(あ、こいつも好きに飲ましちゃダメなタイプだった……)
宗馬は後悔したが、飲んでしまった以上後の祭りである。
「すみません、お冷もう一つ……」
「下地さんは! 顔も綺麗だしスタイルもいいし、仕事もできるのに出来損ないの僕にもすごく親切にしてくれて、役に立ってるって褒めてくれて……」
そこまで一気にまくしたてた後、春樹の両目は眠そうにトロンと半目になってきた。
「だから僕……ここにいても、い、い……」
ガンッ! と音を立てて、春樹はそのままテーブルに突っ伏して動かなくなった。
「……あ、寝たこれ?」
「寝てるっぽいね」
瀬戸がチョンチョンと春樹の肩をつついたが、すやすやと寝息を立てている春樹は全く起きる気配がなかった。宗馬は泣いていいのか笑っていいのかよく分からなかったが、とりあえず春樹が黙ってくれてホッとした。
「良かったな~下地、なんか後輩にめっちゃ気に入られてんじゃん」
まるで今の状況に動じることなくヘラヘラと笑っている高野に、宗馬は心から感謝した。
「き、嫌われてなかったみたいでよかったです」
「ねぇねぇ、今のガチ告白かな?」
瀬戸も一緒に潰れてくれれば良かったのに。
「そんなわけないじゃないですか。認めてもらえて嬉しかったって話でしょう?」
「顔もスタイルもいいって褒めてたけど」
「まぁ男に褒められてもなぁ」
高野の本来ならば正論で、宗馬たち同性愛者に限ってはとんちんかんな指摘を聞いて、瀬戸は含みのある表情で宗馬を見た。
「まあ俺も下地はいい体してると思ってるよ~」
「え、本当ですか?」
「うん、現場の人間でも年配の奴らはたるんでたりするけど、お前や左野たちはちゃんとしてるっていうか、締まってるよ」
高野に褒められると、特に深い意味はないと分かっていてもついつい嬉しくなってしまう。
ふと気になって右隣を見やると、翼がどす黒い顔でジョッキを握ったまま俯いている。
「あれ、翼……?」
ガタンッ! とこちらも座っているのがやっとだったようで、春樹に続いて泥酔第二号となった。
(どうりで大人しいと思った!)
「うわっ、翼がこんなことなってるの初めて見た」
瀬戸は心から驚いている様子で、わざわざ前に身を乗り出して突っ伏している翼の顔を覗き込もうと試みていた。
「意外だなぁ、天野って酒癖悪いのか?」
「いえいえ高野さん、こいついつもは涼しい顔して潰れていく他の営業たちを見下ろしているタイプですよ。まさか潰れたこいつを見下ろせる日が来るだなんて」
「へぇ、ペース誤ったのかな?」
宗馬は翼の肩を揺すって起こそうと試みたが、春樹と同じで全く起きる気配がなかった。
「……どうしよう、これ」
「誰かこいつらの家知ってるか?」
高野の問いにその場にいる全員が首を振った。宗馬は翼の家は知っていたが、ここは黙って流れに任せることにした。
「じゃあ仕方ない。今日は俺ん家に泊めてやるか」
「ええっ! 高野さん、迷惑なんじゃ……」
「いいよ。うち子供も嫁さんもみんな出ていって広いから」
笑えない冗談だったので、宗馬は曖昧な表情でその場はごまかして乗り切った。
◇
高野の家は社員寮の最上階で、部屋は3LDKのファミリータイプとなっている。
「どうすっかな~。うん、新田は今日の主役だし、そっちのベッドを特別に使わせてやろうか」
「高野さんのベッドですか?」
「いや、出てったかかあの」
高野はそう言いながら、担いできた新田をよいしょっと真っ白なシーツのかかったベッドに転がした。普段使われていないはずなのに、埃っぽさが全く感じられない。
「……綺麗にされてるんですね、奥様のベッド」
「うん、いつか帰って来るかも知れないから~」
(口調は飄々としてるのに内容が重い!)
「それに光莉が使う時もあるしね」
「あっ、そうですよね」
翼を担いだままキョロキョロしている宗馬に、和室に布団を敷きながら高野が声をかけた。
「こっちに布団敷いてやるから、天野とお前は和室で寝てくれるか?」
「えっ、俺も泊まるんですか?」
「だって俺こいつらとそこまで付き合い長くないし、起きた時気まずくなるだろ。どうせお前下に住んでるんだしいいじゃん」
「あっ、すみません。別に嫌だって訳じゃないんです。ちょっとびっくりしただけで」
「本当? なら良かった」
高野の頼みを自分が断れるわけがない。そもそも奢ってもらっておいてこの程度の頼みを断るだなんて、人間としてどうかと思う。
和室に敷いてもらった布団の上に転がすと、翼は「う~ん……」と悪夢でも見ているかのように眉根を寄せて唸っていた。
(意外だな。前一緒に飲んだ時は全然こんな感じじゃなかったのに)
「こんなに酒弱い奴ばっかりで、うちの営業大丈夫か?」
「普段はこんなことないって瀬戸さんも言ってましたし」
宗馬は翼にきちんと掛け布団をかけてやると、リビングの椅子に座っている高野の正面に自分も腰掛けた。
「そういえば、光莉ちゃんの授業参観っていつなんですか?」
「明後日だよ、月曜日。元々うちのかかあが行くって張り切ってたんだけど、よく考えたら同じ日に職場のお母さんたちみんな休んで参観行くだろ? それでどうしても仕事休めなくて、俺に行ってくれってなったわけ」
「光莉ちゃんはどう思ってるんですかね?」
「光莉はじいじ大好きだから喜んでるよ」
高野は心から嬉しそうに目を細めると、テレビ台の収納スペースからDVDのケースを取り出した。
「ほら、これお前が前言ってたラブコメ」
「うわマジで全巻揃ってる。高野さん財布の紐緩すぎですよ。確か配信サイトも複数契約してるって言ってませんでしたっけ?」
「あ~、だって他のサイトじゃないと見れないドラマとかあるだろ~?」
高野はラブコメのDVDをデッキにセットすると、寝ている二人を起こさないように音量を自分たちがギリギリ聞こえるくらいにまで下げた。
「……最近お前の周り、何かと騒がしくなったよなぁ」
「えっ?」
テレビ画面に集中していた宗馬は、突然声をかけられて思わずビクッと振り返った。
「え、何ですって?」
「新人の新田もだけど、営業の連中とは今までそんなに絡んでなかったのに、最近やたらと一緒にいる気がしてさ」
一人は七十万もの価値を自分に求めている運命の人? で、一人は動画で弱みを握られている腹の読めない男である。高野に知られるにはあまりにも後ろめたい人間ばかりだ。
「いやさぁ、俺は嬉しいんだよ。下地ってなんか前はもうちょっと暗いっていうか、他人とあまり関わりたくなさそうな雰囲気出してたからさ。交友関係が広がったみたいで良かったよ」
「え、俺そんな感じでしたか?」
「うん、会社の人間あんまり好きじゃないのかと思ってた」
そう言われて宗馬はかつての自分を思い返してみた。
(別にそんなつもりはなかったけど……)
ただ、確かに意識はずっと会社の外に向いていたかもしれない。彼氏に好かれたくて、追うのに必死で、振られて落ち込んで、また次の相手を探さないとと焦って……
(会社の人間との関係を考えてる余裕とかなかったかも……)
翼とは付き合ってはいないけど、一応お互い運命の人という認識で、お金絡みの理由かもしれないけれど、彼は時折自分に執着しているような行動を見せる。変な話だが、それが今までに無い心の余裕と安心感を生み出しているのかもしれない。
「あ、そういえば布団一組カビ生えてるのすっかり忘れててさ、悪いけど天野と同じ布団で寝てくれる?」
……何ですと?