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第12話 宗馬、フットサルへ行く

 緑の絨毯のように人工芝が地面に広がる屋内コート。宗馬たち現場組が休日に集まってフットサルに興じる際、毎回利用する施設だ。ドーム型屋根付きなので天候に左右される心配もなく、更衣室やシャワールームも付いていて至れり尽くせりの、宗馬のお気に入りの場所でもあった。

 そんな馴染みのコートの外からボールを取り合う若人たちを眺めながら、宗馬は隣に佇む達也に向かってボソリと呟いていた。


「……どうしてこうなった?」


 本来フットサルは五対五で行うスポーツだが、別に公式試合を行うわけではないので、宗馬たちは毎回ルールも人数もそこまでガチガチに固めずに自由にボールを蹴って遊ぶのが常であった。そもそも集まる人数も毎回まちまちで、四人しか集まらなかった時などは二対二でプレーすることも珍しくはなかったのだ。

 それがどうしたことか。コートの中では八人のプレイヤーが激しく競り合い、二つのゴール前にはきちんとゴールキーパーが仁王立ちになって、さながら金剛力士像の形相で各陣営の聖域を死守している。コート外には宗馬たちの他にも数名の社員が並んで試合の様子を見守っていたのだが、ゴールが決まるたびに女性社員の黄色い歓声が施設内に響き渡っていた。


「まさか営業部の人たちも参加してくれるなんてね」


 普段はスーツか作業着姿の人間たちがスポーツウェアやTシャツを着て走り回っている様子を見ながら、達也が嬉しそうに目を細めた。


「いや、ただの現場の集まりだったはずなのに、いつの間にか会社を上げてのスポーツイベントみたいになっちまってるじゃんか」

「まあ人数多い方が楽しいし、事務所の人と普段あんまりこうやって落ち着いて話す機会ってないから、俺はいいと思うけどな」


 ガツッ! と営業チームの中年社員の浜辺と工場チームの左野の肩がぶつかって、ボールがコロコロとコート外に転がって行った。


「ファールファール! ラフプレー禁止!」

「はぁ? んなお上品なサッカーしてんじゃねぇぞ!」

「生意気だぞ若手が!」

「ブーブー!」


 落ち着いて話す機会あるかこれ?


「あっ、営業チームのボールだ。頑張れ海田さ~ん!」

「お前どっちの応援してんだ?」

「あっ! 間違えた」


 海田は背が高くて長いはずの手足を生かしきれず、簡単にボールを現場若手の右京に奪われていた。


(鈍臭い!)


 しかしすぐさま営業部の長身イケメン二大巨塔の片割れ、瀬戸歩夢が華麗に工場チームからボールを奪い返し、コート脇から黄色い歓声が上がった。


「キャー! 瀬戸さ~ん!」


 浜辺や海田と違ってスマートな身のこなしでボールを敵ゴール前まで運ぶと、瀬戸はシュッと鋭いパスをもう一人の長身イケメンに渡した。


「キャー! キャー!」


 華麗にゴールを決めた翼に向かって、惜しみのない拍手と歓声が送られる。


「さすが営業部の若手エース二本柱! 決めるとこちゃんと決めてくれるよね!」

「かっこい~」

「仕事できる人はスポーツもできるのね」


(そうか、翼って仕事できるんだな。本当見た目通りの男だ)


 隣で騒いでいる女子社員の歓声を聞きながら宗馬が内心納得している横で、達也が不服そうにぶつぶつと何か呟いている。


「いや、ゴールってのはそれまでの地道なアシストがあってこその結果であって、派手な結果に気を取られて縁の下の力持ちを評価しないっていうのは……」

「え?」

「ていうか仕事とスポーツって、そんな直接的にそこまで関係ないでしょ。確かに海田さんはどっちかっていうと地味な営業かもしれないけど、仕事できないわけじゃないよ!」


 宗馬は先ほどの海田のプレーを脳内でリプレイしてみた。うん、普通にボール取られてただけだな。勝手な印象だが、仕事でも何となく鈍臭そうな気がする。


「あっ、見て見て! 今日の天野さんちょっと髭生えてない?」

「本当だ、珍し~」

「いつもはどこにも隙なしって感じなのにね」

「ちょっと行って聞いてみようよ」


 宗馬は思わずコートの端で水を飲んでいる翼をまじまじと見つめた。本当に女性というのは細かいところによく気がつく。言われてみて初めて、宗馬はうっすらと黒い髭が剃られずに翼の口元を覆っていることに気がついた。


(まぁ休日だし、そんなこともあるんじゃないか?)


 隣で観戦していた女子社員たちがわらわらと翼の周りに群がりに行くのと入れ替わりに、瀬戸がタオルで汗を拭きながらこちらに向かって歩いて来た。


「下地さん、山梨さん、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です、瀬戸さん」

「ナイスプレーでしたね」

「いやいやそんなことないよ」


 宗馬の儀礼的な褒め言葉に、瀬戸も笑いながら儀礼的に謙遜して手を振った。


「いいところは全部翼の奴に持ってかれちゃったしね」

「いえいえ! それまでのアシストあってこそのゴールですから!」

「そこまで熱っぽく褒められると何だか照れるなぁ。ってあれ? あそこに落ちてるの海田さんのタオルじゃない?」

「あっ、本当だ! 俺拾ってきますね!」


 瀬戸の言葉に達也がすぐに飛び出してタオルを拾い、ヒョロリと背の高い海田の所まで駆けていった。


(なんか達也の奴、やたら海田さんに懐いてるな。まあうちの営業で一番優しいし、裏表なさそうなのってあの人くらいだもんな。それで営業できてるのか逆に心配だけど)


「下地さんって翼となんか親しいの?」


 別の事を考えていたところに突然翼の話を振られて、宗馬は危うく飲んでいたスポーツドリンクを吹き出しそうになった。


「……な、何の話ですか?」

「だってこないだ折れたホウキ持って事務所に来てた時、名前で呼び合ってたじゃん」

「えっ?」


 名前で呼び合ってたって? 誰と誰が?


(……いや、違うな。俺は翼のことを名前で呼んだりはしてないはずだ。でも翼はうっかり口を滑らしてたかもしれない)


 宗馬は動揺を悟られないよう、努めて冷静なフリを装って真っ直ぐ瀬戸の目を見返した。


「天野さんはフレンドリーな営業の方なので、みんなのことを名前呼びしてるんじゃないですか?」

「いや? 俺は瀬戸って呼ばれてるけど」


 マジでか。


「……じゃあ瀬戸さんとはフレンドリーに接したくないんじゃないですか?」

「言うねぇ」


 瀬戸は悪戯っぽい笑みを浮かべながら宗馬を見た。


「あいつ最近忙しそうだったから、本当は今日営業でゴルフの練習行こうと思ってたのわざわざ中止にしたのに、まさかのフットサルに参加するつもりだって聞いてもうびっくりでさ。あんまり気になったから俺も付いて来たんだ」


 宗馬は瞳に軽い警戒心を滲ませて瀬戸を見返した。


(営業部内の人間関係にはそこまで詳しくないけど、長身イケメン二大巨塔の片割れの瀬戸が翼に対してライバル心剥き出しってのは聞いたことがある。同期の営業同士だし当然と言えば当然なんだけど……)


 わざわざ工員の宗馬にまで絡んでくる所を見ると、翼の弱みになりそうな部分なら小さな綻びでも目ざとく見つけ出して利用しかねないタイプに見えた。


(うちは古い会社で社長も高齢だし、年配の社員も多い。取引先も似たような昔ながらの会社が多いから、LGBTに対する対応が今の人たちほど優しくない。翼が男もいけるなんて知れたら、きっと不当な扱いを受けることになるだろう)


 やはり会社では翼との距離をきちんと取るように心がけよう。


「あっ、こんなところにいた! 何で今日現場のフットサル大会があるって教えてくれなかったんだよ、宗馬」

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