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第13話 宗馬、知らないうちにペアルックにされる

 今まさに会社では距離を取ろうと決めたばっかりだってのに!


「……天野さん、お疲れ様です」

「翼でいいってば」


 こいつ、本当に人の気も知らないで!


「ていうか翼、お前のためにわざわざゴルフの日程変えたのに、何で急にフットサル行くとか言い出したわけ?」

「別に日程変える必要なんかないって言っただろ? 今日お前らだけで行けば良かったじゃないか」

「みんなで行って親睦を深めるのが目的だろ? てかそもそもいっつもお前の参加率が悪いから、今週なら行けるって言ったお前に合わせたのに」

「それは確かにちょっと悪かったけど、早めに言ったからセーフだろ?」

「まあね。下地さん聞いてよ、こいつ先週の日曜日の十二時頃に来週行けるって連絡してきたんだけど、その十分後にやっぱり行かないとか言い出してさ」

「へぇ」

「てっきり最近忙しかったからやっぱり乗り気じゃなくなったのかと思ったのに、より疲れそうなスポーツ選択してるってどういうこと?」


 ちょっと意外だった。十分後とはいえ、翼が一度した約束を断るだなんて。


「……そういえば、どうして今日俺たちがフットサルで集まるって知ってたんですか?」


 宗馬は先約があると言っただけで、工場の皆とフットサルをするとは一言も言っていなかった。


「左野から聞いたんだよ」


 あいつか。


「なんか工場メンバーで楽しそうに食事してる写真を送ってくれてさ。その時に来週はフットサルに行くって教えてくれたんだ」

「何でゴルフをわざわざ断ってまでフットサルに行くことにしたんだよ?」

「フットサルなら行きたかったんだ」

「ふうん」


 瀬戸は腹の中の読みづらい不敵な笑みを浮かべると、意味深な目つきで宗馬のポケットからはみ出しているスマホのストラップに視線を落とした。


「それ、今公開中の魔法使いの映画のグッズだよね?」

「えっ? あぁ、これですか?」


 金色の羽のついたボールのストラップだった。翼と映画を見に行った時、映画の興奮冷めやらぬ変なテンションの時に思わず買ってしまったのだ。


「原作のファンなんです。映画は今やってるやつしか見たことないんですけど、あまりに再現度が高くて感動しちゃって、つい子供みたいに買ってしまいまして」

「翼も同じの持ってたよね?」


(……え?)


 宗馬は驚いて隣に立つ翼を見た。


(いつの間に買ってたんだ? てかそこまでのファンだったのか? 映画は全シリーズ観てるとは言ってたけど……)


「あ、天野さんも映画観に行かれたんですね」


 宗馬の言葉に翼は軽くムッとしたような表情をした後、「うん、行ったよ」とテンション低めの声で答えた。


「な~んだ、てっきり一緒に行ったんだとばかり思ってたのに」

「どうしてですか?」

「翼がこれ付けだしたの最近だったから、先週の休みにでも一緒に行ったのかなって。ていうか俺が羽に触ろうとしたらこいつ般若はんにゃみたいな形相で怒ってさ。まぁ現場の人と仲良くなったってんなら、ゴルフ断ってフットサルに来たのも納得っていうか」


なんだろう。潔癖か何かか?


「俺がこのストラップを買ったのは別に先週ってわけじゃありませんよ」

「まあ、そうだよね」

「おーい、瀬戸! こっち来て手伝ってくれ!」

「は~い、今行きます」


 瀬戸はもう一度宗馬に向かってにこっと笑って見せてから、タッタッと呼ばれた場所へ向かって足早に駆けて行った。


「……いつの間に買ってたんだ?」


 瀬戸が声の届かない場所まで離れたことを確認してから、宗馬は低い声で翼に尋ねた。


「宗馬がトイレ行ってる間に。宗馬がこれ買ったの見てから、つられて買っちゃった」


 宗馬はため息をつくと、ポケットからスマホを取り出してストラップを外そうとした。


「ちょっと! 何で外しちゃうの?」

「いやだって、ペアルックとか勘違いされたら困るし」


 別に付き合っているわけでもないし、例え付き合っていたとしても、とにかくうちの会社では色々と面倒臭い。


「もう瀬戸に見られてるんだ。今更外した方が逆に怪しまれるって」

「……」


 確かにそれもそうだった。

 納得したような諦めたような宗馬の表情を見て、翼は満足そうにストラップごと押さえていた宗馬の手を離した。


「……それより何でわざわざ今日はここに来たんだ? ゴルフの誘いまで断って」


 宗馬に聞かれて翼は一瞬言葉に詰まったが、すぐにいつもの完璧な笑顔で答えた。


「宗馬がこっちにいたからだよ。もし宗馬がゴルフ場にいたなら、間違いなくそっちを選んでた」

「ふうん……」


 この完璧な笑顔でこういうことを言われると、本心を計りかねて困惑する。言葉の中に絶妙に嘘と本音が混ぜ込まれているような、そんな感じだ。


(この場合、言葉通り素直に受け取るなら、俺と一緒にいたかったからこっちを選んだってことになるけど……)


 ではなぜ一緒にいたかったのか。


(やっぱり七十万の案件だから?)


「……てかその髭どうしたんだよ?」

「ああこれ?」


 翼は形の良い顎に手を当てて、指先で短い髭をじょりじょりと擦った。


「昨日寝落ちした上に朝も起きられなくて。剃ってる暇なかったんだ」

「そんなに忙しいのか?」

「うん、狙ってる新規案件があって、それに結構時間取られてる」


 翼は両手を腰に当てると、はぁっと大きく息を吐いた。


「疲れてるなら家で休むべきだろ」

「そうだね、明日はゆっくりするよ。宗馬は髭って嫌い?」


 翼は不意にすっと顔を宗馬に向かって近づけて来た。


「ちょっと大人っぽく見えるかなって」


 宗馬は一瞬その場に固まって目をぱちくりさせていたが、はっと気がついてすぐに一歩後ずさった。


「あんまり好きじゃない」

「えっ、なんで?」

「別に、好みの問題だろ?」


 見た目もあまり好きではなかったが、一番の問題はキスする時にチクチク当たって気になるからだった。しかし今この場でそれを言うのは憚られた。それに……


(俺たちは趣味が真反対だ。翼は時間が無くて剃れなかったみたいな言い方をしたけど、本当は渋い大人の男性に憧れを抱いているのかも知れない。例えば高野工場長みたいな)


 だったらここで自分の意見を言っては、ますます二人の間に亀裂を生み出してしまう。


「本当に?」


 翼は少し不満そうな表情をしたが、再び周囲に人が集まって来たためこれ以上この話題を引き伸ばすことはしなかった。


「ちょっと天野さん、遊んでないで早くコート入って下さいよ~!」

「はい、今行きます」


 翼がコートに戻った後、宗馬はもう一度スマホに結びつけられた金色のボールのストラップをチラッと見た。


(おそろい、か)


 出かけた先で同じものを買って身につけるだなんて、なんだか学生のカップルみたいだ。


(そういえば、和虎はこういうことするのは嫌がってたっけ。ガキっぽくて恥ずかしいって)


 それから、なんだか縛られているみたいで重たいって。

 宗馬は目を上げると、髭で大人っぽさをアピールしようとしているくせに、同じストラップをこっそり買って喜んで付けている子供のような人間の広い背中を、なんだかこそばゆいような複雑な気持ちでじっと眺めていた。

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