あの日から一度も会うこともなく、連絡すらとっていなかった
ついさっきまで予想さえしていなかった状況に、俺は咄嗟に何の反応もできずにいた。
なんで煌斗がここにいるのかとか、そもそもこれは本当に煌斗なのかとか。そんなことを考えているうちに、煌斗は俺のすぐ目の前まで来ていたらしく、呆然と立ち尽くしている俺を見て心配そうな顔をした。
「驚かせてごめん。
俺の記憶にあるものよりも少し低く、どこか甘さを滲ませる声。背が伸びて体型も顔つきも少し大人っぽくなったからか、なんだか俺の知らない人のようにも感じる。
疎遠になっていた時間などなかったかのように声をかけてきた煌斗に戸惑いつつも、俺は過去の自分がどう接していたのかを必死に思い出しながら、煌斗と視線を合わせた。
「──久しぶり。元気だった?」
あまりに突然のことで頭が働かないせいか、そんなありきたりな言葉しか出てこない。あの頃と同じように笑顔を浮かべてみようにも、上手に笑える気がしなかった。
煌斗とはあの日から一度も会うことはなく、連絡さえ取っていなかった。
同じ学区内だから、そんなに家が離れているわけじゃない。なのにこれまで駅や道端で偶然すれ違うなんてことすらなかったのは、俺だけじゃなく煌斗のほうも俺のことを避けているからだと思ってた。
あの頃の俺は、誰にも──それこそ煌斗本人にさえも自分の気持ちを知られないよう気を付けていたつもりだった。
だけど、もしかしたら煌斗も俺と同じ気持ちかもしれないっていう勝手な期待が油断に繋がって、煌斗に伝わってしまったのかもしれない。だから避けられてる可能性も否定できないと思っていたのに。
実際こうして会ってみれば、煌斗の態度は何も変わらず、俺を見る目は相変わらず優しい。
だからこそ、煌斗への想いと失恋の痛みがやっと薄らいできたタイミングでの再会は想像以上に切なくて。あの時味わった痛みが、一気にぶり返してきたかのように胸が苦しい。
煌斗は俺の初恋だった。
あの頃の俺にとって煌斗と過ごす時間はなにより大切で、たとえ両想いになれなくても、一緒にいられれば、それだけで幸せだと思ってた。
──その先にある痛みがこんなに長く心の中に溜まり続けるなんて、想像すらしていなかったから。
告白して気まずくなっても学校が離れれば顔を合わせなくて済む。時間が解決してくれる。それがいかに難しいことなのか、あらためて思い知らされた気がする。
それでも俺は、再び痛み出した心の傷に気づかない振りをして、なんでもなかったかのようにこの場をやり過ごすことに決めた。
とはいっても、毎日一緒にいた頃ならともかく、疎遠になってしばらく経っているため、今更何を話せばいいのかわからない。
思い出話に花を咲かせたところで胸の痛みが酷くなりそうだし、かといって近況を聞きたいとも思えない。
(俺、煌斗といつもどんな話してたっけ?)
そんなことを考えていると。
「あ、凛音いた! 遅くなってごめんっ!!」
改札のほうから聞きなれた声がして、明るい髪色の人物が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。
タイミング良く現れた藤島海里の姿に正直ほっとしてしまった俺は、目の前にいる煌斗に気づかれないようそっと息を吐きだした。
海里は俺と目があった途端、大袈裟すぎるほど嬉しそうに手を振ってくる。
「ホントにごめん! 連絡したけど既読つかなかったし、女の子たちから凛音が店を出たみたいだって連絡きたから、すれ違いになるかもって滅茶苦茶焦った。まだ電車乗る前でよかった~」
「全然よくないだろ。そもそも間に合ってないじゃん」
さっきまで失恋の痛みを思い出してつらかったはずなのに、いつもどおりの海里の言動になんだか気が抜けた。でもそれをおくびにも出さないようにわざと表情を取り繕うと、海里は俺が怒ってると誤解したらしく、急に焦りだした。
「だからごめんって! 凛音の好きなもの奢るから許して……!」
「は⁉ やめろよ、こんなとこで。恥ずかしいだろ!」
両手を合わせながら今にも土下座しそうな勢いで謝り続ける海里のせいで、周囲の人たちが何事かとこちらに視線をむけてくる。
まあ、それだけじゃなく、煌斗と海里がイケメンの部類に余裕でカウントされる見た目をしているから目立っているのかもしれないが。
不本意な注目を浴びる居心地の悪さから逃れるため、すぐにでもこの場を離れたいと思った俺は、もう一度煌斗に向きなおると、一方的に話を進めた。
「うるさくしてゴメン。友達きたから、もう行くね」
気が急いているせいで、少し早口になってしまったのは仕方ない。あとはこの場を離れてしまえば問題ない。そう思ってたのに。
海里に視線を向けたまま何かを考えこんでいる様子だった煌斗が、ハッとした表情で俺の腕を掴んできた。
俺の知っている煌斗ならしないだろうやや強引な行動に、思わず煌斗の顔を凝視する。
煌斗は俺の反応にすぐにバツが悪そうな顔をした後、俺の腕を掴む力を緩めてくれた。
ところが、そのまま手を放してくれるのかと思いきや、今度は俺の腕を自分のほうに引き寄せると、まるで内緒話をするかのように俺の耳元に顔を近づけたのだ。
「──夜にまた連絡するから」
「え……?」
一瞬何を言われたのかわからずにいると、煌斗はそのまま至近距離で俺の顔を覗き込む。
心臓に悪すぎる距離感に戸惑う俺をよそに、煌斗は言葉を続けた。
「……凛音に聞いてほしいことがあるんだ」
怖いくらいに真剣な眼差し。煌斗の醸し出す空気に圧倒され、抗うどころか息をすることさえ忘れそうになった俺は、ただ一言、「わかった」と口にすることしかできなかった。