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第5話 『好き』の意味

 海里との出会いは高校の入学式の日。同じクラスだった海里が俺に声をかけてきたことがきっかけだった。


 失恋のショックから立ち直れず、新生活に夢も希望も抱けないまま高校生活のスタートを切ることになった俺は、積極的に友達作りをしようとは思えず、教室の自分の席でただぼんやりと座っていた。

 楽しそうにしているクラスメイトの中で、虚ろな表情をして席に座っている俺はあきらかに浮いていたようで、同じ中学の出身で顔見知りだった人さえも俺に声をかけるどころか、近づいてもこなかった。

 俺はそのことに対して何も感じておらず、むしろこんな精神状態の時に煩わしい人間関係で気を遣うくらいなら、ひとりのほうがマシだとすら思っていた。

 少し大人に近づいたことからくる浮かれた雰囲気と、新しい環境への期待と緊張感。ここにいる人たちの表情はみんな明るくて、俺だけが違う世界にいる気がして虚しくなった。


 とりあえず一旦教室を出よう。そう考えた時。ざわついていた教室がほんの一瞬静まり返った気がした。

 教室に入ってきたのは、派手な見た目のイケメン。明るい髪色とおしゃれに着崩した制服は見るからにチャラそうで。だけどみんなの視線を一心に浴びた時の人懐こそうな笑顔は、見た目ほど近寄りがたい人物には見えなかった。

 俺以外のクラスメイトもそう感じたようで、海里の周りにはあっという間に人が集まっていた。


 同じクラスというだけで、俺には関係のない人。そう位置付け、すぐに視線を外したのだが。


『俺、藤島ふじしま海里かいりっていうんだ。よろしくね』


いつの間にか俺の席まで来ていた海里にそう声をかけられたのだ。


『……篠原しのはら凛音りおんです』


 よろしくと言わなかったのは、仲良くなれそうな気がしなかったから。この時の俺は、クラスの人気者が『ぼっち』になりそうな人間をほっとけないだけで、海里はすぐに俺のことを相手にしなくなるだろうと思っていた。


 ところが俺の予想に反し、海里は俺の側を離れていこうとはしなかった。

 俺のほうから話しかけることはほぼないけれど、海里はいつも楽しそうに俺に話しかけてきて、周囲から俺の隣に海里がいるのが当たり前だという認識されるようになるまでそう時間はかからなかった。


さらに二年生のクラス替えでも同じクラスになり、仲の良さをクラスメイトから指摘された際には。


『俺が凛音のことが好きで付きまとってるだけ。今のところ完全に片想いだけどね』


と軽いノリで言い出し、その日から海里は俺のことが好きだと公言するようになったのだ。


煌斗あきとへの気持ちを自覚してからというもの、同性同士の恋愛の難しさについて悩んできた俺は、海里の発言を複雑な気持ちで聞いていた。


 本気じゃないから簡単に好きだと言えるし、周りも軽い気持ちで応援できる。

 それだけのことなのに、俺が口にすることが出来なかった『好き』という言葉を聞く度に、後悔とも羨望ともつかないような思いがこみ上げていた。


 本気じゃないのがわかるのか、それとも海里が誰からも好かれる性格だからか。

 今ではクラスメイト全員が海里の言動を温かい目で見守っていて、俺自身もやっと最初の頃ほど海里の言葉が気にならないようになってきたのに。


『……凛音はさ、俺の言ってる『好き』の意味、ちゃんとわかってないでしょ』


 そんなことを言われたら、どうしていいのかわからない。


「『好き』の意味ってなんだよ……。散々気軽に口にしてきたくせに、今更ややこしいこと言うなよ」


 電車の中でも、家に帰ってからもずっと考えてみたけれど、海里が求める答えがわからない。


「……わからないっていうより、わかりたくないのかも」


 もし、海里の言っている言葉の意味が恋愛的なものなら、俺はその気持ちにどんな答えをだせばいいのかわからない。

 返答次第では、煌斗の時のように海里とも疎遠になる可能性があることを知っているだけに、簡単に理解したくないのだ。


「何だかんだ言いながらも、俺は海里のこと、ちゃんと大事な友達だって思ってたんだな」


 恋も友達も失ったつらい経験から、俺はこれ以上自分が傷つかずに済むよう、他人の心の機微に鈍感で臆病な人間になっていて、海里とちゃんと正面から向き合ってこなかった。

 それが今、海里を傷つけているのかもしれないと思っても、俺自身がどう動くべきなのかさっぱりわからないのだ。


(もし俺が、本気で海里と向き合ったらどうなるんだろう)


 ふとそんなことを考えてみたものの、もしもの可能性について考えても仕方ないと思い直し、この件については深く考えないことに決めた。


 ずっと疎遠だった煌斗との再会で、やっと薄れてきた心の傷が痛みだしたり、海里から思いもよらないことを言われたりで、今日はもう正直言ってキャパオーバーだ。


 そう思ったらどっと疲れた気がして、このままベッドで眠りたい衝動に駆られたものの、煌斗から連絡がくる予定だったことを思い出し、テーブルの上に置きっぱなしだったスマホにのろのろと手を伸ばした。


「はぁ……」


 思わず深いため息をついたところで、自分の変化に自嘲する。

 以前の俺だったら煌斗から連絡がくるというだけで嬉しくて、ずっとドキドキしながらスマホの画面を見つめていたのに、今は憂鬱だとしか思えない。


 それから間もなくスマホが震え、煌斗からのメッセージを受け取ったことが表示された。


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