた見覚えのある胡散臭いおっさんだった。ただしゆるふわカールの白髪は後ろで一つに括り、服装も着物ではなくスタイリッシュで無難なグレースーツだ。


(テレビだからってちょっと見た目を視聴者に日和ってる感じが腹立つ!)


「すごいすごい! これ俺たちがお世話になった所じゃん! え、なんか有名になったのかな?」


 渋い顔でフォークを口に入れている宗馬とは正反対に、達也は心から卜部の出世を喜んでいる様子だ。


『卜部さんの結婚相談所はまだ開設されてから日が浅いとお聞きしております。昨今同じような形態のサービスが乱立する中、他社との差別化はどのようになされているのでしょうか?』

『とにかく徹底的な結果の追求ですかね。我が社の売りは最強最高のご縁を確実に提供することでして、他所様のように数名の候補者からご自分で選んでいただくのではなく、こちらでこの方こそ! というたった一人の運命の方を、自信を持って紹介させて頂いております』

『自社のサービスに並々ならぬ自信をお持ちでいらっしゃるようですね。確かに優柔不断な現代人の我々にとってはとても理想的なサービスと思われますが、実際の顧客からの反応はいかがでしょうか?』

『はい、顧客満足度アンケートの結果も、百パーセントご満足頂けているという結果が出ております』


(嘘つけぇ! そんなアンケート書いた覚え一切ないぞ!)


 血走った目でテレビの画面を睨みつけている宗馬の横で、達也も不思議そうな表情で「あれ、そんなの書いたっけな?」と首を傾げている。


『本日は卜部結婚相談事務所がSNSでバズるきっかけとなった火付け役、タレントのタケピン夫妻にお越し頂いております。タケピンさん、ヒメポンさん、どうぞ!』


 パチパチパチパチ! とお昼のワイドショーらしい一般閲覧席の観客の拍手に迎えられて、今時の若者風の奇抜なスタイルの芸能人夫婦が笑顔で手を振りながらスタジオに登場した。


「宗馬、この二人知ってる?」

「しょっちゅうテレビに出てるし、まあ顔ぐらいは。てかこの二人夫婦だったんだ」

「最近電撃結婚したタレントなんだけど、なんとそのキューピットが我らが卜部さんなんだって」

「マジで?」


 宗馬は思わずテレビに映る幸せそうな夫婦をまじまじと見つめた。


『スピード婚で世間を騒がせたお二人ですが、結婚の決め手となったのは一体何だったのでしょうか?』

『いや~、まさかヒメと結婚とかマジか~って感じだったんすけど、卜部っちに言われたし話してみるかってなったら、これが意外と話が合って~』


 意外ってなんだ。どこからどう見ても地球以外の別の惑星から一緒にやってきた異星人みたいな格好して並んでるくせに。


『ヒメもタケはマジないわ~って思ってたけど、卜部っち信じてマジ正解だったよ』


「ほら見て宗馬! タケピンとひねポンも最初は合わなかったらしいけど、結婚して正解だったって」

「ヒメポンだろ。てかどう見てもこの二人お似合いじゃないか。本当に卜部結婚相談事務所が縁で結婚したのか? サクラじゃなくて?」

「え~、そんなことするかなぁ?」


『お二人はどこから見てもお似合いの夫婦にしか見えませんが、卜部結婚相談事務所を訪れる前には何か葛藤のようなものがあったのでしょうか?』


 ほら見ろ、司会のアナウンサーにも同じことを言われている。


『いやだってタケってどう見てもチャランポランって感じだったから、結婚は無いかなって。でも運命の相手だとか言われたから半信半疑で付き合ってみたら、見た目とは全然違ってて。こう見えてタケってちゃんとトイレ掃除とかするんですよ』

『俺もヒメってカップラーメン以外の料理作れんのかって思ってたけど、まさかのこいつ出汁からラーメン作るんすよ。もうこれラーメン屋のラーメンじゃねえかって、即ノックアウトでしたね』


「すごいね! てかラーメンの出汁って家でも作れるんだ」


 テレビに映る幸せそうなカップルをぼんやりと眺めながら、宗馬は感心した様子の達也のコメントを聞くともなく聞いていた。


(同じ芸能人で、服の趣味からしてもおそらく似たような感性の持ち主だろう。確かに相性最強って感じだ)


 達也からはしょっちゅう幸せそうな惚気話を聞かされていたが、実際に相手に会ったことはなかったため、いまいち実感が湧いていなかったのが正直なところだった。このように実際に卜部結婚相談事務所のおかげで成婚した幸せそうなカップルを目の当たりにすると、宗馬はどうしても心がモヤモヤとした感情に苛まれるのを抑えることができなかった。


(俺と翼とは雲泥の差だな……)


『値段を聞いた時は正直マジか! って感じでしたけど、おかげでまあいい結婚ができたんでね』

『視聴者の皆さんの最も関心の高そうな話題が出ましたが、そこの所はいかがでしょうか?』

『ご縁の見つけ方は完全に企業秘密でして、報酬もそれに関わってくるので人によって頂いている金額は異なります。まあ普通の婚活の相場くらいの値段と思っていただければ宜しいかと』


「……ま、宗馬、聞いてる?」


 いつのまにか心配そうな達也の顔がこちらを覗き込んでいて、ようやくはっと我に返った宗馬は思わず持っていたフォークをガチャンとチーズケーキの皿の上に取り落とした。


「あ、ごめん」

「なんかぼんやりしてるけど大丈夫?」

「昨日ずっと緊張してたからかな」


 宗馬はう~んと伸びをしてから、後ろのクッションにバタリと仰向けに倒れ込んだ。


「例のあの人、次の週も会いたいって言わなかった?」

「ああ大丈夫、ちゃんと先約があるって言って断っといた」


 次の土曜日は会社の工場メンバーでフットサルに行く予定だった。翼はそれなら日曜日はどうかと提案してきたのだが、翼とデートするなら一日は休暇が必要だった。今日みたいに達也を呼び出して話を聞いてもらうための休日が。


「別にそっちを優先してくれたら良かったのに」

「いや、俺がフットサルしたかっただけだから」

「それなら彼も呼んだらどう? 別に彼氏なんて言わなくても、友達ってことにして誘えば……」

「いや、それはいいよ」


 宗馬は両手をブンブン振って大袈裟に拒絶の意を露わにした。全くもってこういう時に社内恋愛というのは不便極まりない。

 その時、ガンガンガン! と玄関の扉を乱暴に叩く音が部屋中に響き渡り、宗馬と達也は思わず顔を見合わせた。インターホンがちゃんとついているにも関わらずこういう呼び出し方をする人間を、二人はこの会社で一人しか知らなかった。


「え、やだなぁ。休日なのにトラブルとかじゃないよね?」


 不安そうな達也の声を背中に聞きながら、宗馬は立ち上がって玄関の扉を開けに行った。


「びっくりするんでインターホン押して下さいっていつも言ってるじゃないですか、工場長」

「え~、インターホンの方がびっくりしないか?」


 高野工場長は子供っぽい笑顔を浮かべながらそう言うと、奥にいる達也に気がついてよっと手を挙げた。


「山梨もいたのか。ちょうど良かった。一緒にメシ行こうぜ」

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