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033 闇商人と狐耳の少女

「魔物は金になる」


 それは本当のことだった。


 最初はいつもの眉唾の情報だとばかりに思っていたが、魔物から抽出されるエキスを高値で買う人々がいる。


 証拠は今俺の目の前にある。


 机に置かれた小袋に金貨が詰まっている。


 あんな妖樹トレントで、こんなに稼げるのだ。


「……強い魔物であればあるほど、魔力が高い傾向にあり、エキスも濃厚で芳醇なものになります」


「……それをどうする?」


「飲むんですよ」


「飲む?」


「酒と同じです」


「酒? これが?」


 さっき男に渡した魔物の核……俺の目には、単なる石コロにしか見えなかった。


「もちろん加工は必要ですとも」 


「……それを飲んだらどうなる?」


「魔力に酔う」


 男は口の端を吊り上げて、ニヤリと笑う。


「自分が持つ以上の魔力が全身を駆け巡る! 圧倒的な力に、酔いしれることができるのです!」


 目を見開いて、鋭い歯を見せる。


「シヒヒッ!」


 その奇怪な笑い声に、俺がドン引きしたのを見て、男は「失礼」と言うと姿勢を正した。


「……お父様の呪縛から逃れたいのでしょう?」


 親父はこの町の町長だ。


 いつも偉そうに、「俺の金でお前も食えてる。そして俺の跡を継ぐ。だから恥ずかしくない息子でいろ」…とか、そんな下らないことを言いやがる。


「マルカトニー様。ここで上手くやれば、莫大な金を稼ぐことができますとも」


「そうだ。俺は町長なんて器に収まる男じゃない。もっと……もっと、のし上がってやるッ」


「そうですとも。しかし、この辺りの魔物は……残念ながら、さほど上質とは言えません」


「そうなのか? それならたくさん狩るしかないのか? 確かに、複数のレンジャーに任せればできないことは…」


「なんとも非効率ですね。そんな“物”をお求めで?」


 黒手袋をはめた男の指が、小袋を指差す。


 そうだ。俺が欲しいのは、こんな端金なんかじゃない。


「なら、どうしろと……」


「なに、簡単な話ですよ」


「簡単?」


「ええ。本当に我々に協力して頂けるのであれば……お教えしましょう」


「お前たちの目的は…なんなんだ?」


「普通に単なるビジネスですよ。いつか大陸中にマーケットを拡げたい。ただ、それだけですとも……」




──




 酒場の裏で、空をジッと見上げている少女の姿があった。


「ニスモ島に、狐人レイナードとは珍しいな」


 声を掛けられ、少女の薄茶色の三角耳がピクッと揺れる。


 声のした方を見やると、また昼下がりだと言うのに、赤ら顔をした3人の男が、下卑た笑みを浮かべていた。


「そんなところで、何してるんだい? お嬢ちゃん」


「……人、待ってるの」


 少女は首元のストールに口元を埋めながらそう小さく呟いた。


 亜熱帯のこの島で、厚着をしている者などいない。少女はまるで冬に備えるような出で立ちだったが、男たちのはそんなことに興味は抱かなかった。


「かなり長いこと待ってるみたいじゃねぇか。どうだい? 俺たちと少し遊ばないか?」


 男たちの視線は、少女の顔と胸元に注がれていた。


「……遊び? どんな?」


 暗く淀んでいた少女の目の奥が、好奇心で満たされる。


「そりゃ気持ちいいことだよ! へへッ!」


「……気持ちいいこと? それオレ、大好き」


 頬を紅く染める少女に、男たちは鼻の穴を大きく開き、思ったよりも簡単に、それも大きな収穫が見込めそうだという期待に胸を高鳴らせた。 


 男たちは気づかなかったのだが、垂れ下がった少女の指が鉤爪状に開いていた。鋭い爪が歓喜に震えるところで──


「なにをしているのですか。フェイフェン」


 男たちのいる反対の方から声がして、フェイフェン……そう呼ばれた少女はビクッと肩を揺らす。


「んだぁ? テメェ?」


 いいところで邪魔されたのに、男たちから剣呑な雰囲気が漂う。


 今しがた少女に声を掛けたのは、目深に被った中折帽、くすんだ赤のストール、平鋲が幾つも打ち付けられた膝丈までの真っ黒なコート、汚れひとつないブーツといった出で立ちの男だった。


 少女同様の冬国の装いで、格好こそ異様だっだが、どこにでもいる平凡な顔立ちで、特に特徴がない。


「私の連れです。ご迷惑をお掛けしたのでしたら謝罪いたします」


 黒服の男は胸に手を当て、深々と頭を下げて見せる。


「ザンネン。知り合い来たから、じゃーね」


 フェイフェンは狐特有の大きなフサフサの尻尾を嬉しそうに振ると、黒服の片腕に絡みつく。


「それでは」


「おい!」


 黒服とフェイフェンが連れ立って踵を返そうとした時、男の怒声が響いた。


「まだなにか?」


「“まだなにか?”じゃねぇよ! その女、置いていけや!」


 黒服とフェイフェンは顔を見合わせる。フェイフェンが無邪気に微笑んでるのに、黒服は眼を細めた。


「……なぜでしょうか?」


「惚けてんじゃねぇ!」「邪魔してんじゃねえぞ!」「このボケが!」


 妙に余裕ぶった黒服の態度、せっかく成功しかけたナンパが邪魔されたことへの怒り、それらは男たちを激高させるのに十分すぎる理由だった。


「置いていかねぇならこうだ!!」


 話し合いは無用だとばかりに、男が拳を振り上げようとした瞬間、フェイフェンの眼がギラリと光る。


「は? え?」


 黒服を殴りつけようと伸ばした腕の下に、フェイフェンが潜り込むと、肘の下を掌底で鋭く打つ。


 “ボキィ”とも、“メキィ”とも聞こえる軋んだ嫌な音と共に、男の肘から先がありえない方向へ曲がり、折れた橈骨が皮膚から飛び出る。


「ウギャアッ! お、俺の腕がぁッ!!」


 ひしゃげた腕を見て、男は混乱して泣き叫ぶ。後ろに控えていた仲間たちは突然の出来事に眼を丸くするしかない。


 そんな最中、フェイフェンは少しも迷うことなく、後ろの男たちも叩きのめす。ほんの一瞬で、裏拳で顎を砕き、足刀で脚を潰し、膝蹴りで背骨を折った。


「止めなさい」


 全員が倒れたところで、黒服がそう声を掛け、トドメを刺そうとしたフェンフェンがピタリと動きを止める。


「……うーん。あんま気持ちよくなかった」


 フェイフェンが血濡れた自分の指を舐めつつ言うのに、黒服は深くため息をつく。


「……騒ぎを起こす目的ではありません」


「そんなんわーってるよ」


「商売の支障になることは困ります」


「“コレ”が?」


 フェイフェンは苦しんでいる男たちを指さす。


「消すのは簡単ですが、誰が視ているか分かりません。ほどほどに」


 黒服が腕を軽く振ると、小さな黒蛇のようなものがポトリと落ち、男たちの方へとズルズルと這って行く。


「はーい。……それで、この島の商談は上手くいきそうなの?」


 フェイフェンは悪びれもなく、黒服の側にやって来て再び腕を絡める。

 容赦なく血が服についたが、黒服が気にする様子はなかった。


「シヒヒッ。…失礼。それはもう順調プロピッツィオに」


 気味の悪い声を上げ、黒服が答えた。


「……いつも思うんだけど」


「なんですか?」


「その笑い方、やっぱ変だよね?」


「……そうですか」


 まるで親子のような会話をしてその場を後にする中、男たちの苦悶の声はいつの間にか聞こえなくなっていた──

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