アタシたちが出たところは、どこかのお屋敷の庭園だった。
円形の噴水、左右対称に並ぶ像、その周囲に小川まで流れていて、水を飲んでいた鳥たちが突然やって来たアタシたちに驚いて飛んで行く。
噴水の奥には、お城が……って、実のところ、そこまでは大きくないんだろうけれど、イークルにあるウィルテのお屋敷より大きくはある。
「人の気配はしないね。遺棄されて、かなり経ってる感じ」
周囲を見て回っていたらしいシェイミが、こっちの方へ戻って来た。
「帰り道は大丈夫そう。これがトラップってこともないようね」
アタシたちが通ったゲートを見て、トレーナさんが言う。
庭の柱の2本が、ゲートの発生元になっているらしい。のどかな風景に不釣り合いな黒い渦が回転していた。
「ここはどこら辺なんだ?」
「恐らく、ニスモ島ではあるまい」
「え?」
ダルハイドさんが言うのに、マイザーは驚く。
「日の位置関係から言って、南方であることは間違いないが…」
「ニスモ島よりももっと南側にゃ」
ウィルテが先に答えると、ダルハイドさんは頷く。
「海風の香りから言って、海の側でしょうね。そして大陸ではないとしたら、ここも孤島である可能性が高いですね」
フィーリーが風の吹いている方角を見やって言う。
「つまり、偏屈な魔術師の隠れ家だってことね」
アタシたちの視線が、自然と一番大きな建物へと向く。
「うっし! またエキドナみてぇな魔物がいねぇとも限らねぇ。気を引き締めて行くぞ!」
「お前が仕切るなにゃ。元は魔物退治はそっちの仕事にゃ。探索の方は任せてくれていいにゃよ」
「そりゃねぇだろうよぉ、ウィルテ〜」
マイザーとウィルテは揉めつつも、屋敷の玄関の方へと向かう。
「これは驚いた。かなり年数が経ち、誰も手入れしておらなんだろうに…」
「魔法的な保護がされているみたいね」
建物は今にでも誰かが使ってそうなほど、ほぼ新品同然に見えた。
「鍵は掛かってなかったぜ」
「コラ! マイザー! 扉とかはウチが調べてからってんだろ!」
「でも敵の気配もないしよー」
マイザーの言う通り、不気味なくらい本当に生き物の気配はしない。
アタシたちが大きな玄関を開いて中に入ると……
「こっちは荒れておるか」
「荒れたというよりは、何かと争った形跡がありますね」
高そうな絨毯には重いものを引き摺った跡、階段の手摺は折れて砕け落ちている。
「相当な金持ちにゃ。家具のひとつでも持ち帰りたいところにゃけど……」
倒れた燭台を見ていたウィルテが、マイザーをジロリと見やる。
「そろそろ吐くにゃ」
「え?」
「ここに何があるにゃ?」
「そ、そんなこと俺らが知るわけないだろ!」
「ほーん。そうかにゃ。だけど、ここはどこをどう見ても“遺跡”にゃない。近年まで“使われていた民家”とするにゃら、依頼外の行為としてギルドに報告するにゃ」
「なんだと?」
「この建物の品物、1つでも持ち帰ったら窃盗になるにゃ」
“マイザー・チーム”が目に見えて慌てだす。
「待ちなさいよ! ここは遺跡と繋がっていたんだから、遺跡の一部と見做すのが通例でしょ?」
「そうかにゃ。前に金にもならない古いツボ1つ見つけるのに、私有地に入り込んで田畑燃やした探索系レンジャーがいたにゃ。そいつは、ゴミ捨て穴を指さして『人が入れる穴があるから洞窟だ』って言ったにゃ。言うまでもなく資格剥奪にゃ」
トレーナさんが「ぐっ!」と唸る。
「わーった。話す! 全部、話すよ!」
マイザーは降参とばかりに両手を挙げる。
「依頼人の考古学者はアブドル・ブチャードだ」
「大陸の人間かにゃ?」
ウィルテは怪訝そうに尋ねる。
「そりゃそうだろ」
「随分とジジ臭い古風な名前にゃ」
「そんなこと俺に言われてもな。
……それで、この場所の話は聞いていた。かつて魔法コレクターだか何かの屋敷に繋がっていて、そこには魔法アイテムが山ほど眠ってるってな」
魔法コレクター……収集オタクみたいな感じかな?
「魔法アイテム?」
「さっきの変なエキドナや、転移魔法もそれらのコレクションの一部だろうってことだ」
「転移魔法のことも知ってたのかにゃ?」
「いいえ。“繋がっている”って言うのは、物理的な意味だと思っていたわ。アル・ズナー遺跡内に隠された秘密の隠れ家だとばかりにね」
トレーナさんがそう言って、シェイミが「たぶん、依頼人もそういう認識だったんじゃない」と続ける。
「そこまで分かっているということは、探しているものも遺物ではないのでは?」
フィーリーが言うと、マイザーは頷く。
「ああ。“
「戯水晶? 聞いたことないモンにゃ」
ウィルテがチラッとフィーリーを見たけど、フィーリーも「知りません」と首を横に振る。
「犯罪の片棒でも担がされてるんじゃにゃいの?」
「ちゃうわい! 正式にアブドルさんに所有権があるアイテムだ! ちゃーんと、この建物の権利書も確認してるし! で、なんかのトラブルでこの“欠如なき魔商”の館に入れなくなったから、俺たちに回収を依頼したって話だ!」
マイザーが必死になって説明する。
「トラブル? なんのにゃ? あんな番人を置く人物がどんなトラブルに巻き込まれたって言うにゃ?」
「そんなことまで知らねぇよ!」
「まあ、待て。マイザー」
埒が明かないと思ったのか、ダルハイドさんが前に進み出てくる。
「依頼人も土地の権利、アイテムの所有権を買い取っただけで実際に現場には来たことがない。レンジャーでもないのに、あの遺跡を通り抜け、転移魔法まで起動させるのは難しかろう」
そう説明されて、ウィルテは「うーん」と首を捻る。
「その権利書はワシも確認した。ウィズドン市国の商人ギルドの照会番号とも一致した。ホンモノに間違いない」
「戯水晶ってのは、加工して装飾品として使うといい値がつくらしいわ。ブランド名があるらしいけど、模造品を造らせないために原材料を明かしてないらしいから、そこらへんは企業秘密で教えてくれなかったけど」
ダルハイドさんに続いて、トレーナさんが言う。シェイミが「加工された宝石はキレイだったから、欲しくなるのも分かるよねー」と付け加えて言う。
「……話の内容に矛盾はなさそうですね」
「確かに。……でも、マイザー、他に旨味があるにゃろ?」
マイザーは「ったく!」と自分の額を叩く。
「他の魔法アイテムも高値で買い取ってもらう手筈だ」
「それは持ち帰った遺物の査定買い取りで聞いたにゃ」
「……それだけじゃない。めぼしいアイテムがありゃ、自分たちの物にしていいって話になっている」
ウィルテの耳がピクピクって動く。
「それで取り分は8:2かにゃ」
「どういうこと?」
「魔法アイテムは希少にゃ。それにあんな強い番人を使ってここを守らせていたってことは、“欠如なき魔商”ってヤツは相当なコレクターか何かにゃ。とんでもないお宝や武器が眠っていてもおかしくないにゃ」
「何も出ないかも知れない遺跡発掘より、収益率……確実性が高いというわけです」
「ウィルテたちに“カス報酬”を取らせて、本当の美味いところを根こそぎ持っていく魂胆だったんにゃ」
あー、なるほど。そういうことか。ようやく頭の悪いアタシにも理解できた。
「あのぉ…取り分は10:0でもいいからぁ…」
「レディーがエキドナを倒したにゃ。魔法アイテムの幾つかはウィルテたちにも選ばせろ」
「……はい」
マイザーはガックリ項垂れる。
「……最初から正直に話しとけばよかったんじゃ」
「いまさらソレ言うかよ、ダルハイドォ」
「“ダブルパイパイ”をライバル視して、出し抜くとか言い出したのはマイザーだろ」
シェイミがそう言うと、トレーナさんも頷く。
「あーもう! はいはい! 俺が全部悪いよ!」
「ウィルテを欺こうなんて100年早いにゃ。さ、さっさとお宝ゲットしに行くにゃ」