神殿と言うのは、創世神ニューワルトとかいう最高神を祀っている宗教施設だ。正式には『創世神殿』と言うらしい。
エアプレイスにも神殿はあったけれど、国自体があまり宗教色に染まってなかったせいか、アタシも馴染みがない。
“転移門”と呼ばれる太陽マークのような、円座のシンボルがあちらこちらに描かれてる。
ニューワルトの像は太陽を背負った、男としても女としても見える中性的な顔立ちだ。ゆったりとしたローブを着ていて分からないけど、確か両性具有とか習った記憶がある。
「勢いで来ちゃったけど……。大丈夫かな?」
長い石畳の階段を進みながら、アタシはユーデスに聞く。
「……ま、ここにニューワルトが居るわけでもないしね。大丈夫でしょ」
なんだか投げやりに聞こえるなぁ。
ユーデスの機嫌はあまりよくないみたい。
「なんかやっぱり怒ってる?」
「怒ってる……というより、心配している」
「心配?」
「うん。あのフィーリーって男は信用できない」
「……またそれ」
なんでこんなにフィーリーを嫌うんだろう? 脚の長い長髪イケメンだからかな?
「もしかして、ユーデスの元の姿は短足チビで髪薄いとか?」
「は?」
あ、なんか怒った。図星だったのかな。
「……レディー。私は容姿のことを言ってるんじゃないよ」
「うん。今のはアタシが悪かったけど、でもよく知りもしないで、アタシの知り合いを悪く言わないでほしいんだよ」
「……」
んー、なんかイヤな雰囲気。
ユーデスは表情とかないからイマイチ感情読み取れないんだよね。
いつもみたいにベラベラと喋り倒してくれた方が……
あ。ユーデスに何か話題を振ろうと考えている間に、神殿の奥へ辿り着いちゃった。
神殿は祈祷以外に、医療系神官による治療なども行われている。
受付でローラさんの紹介状を渡し、お布施という名目の治療費を払い、しばらく待合室に座っていると名前を呼ばれる。まるで前世の病院みたいなシステムだ。
ローラさんの知り合いらしい神官の前に座る。
医術の心得があるというか、医者が神官になることはそう珍しくないらしい。治療魔法があるんだから、それはむしろ当然なのかも知れない。
「……それで、剣を振ると力が入らなくなると?」
「はい。なんか多分、神経に異常があるんじゃないかなーと」
「君は医者かね? 勝手に診断するんじゃない」
怒られた。
なんでこんなゴリラみたいな人が神官なの?
神官ってより、プロレスラーの方が似合いそう。
もっと優しい人の方が、癒やし効果も高まると思うんだけどなぁ。
「……右手を伸ばして」
言われるままに手を伸ばす。神官さんはアタシの腕を色々と弄くり回す。こそばゆいこそばゆい。
「んー。反応が鈍い。次は舌を出して」
「べー」
なんか本当に診察みたいだ。魔法でちゃちゃっと原因を調べたりはしないんだ。
「次は目を見せて」
親指を目の下に当てられる。ちょっと痛い……ってか顔をのぞきこまれるのって本当にイヤだ。勘弁して。
「ふーむ」
「なんなんですか?」
「……薬物中毒」
「えっ!?」
薬物中毒?
って、麻薬!?
アタシ、ジャンキーじゃないんですけど!
「……まあ、ほとんど抜け落ちてはいる。特に治療は必要ないだろう。時間が経てば元に戻る」
「えっと、中毒になるようなことをした覚えは……」
「出身は? 地域によっては、普段食べている物で、知らず知らずのうちに常用してしまっている場合もある」
「エアプレイス…ですけど」
「エアプレイス? 空中城塞の?」
ゴリラ神官は目を見開いた。
目あったんだ。彫りが深すぎて埋もれて見えただけみたい。
「ハハハ。冗談にしては笑えるな」
いや、冗談じゃないんだけど……。
「君と同じ症状の人はいたかね?」
「え? あー、いや、周囲にアタシみたいな症状はいませんでした」
もし普段食べてる物が麻薬だったとしたら、お父さんやお母さんだけじゃなく、他の人たちもそうなってておかしくない。そんな話は聞いたことがなかった。
「なにか君だけ拾い食いしてたとかはないかね? そこら辺に生えているキノコを食べてたとかは…」
「そんなことするかッッッ!!」
いきなり怒鳴ったアタシに、ゴリラ神官はびっくりしたようだった。
「そ、そういえばローラからの紹介状に、“凶暴化”の兆候があると……お祓いしよう! きっと君は薬物中毒以前に、何か悪いモノに取り憑かれているに違いない!」
「結構です! アタシは至って普通です!」
「悪霊に憑かれた者は大概そう言うんだ!」
「自然に治るんですよね! それが分かっただけで充分です! ありがとうございました!」
「こら! 待たんか!」
アタシを取り押さえようとする神官たちの手から逃れ、アタシはそそくさと神殿を後にしたのだった。