ずっと疎遠だったのに、久しぶりに顔を合わせたと思ったら突然不可解な行動をとった煌斗に、俺は頭を悩ませていた。
今更こんなことをする意図も、煌斗の聞いてほしいこととやらがどういったものなのか見当もつかない俺としては、正直これ以上関わりたくないとすら思ってしまう。
あんなに好きな相手だったのに、こんな風に思う日がくるなんて思ってもみなかった。
久しぶりに煌斗に会って感じたのは、『好き』っていう気持ちより胸の痛み。やっと薄らいできた心の傷が大きく開きそうな気配がたまらなく怖い。
今晩くるであろう煌斗からの連絡をどうにか躱す手段がないか考えていると。
「ねぇ、さっきの人って、凛音の友達?」
隣を歩いている海里にそう聞かれ、俺はようやく我に返った。
「……中学の同級生」
煌斗との関係を説明しようにも、自分の気持ち的にも複雑すぎて、それ以外の言葉がみつからない。
「もしかして、あんまり仲良くなかった感じ?」
「え……?」
遠慮がちに聞いてきた海里の表情は、いつもとは違い真剣さを感じさせるもので、俺のことを本気で心配してくれているのが伝わってくる。
さっきの煌斗とのやり取りや、まるであの場から逃げるように立ち去ったことから、どうやら俺と煌斗の間で過去に何かトラブルがあったんじゃないかと思われてしまったらしい。
「中学の時は仲良かったけど、高校に入ってから特に連絡とってなかったから、どんなテンションで話せばいいのかわかんなくて戸惑ってただけ。だからあのタイミングで海里が来てくれて正直助かった」
「ふーん、なるほどね……。役に立てたならよかったけど」
海里は俺の説明にどこか納得していない様子をみせつつも、俺の気持ちを汲んでくれたのか、それ以上煌斗との関係を追及してくることはなかった。
「そういえば、海里はこれからどうすんの?」
「どうするって言われてもなぁ……。凛音は?」
「俺は適当に時間をつぶしてから帰る予定」
「じゃあ、俺も」
「は? せっかくここまで来たんだし、俺に構ってないで打ち上げに参加したほうがいいんじゃない?」
半ば強引に話題を変えた俺に対し、海里はさほど気にする様子もなく会話を続ける。
海里は一見軽そうに見えてよく周りを見ているし、さりげない気遣いができる人で、こっちが踏み込まれたくないと思っていることには絶対に触れてこない。
そういうところは本当にありがたいし、いいヤツだって思ってる、……けど。
「凛音が行かないんだったら俺も行かない。せっかく好きな人と一緒に過ごせるチャンスを無駄するつもりはないから」
やたらと俺と一緒にいたがったり、こんな風に臆面もなく俺のことを好きだと言ってくるのは困りものだ。
イケメンで明るい性格の海里はクラスのムードメーカー的な存在だ。その上、世話好きで人懐こく、誰に対しても優しいこともあり、女子からの人気も高いらしい。
けれども、海里はなぜか俺のことが好きだと公言していて、誰かに告白されることがあっても、それを理由に断っているのだとクラスの女子から聞かされた時には、ちょっとひいた。
俺を理由にするなと言っても、「本当のこと言ってるだけだし」なんて、軽い調子で言ってくるのだから困りものだ。
おかげで俺と海里のやりとりをクラス中が温かい目で見守るのが日常化している。
俺としても、最初の頃はやたらと構ってくる海里を鬱陶しく思っていたものの、それがほぼ毎日となると大型犬に懐かれているみたいで無下にもできず、結局冗談のような海里の言動を黙認している状態だった。
けれども、今日は思いがけず煌斗と再会したことで、ようやく薄らいできた心の傷がまた痛みだしているせいか、いつもなら聞き流している海里の『好き』という言葉が妙に気持ちをざわつかせる。
色んな感情に振り回されて落ち着かない気分になった俺は、すぐにでも家に帰りたい気分だったが、今帰ってしまうと、同じ駅を利用する煌斗と遭遇してしまうかもしれないことに気づき、仕方なくかどこかで時間をつぶすことにした。
◇
「そういえばさ、なんであんなにしつこく打ち上げに誘われたのか、さっぱりわかんなかったんだけど」
打ち上げが行われているカラオケ店に戻らなかった俺たちは、近くのファミレスで遅めのランチをとっていた。
昼時のピークを過ぎたこともあって休日にしてはそれほど混み合っていないこともあり、それなりの時間を利用するにはうってつけだ。
普段あまり自分から話すことのない俺でも、さすがに無言のままでいるのは気が引けるため、それなりに話題を振ったりしていたのだが。
取り留めのない話をしているうちに、ふと今日ここに来ることになったそもそもの経緯を全く聞いていなかったことを思い出したため、俺をしつこく誘った張本人である海里に訊ねてみることにしたのだ。
普段周りのことに無関心な俺がそんなことを気にしてると思っていなかったのか、海里は意外そうな顔をする。そして少しだけ考えるような素振りをみせると、おもむろに立ち上がり、俺の隣に移動してきた。
「え、なに? もしかしてここで聞いたらマズい話だった?」
向かい合って座っていたにもかかわらず、わざわざすぐ横に移動してくるなんて、よほど聞かれたくない話に違いない。
どうしても知りたいわけでもなかった俺は、海里の突然の行動に焦ってしまった。
「はい、凛音はこのジュースを飲んで」
なぜか俺の飲みかけのグラスを差し出され、ストローを唇に当てられた。グラスを受け取ろうとしたものの、海里が渡してくれる気配はない。
「このままの体勢で、目線はちょっと上にむけて」
(誘われた理由を聞いただけなのに、なんで海里にジュースを飲ませてもらう必要が……?)
俺は頭の中を?マークでいっぱいにしながらも、おとなしく指示に従う。すると海里は、頬が触れあうほどに顔を近づけ、空いているほうの手でスマホを持つと、その様子を撮り始めたのだ。
何の説明もなく行われた行為に、俺は慌てて顔を背けた。
「やめろよ。いくら友達だからって、本人の許可なく撮影していいと思ってんのか?」
意味不明な恥ずかしい真似をさせられたこともあって苛立ちをあらわにした俺に、海里はいたずらっぽい笑みをみせる。
「騙し討ちみたいな真似してゴメンね。でもさ、こうでもしないと凛音は協力してくれなそうだったから」
「当たり前だろ。こんな恥ずい真似、頼まれても絶対しない」
「うん、だから凛音には絶対に参加してほしかったんだって」
理由を説明されたはずなのに、全く意味がわからない。
「二人が揃ってるところを、見たい、見せたい、自慢したい。制服もいいけどオフショっぽい画像も拝んでみたいなぁ、って話になって」
「は? なにそれ」
「要するに俺らがイチャイチャしてるところが見たかったってこと。そういうの流行ってるらしくてさ。芸能人とかでもメンバー同士が仲良くしてるのを見るのが好きって人がいっぱいいるんだって」
煌斗への想いを隠さなきゃと必死なっていた過去を持つ俺にとって、そんな流行りは青天の霹靂というくらい衝撃的なものだった。それと同時に、海里の言動が温かい目で見守られている理由が腑に落ちた。
「というわけで、これクラスのグルチャにあげていい? そうすれば彼女たちも気が済むと思うから、もう無理に誘われたりしないかもよ?」
ウィンク付きで微笑まれ、なんだかすっかり毒気を抜かれた俺は、今回限りという約束で海里の提案を了承することにした。
◇
思いのほか長い時間ファミレスで過ごした俺たちは、夕暮れ間近になってようやく店を後にした。
海里は俺の家の最寄り駅まで送ると言いだしたが、わざわざそんなことする必要はないと断りをいれ、結局駅で別れることになった。
「じゃあ、また明日学校で」
そう言って、自分が利用するホームにむかおうとしたその時。
「……凛音はさ、俺の言ってる『好き』の意味、ちゃんとわかってないでしょ」
海里の言葉に、足を止めた。
振り返った先にいた海里の表情はいつもの明るい笑顔ではなく、寂しそうにも悲しそうにも見えるもので。これまでそんな海里の表情なんて見たこともなかった俺は、咄嗟に返す言葉がみつからない。
ただ立ち尽くすだけの俺を見て、海里はすぐにいつもどおりの笑顔になると。
「また連絡するね。バイバイ」
まるで何事もなかったかのようにあっさり別れを告げ、俺に背を向けた。
俺は遠ざかっていく後姿をみつめながら、海里の呟いた言葉の意味を考えていた。