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第33話 宗馬、工場長の孫と遊びに行く

「ええっ! 俺がですか?」

「今日なんか用事あるのか?」

「いえ、用事はありませんけど……」


 宗馬は以前から光莉と面識があり、彼女も宗馬によく懐いてはいたが、高野抜きで光莉と会ったりどこかへ遊びに行ったりしたことは一度も無かった。


「お、俺一人で光莉ちゃんを連れて遊びに行って大丈夫ですかね?」

「大丈夫だ。光莉はもう五年生だし、本当は一人で友達と遊びに行ったりもできる年齢なんだが、やっぱり預かっている身としては一人で外へ行かせるのは不安でな。お前が一緒なら安心だ」


(ええ~?)


 しかし前述の通り、高野の頼み事を断るなどという選択肢は……(以下略)


「……分かりました。楽しんでもらえるかは分かりませんが、身の安全だけは確実に確保してきます」

「お~、お前のそういう所が安心して孫を預けられる所以だわ」


 高野がベッドに戻るのを手伝ってから、宗馬は決意の炎を胸にたぎらせてリビングの光莉の元へと戻った。


「……それでね、男はハートだって言うんだけど、それってどう思う?」

「抽象的すぎてイマイチ良さが伝わってこないね。小学生なんだから足が速いとか頭が良いとか、もっと分かりやすい魅力のある子の方がモテるんじゃない?」

「さすがアマノさん! 確かに足早い男子めっちゃモテてるよ」


 何の話してんだ?


「アマノさんも頭いいから会社でモテてるの?」

「俺は小学生じゃないから、頭が良いだけではモテないんだよ」

「何言ってるんですか! 天野さん会社中の女子の羨望の的じゃないですか!」


 興奮した様子でそう言う春樹を、光莉は興味深そうな表情で振り返った。


「アラタさんもモテモテなの?」

「僕は全然ダメだよ。それに今は工場勤務になったから女子から離れちゃったし」

「じゃあ工場にずっといる宗馬も全然モテないんだ」

「宗馬の魅力は分かる人にしか分からない。その方が俺にとっては好都合であり……」


(いやだから何の話!?)


 雲行きが怪しくなってきたため、宗馬は慌てて翼の話に割って入った。


「光莉ちゃん! 高野さんから光莉ちゃんをどこか遊びに連れて行って欲しいって頼まれたんだけど、どっか行きたい所ある?」


 宗馬の言葉を聞いて、光莉の顔がパッと輝いた。


「えっ! 宗馬とお出かけ?」

「うん、どこでも連れてってあげるよ」

「じゃあ宗馬の部屋行きたい!」


 ……え?


「……いや、なんで俺の部屋?」

「どこでも連れてってくれるって言ったじゃん」

「いや、そうだね。うん、確かにそう言ったけど、どうしてあえて俺の部屋なの?」

「友達が彼氏の部屋に行ったって自慢してきて、すっごく羨ましかったの。だから私も男の人の部屋行ってみたい」


 最近の小学生マセすぎ!


「いや、ダメだよ光莉ちゃん。そんな理由で男の人の部屋なんか絶対行っちゃダメだ。危ないからね」

「宗馬の部屋ならいいじゃん」

「いや、俺の部屋に来たって別に何も面白いものなんて……」


 ていうか工場長に殺されるんじゃないだろうか?


「だって宗馬どこでも良いって……」

「光莉ちゃん、宗馬はどこでも良いとは言ったけど、限度っていうものもあるからそこはきちんとわきまえないと。それに光莉ちゃんは行きたくても、宗馬は行きたくないかもしれない。光莉ちゃんも自分のお家じゃ面白くないんじゃない?」

「確かに……」


 翼の言葉を神妙に聞いていた光莉は納得したように頷くと、次の行き先を考え始めた。


「遊園地……」

「いいね! どこの遊園地に……」

「……は、よく破局するから良くないって友達が言ってたから、映画……も特に観たいのないし、てかすぐおじいちゃんがDVD買ってくれるし、ショッピングもなぁ……」


(え~と、光莉ちゃん?)


 完璧な笑顔を作っている翼の口の端がヒクヒクと痙攣し始めた頃、ようやく光莉は嬉しそうにパチンと両手を合わせて宣言した。


「水族館に行きたい!」


(おお~、俺が翼との初デートで無難に逃げようと画策した水族館……)


「じゃあ三人分の前売りチケット、ネットで予約するね」


 翼の言葉に光莉が驚いた表情をした。


「ええ~、アマノさんも来るの~?」

「宗馬一人で子守りは大変だからね」

「私もう子供じゃないし」

「ちょっと天野さん、何しれっと僕のこと外してるんですか?」

「え、新田君も来るの?」

「行きますって~!」



「大人三名、小学生一名で」


 水族館の受付の女性は終始にこやかな表情で来館者の対応を行っていたが、三人の長身男性が幼女を連れてカウンターに近づいて来た時は、流石の彼女も営業スマイルを維持することができなかった。


「えっと……親子、いや、兄妹割引を使われたりは……」

「あ、カップルなんで結構で~す!」


 宗馬の腕に自分の腕を回しながら笑顔でそう答えた光莉に、受付の女性は驚愕して傍目にも分かるくらい蒼白になった。


「え……」

「違います! 同じ会社の上司のお孫さんで……」

「は、はぁ……」


 何とか入場口は突破したものの、既に一日が終わったかのように宗馬は心底疲れ切っていた。


(ああ、俺の二十八年間の人生の中で、今日ほど俺はゲイだと周りに大声で叫びながら歩きたいと思った日がかつてあっただろうか……)


 周りは当然親子連れかカップルか、もしくは歳の近い人間の友達グループばかりだ。宗馬たちのような歪な組み合わせの集団など彼らの他にいるはずも無かった。


(ああ~、周りの目が痛い。一体俺たちはどんな集団だと思われているんだ? パパ活幼女を連れて歩いているようにでも見えているのか? 違うんです、俺はゲイなんです。お願いみんな信じて!)


「あっ、宗馬見てみて!」


 そんな宗馬の内部葛藤を知る由もない光莉は、巨大な水槽を見つけると目を輝かせてパタパタと駆け寄って行った。


「うわ~、キレイ!」

「……うん、ソウダネ~」

「ねえねえ写真撮って!」


 早速カメラマンに指名された春樹が、光莉のスマホを使ってパシャパシャと何度かシャッターを押した。


「そういえば、ショーって何時からあるんだっけ?」

「えっと……」

「イルカショーが一時、三時、五時で、アシカショーが二時と六時、ペンギンの行進が三時半からだよ」


 翼は自分から勝手に秘書になったかのように、スラスラとショーの予定を読み上げている。


「うわ~、全部観たい!」

「こっちの水槽から先に熱帯魚を見て、イルカが最後になるように上手に回れば全部観られるよ」

「分かった! 私先にお手洗い行ってくるね!」


 光莉は翼のアドバイスを聞くと、効率よく館内を回るために先に用を済ませようと、トイレを探してあたふたと駆けて行った。


「あ、光莉ちゃん! こっちのトイレの方が近いよ!」

「まぁあっちにもあるから大丈夫だよ」


 スマホの館内地図を確認しながら翼がそう言い、新田はクリオネの入っている水槽に気がついて興味深げにそちらに近づいて眺めている。宗馬もホッと息をついて、空を飛んでいるように泳いでいる巨大な水槽内の生き物たちに目をやった。


(そういえば水族館っていつぶりだっけ。ここじゃないけど、もっと遠い別の県の水族館に行って、確か綺麗なストラップを和虎とお揃いで買ったんだよな。だけど……)


ハートが半分に割れるタイプの片割れのストラップは、今でも大事に机の奥にしまい込んである。


「あのぉ、すみません」


 物思いに耽っているところに突然声をかけられて、宗馬はビクッと声のした方を振り返った。


「はっ、はい?」

「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

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