神殿から戻って来たアタシは、ウィルテたちと酒場で合流することになっていた。
酒場に入ると、もう夕方だからか混み始めていた。ざっと店内を見回すけど、ウィルテたちの姿は見えない。
1人でテーブル席を使うのも何かイヤだったんで、カウンターの方に向かう。ウィルテたちが来てから席を移りたいって店員さんに伝えると、アタシの顔を見るなり「ど、どうぞ、ご随意に!」と引きつった顔で言われた。
まあ、情報収集で“そこそこ有名人”になっちゃったからね。
お酒の代わりにミルク……じゃなくて、ハーブティーを頼む。
そんなの酒場で頼むと絡まれるんじゃないかと最初は思ってたんだけど、中にはこれから仕事に向かうって人が軽い夕食を摂りに来るとこもあって、別に何か言われることはない。
「おーい」
少しお腹すいた。トレントを倒したお金を分けて貰えてるから、それで何か頼もうかな。
「おーいってば」
「うん?」
真後ろから声がしたんで振り返ると、そこにはなんかチャラそうな男がいた。思わず拳を握りしめてしまう。
「ヒドイぜ。無視だなんてさ」
「声? アタシに?」
「そうだよ。さっきから声かけてたのによ」
胸当てと、手甲に、分厚い作業ズボン……服装からしても典型的なレンジャーだ。腰に同じ形の剣を2本さしている。剣士っぽい。
「隣いいかい?」
「は?」
アタシが承諾する前に、サッと座ってしまった。
文句を言おうとしたら、その前に酒をオーダーする声で掻き消される。
「……ナンパなら御免だよ?」
「え? アハハ、違うって。“狂犬”の話なら聞いてるし」
短く揃えた赤髪をかきながら男は言う。
“狂犬”……不名誉だけど、これのおかげで最近は変な男から声をかけられることも少なくなった。
ユーデスが小声で「警戒して」と言ってるけど、それはアタシにも分かる。知っていて声かけてきたってことは何か別の目的があるからだ。
「“ダブルパイパイ”。チーム名もさることながら、色んな意味で有名だぜ。オタクら」
届けられたエールを飲み、男はニヤッと笑って見せる。
「何で声を…」
「マイザー・サイサー」
「は?」
「俺の名前」
? なんか話しがしにくい人だ。
なんだろ。アタシがコミュ障だからかしら?
「声をかけた理由は単純。
マイザーは、アタシの外套につけてあったホワイトバッジを指差し、それから自分の胸元のバッジ……色は緑ってことは、グリーンランクだ。確か、中堅クラスの手慣れたレンジャーだ。
「あー……ってことは、これは新人潰し? 洗礼みたいなもん?」
アタシは前世のアニメやマンガの知識でそう言うと、マイザーは眼を丸くした後、プハッ! と吹き出した。アルコール臭い息をかけられ、アタシは顔をしかめる。
「そんなんいつの時代だよ。魔物が今よりもウジャウジャいた頃の話だろ? 今やったらバッジ取り上げられるってーの」
へー。レンジャーのことはまだよく知らないけど、労働基準法とかなさそうなのに、パワハラには対応してるのかな。
「まあ、だけど下心がないと言ったらウソになる」
「やっぱり!」
「いや、だから勘違いするなって!」
アタシが拳を振り上げると、マイザーは仰け反って、降参とばかりに両手を上げた。
「勘違いだぁ?」
「ウィルテ・ヴィルル!」
「ウィルテ?」
マイザーは首振り人形みたいにコクコクと頷く。
「……もしかして、ウィルテに近づくためにアタシに声かけたってこと?」
マイザーは再びコクコクと頷く。
「アンタ、ウィルテが好きなの?」
「へ? ……あー、いやいやいや! 違う! 違うから! 違うって!」
なぜかマイザーの視線が左右に動くと、思いっきり首を横に振った。
ん? なんか「違う」ってアタシじゃない方に向かって言わなかった?
「コホン。ウィルテ・ヴィルルは、イークルの中じゃ数えるほどしかいないブルーランクだ」
「んー。うん。それで?」
アタシが拳を下げると、マイザーは「やれやれ」と座り直す。
「新人は分かんねぇかもだが、ホワイトからイエロー、グリーンまでは依頼をちゃんとこなせてりゃそこそこ簡単になれる。だけど、グリーンから上、ブルーになると、ただ強いとかだけじゃ上がれねぇのよ。強さだけで選ばれることもあるが、よっぽど強いモンスターを倒したとかの実績が必要になるわけ」
「へー」
そう聞くと、ウィルテは意外とスゴイのかも知れないと思えてくる。
「で、話はここからだ。ウィルテ・ヴィルルはそんなブルーランクにあっても、とてつもない変わり者なんだ」
うーん、確かに変わり者かな?
「依頼ってのは、遂行難度によって報酬が変わるが、当然難しい依頼になればなるだけ貰える金額も大きくなるし、ランクが高ければそれだけ稼ぎもよくなる」
「ブルーランクしか受けられない依頼とか?」
「そう。そうやって普通は自分のランクに相応しい仕事を受けるもんだが、ウィルテ・ヴィルルはそんなことお構いなしに、グーリンやイエローランクの仕事。あるいはビキナー向けの簡単なお使いだって、金額次第で手当たり次第受けてやがる」
守銭奴……アタシの中でその単語が真っ先に思い浮かんだ。
「お金のためでしょ?」
「そりゃそうだけど。ランクには“格”って意味合いもあるんだ。安く見られる行為はどうかと思うぜ」
「そんなんアタシに言わないでよ。ウィルテ本人に言えばいいじゃん」
マイザーは自分でもそれに気づいていたのか、「まあ、個人的な意見だから。気に障ったのなら悪かった」と気まずそうに言った。
「で、話はそれだけ?」
「え? あ、違うって」
「あー、もう。見てらんない。話下手すぎ」
「任せろってるのに情けないわね」
「まったくじゃな」
アタシが驚いて振り返ると、そこには犬みたいな小柄な女の子、魔法使いの格好をした女性。そして、一際大きな白熊みたいな巨人がいた。
「ゲゲッ!」
白熊にアタシが驚いていると、白熊は長い眉毛をピクリと動かす。
「なんじゃ?」
「ダルハイド。アンタは見た目おっかないんだからさ。いきなり後ろに立たれたら誰でも驚くって」
「……心外じゃ」
ダルハイド……とか言われた白熊は、ボリッと毛むくじゃらの頬を掻くと離れて柱に背をもたれかけさせる。腕を組んだ仕草から、なんかスネちゃったようにも見える。
「ええっと…」
「いきなり、ゴメンナサイね。彼はうちのチームのリーダーなの。私はトレーナ・クティオよ」
スタイルのいい、セクシーなお姉さん魔法使いが言う。トンガリ帽子に、黒いローブ……本当にファンタジーからそのまま飛び出してきたような典型的な魔法使いそのものだ。
「それで、こっちがシェイミ・フォルティス」
「よっろしく〜♪」
獣人と言うのかな?
柴犬の耳と尻尾をつけた、小柄で可愛らしい女の子が敬礼みたいな真似をしてみせる。
マイザーよりも軽装で、たくさんポケットのついた服装からしてもシーフとかっぽい。
「で、あの大きい人がダルハイド・ダッカス。見た目は怖いかも知れないけどとても優しい人よ」
ダルハイド⋯さん。いや、なんか何歳かはわかんないけど、“さん”付けしないといけないような気がする。
呼ばれて、ダルハイドさんは片手を上げて軽く挨拶してきた。この中でも一番背が高いし、横幅も大きい。着ている服も一番物々しく、きっと重装戦士なのだろう。
「1人じゃなかったの?」
少し批難を込めて言うと、マイザーは「ああ、まあ…ね」と気まずそうに答える。
「“マイザー・チーム”って名で、4人で活動してる」
そのまんまじゃん。しかもチーム名に自分の名前つけるとか、どんだけ自分が好きなんだよ。
「で、そのチームが……アタシに何の用なのよ?」
「それは……」
警戒するアタシに、マイザーたちが話した内容は──