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第2話 恋の始まり

 煌斗あきととの出会いは中学に入学してすぐの頃。半ば押し付けられるようなかたちで決まった図書委員会でのことだった。

 別のクラスだった煌斗とは図書当番を一緒に組むことになった縁で話すようになり、何度か当番で顔を合わせているうちに徐々に打ち解けていき、夏休みに入る頃には一緒にいて楽しいと思えるほど仲良くなっていた。

 二年生になって同じクラスになってからはさらに親密度があがり、学校にいる時や下校時はもちろんのこと、家に帰ってからもどちらからともなく連絡を取り合い、休みの日は予定が合う限り一緒に過ごしていたように思う。


 最初はこんなに仲良くなれる友達ができたことがただ純粋に嬉しかった。お互いに口数はそんなに多いほうじゃないけれど、気が合うし、なによりもただ一緒にいるだけで楽しくて、親友ってこういう感じなのかな、なんて考えたりもしていた。


 煌斗に対する気持ちが変化し始めたことに気付いたのは中二の秋。きっかけは些細なことだった。


『あのさ、……煌斗くんって好きな人いるのかな?』


 放課後の渡り廊下。部活が終わり、いつも煌斗と待ち合わせしている正面玄関にむかう途中、普段あまり話したことのない同じクラスの女子に呼び止められてそう聞かれたのだ。


 ずっと一緒にいてもそんな話なんてしたことがなかったし、煌斗の好きな人なんて考えたこともなかった俺にとって、その質問はある意味衝撃だった。


 煌斗は見た目も頭も運動神経も良い。性格は穏やかで落ち着いていて、誰に対しても優しく接している。身体は成長してもまだまだ子供っぽさが抜けない他の同級生たちとは違い、中学生にしてはだいぶ大人びた雰囲気を持っていた。そんな煌斗は女子から人気があり、何度も告白されていたようだ。

 本人から聞いたわけじゃない。だけど、誰かが煌斗に告白してフラれたっていう話はしょっちゅう噂になっていて、そういうのに疎い俺の耳にも自然と入ってくるほど有名な話だった。

 正直俺は噂自体に興味はなかったし、当事者であるはずの煌斗がその噂を気にしている素振りすらなかったため、一緒にいてもそういう話題になったことすらなかった。

 そもそもこの頃の俺は、同級生たちが恋やその延長線上にあるアレコレに興味や関心を向けている様子を見ても、自分には関係のないことのようにしか思えずにいたのだ。

 だから煌斗の好きな人なんて知るわけもなく、結局『よくわからない』とだけ答えてその場は終わったのだが。


 その日から、ふと気づけば煌斗の好きな人について考えしまう自分がいて、それまで気にならなかった煌斗に関する噂を耳にするたび、胸の奥がざわついた。

 自分の中に起こったあきらかな変化に、最初はこれがどういう気持ちから生まれてくるものかわからず戸惑った。

 親しい友人が自分から離れていってしまうような寂しさ。それまで当たり前だった煌斗との時間が失われるかもしれないことへの不安と焦り。独占欲にも似た煌斗への気持ちは日に日に膨らんでいくばかりで、そんなもやもやした気持ちを抱え続けることに限界を感じた俺は、少しでもこの不快さを解消するため、煌斗に話を聞いてみることにした。


『──煌斗はさ、これまでいっぱい告白されてきたじゃん?』

『どうしたの、急に。もしかして誰かに何か言われたりした?』

『……そういうんじゃないけど、ちょっと気になってさ。考えてみたら俺らってあんまりそういう話したことなかったし』


 煌斗はそれまでにない俺の言動に怪訝そうな様子を見せたものの、すぐにいつもどおりの穏やかな表情になった。俺は内心ほっとしながら話を続けた。


『今まで告白してきた相手の中に、ちょっとくらい付き合ってみてもいいかなって思う人いなかった?』

『うーん。気持ちに応えられないってわかってるのに、とりあえず付き合うなんて考えられないから。──そもそも俺は好きな人としか付き合わないって決めてるし』


 きっぱりと言い切った煌斗の表情はいつも以上に大人びて見えるもので、俺の知らない誰かを想ってそんな表情をしているのかと思ったら、胸のもやもやが一気に重さを増した気がした。


『凛音こそどうなの? そういうこと聞くってことは、もしかして好きな人でもできた?』

『俺の好きな人……?』


 煌斗のことばかり気になって自分のことなんて微塵も考えていなかった俺は、一瞬なにを言われたのかわからずに、煌斗の顔を凝視してしまった。

 そんな俺を見て、煌斗はうっとりするくらい綺麗に微笑んだ。それを目にした瞬間、俺の心臓があり得ないくらい大きく跳ねた。


『俺は凛音と一緒にいる時間が好きだよ。だから凛音もずっと俺と一緒にいたいと思ってくれてたら嬉しいな』


 俺自身を好きだと言ったわけじゃないことくらいわかってた。けど、煌斗の口から突然飛び出した『好き』という言葉はあまりにも衝撃的で。

 俺はこの時になってようやく、自分の抱えていたもやもやする気持ちがどこからくるものなのか理解するのと同時に、煌斗に対する気持ちが恋なんだと自覚した。


 そんな話をしてからというもの、俺は自分の気持ちを誰にも気づかれないよう細心の注意を払うことにした。


 色んなかたちの恋愛に対して寛容な世の中になってきたと言われていても、同性同士の恋愛に対して偏見や差別的な考えを持つ人がいないわけじゃない。

 それに、いくら煌斗が俺と一緒にいる時間が好きだと言ってくれても、それが俺と同じ気持ちからくるものだとは限らない。

 俺は煌斗に自分の気持ちを知られた挙句に避けられてしまうことがないよう細心の注意を払うことに決めた。


 しかし俺の密かな決意とは裏腹に、ふとした拍子に見せる柔らかい表情や、不意に目が合った時の嬉しそうな笑顔。それに俺に触れる優しい手は、ただの友達というにはあまりにも親密すぎるようにも感じられ、もしかしたら煌斗も俺と同じ気持ちなのかな、なんて淡い期待をすることが増えていった。


 三年生になって本格的に進路を決める時期になり、俺は煌斗と同じ高校を選ぶべきか迷っていた。

 煌斗の志望校は地元でも有数の進学校で、正直俺の成績だと結構ギリギリだったため、煌斗と一緒にいたいという理由だけで受験するにはリスクがあった。

 でも、『学校が違っても、俺と凛音の関係性は変わらないよ』という煌斗の言葉に背中を押され、俺は散々悩んだ末に元々興味があった高校を受験することに決めたのだった。


 お互い無事に志望校に合格し、あとは卒業式を迎えるだけとなったある日。俺たちは合格祝いと称して二人で一緒に出掛けた後、煌斗の家に泊まることになった。

 それまでに何度か煌斗の部屋には来たことがあったけど泊まるのは初めてのことだったし、夜に好きな人と二人きりというシチュエーションはあまりに刺激的で、気にしないようにと思えば思うほど、煌斗の存在を意識せずにはいられない。

 緊張のあまりなかなか寝付けずにいると、俺の様子に気づいたらしい煌斗が俺の布団に潜り込んできた。突然のことに驚いて起き上がろうとしたものの、背後から抱きしめるように密着されてしまったら、もう動けなかった。


『凛音から俺と同じ匂いがするの、なんか不思議だね』


 囁くような煌斗の声。吐息が首筋にあたるのがくすぐったくて僅かに身じろぎすると、まるで逃がさないとでもいうように腕の力が強まり、──ほんの一瞬、煌斗の唇が俺のうなじに触れた気がした。

 初めて感じる痺れるような甘い感覚。仲の良い友達同士のじゃれあいというにはあまりに親密すぎるふれあいに、それまで必死に隠してきた俺の気持ちは、今にもあふれ出しそうになっていた。


 この出来事が決定打となり、『友達以上恋人未満』の曖昧な関係に限界を感じた俺は、煌斗に告白する決意をした。


 万が一フラれて気まずくなっても、違う学校ならば顔を合わせることもなくなる。

 多少なりともそんな気持ちがあったことは否めない。

 しかし俺の告白は、「彼女ができた」という煌斗の言葉に遮られ。気持ちを言葉にすることなく失恋した俺は、その日から煌斗と疎遠になった。


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