(災い転じてなんとやらだ! ついに、ついに! この時が来た!)
フィーリーは、落ちた魔剣ユーデスをすかさず拾う。
(資格? エアプレイスの巫女? そんな物は関係ない! 剣であれば、私が操れないはずがない!)
「待って!」
レディーが何か叫んだが、もはやフィーリーには聞こえない。
勝利を確信した顔で、ハイ・リッチーを見やる。
「魔剣よ! 私に力を!! あの悪しき者を倒す力を、この私こと、フィーリー・ハイオンに与えたまえッ!!」
フィーリーは魔剣を高く掲げる!
そして次の瞬間──
──僕に触れるなッ。
その声が聞こえたのは、レディーだけであった。
そして、衝撃と破裂音! フィーリーの身体が大きく吹き飛び、魔剣をその場に取り落とす。
「ユーデス? ユーデスッ!!」
レディーが呼ぶが、ユーデスから放たれる衝撃波は収まることがない!
「にゃ、にゃーッ!!」
「ムウッ?」
ウィルテまで吹き飛ばされ、ハイ・リッチーもフードをはためかせ耐える。
「ユー…デス…」
嵐の如く吹き荒れる衝撃波を浴びせられ、仰向けに倒れてレディーは気を失った。
そして、吹き飛ばされてしまったフィーリーもウィルテも同様に動かなくなる。
「……何事か。力をコントロールできず自爆したか?」
ようやくのことで嵐は静まり、ハイ・リッチーは眼窩の奥に赤く光る眼で周囲を注意深く観察する。
動いている者の気配はない。目の前には魔剣が1本、床に突き刺さっているだけだ。
「これが剣魔帝様が欲された魔剣か。なるほど、なるほど。今しがたの魔力の発露は一瞬に過ぎなかったとすれば、確かにこの剣があれば、真魔王ブロゼブブなど恐れるに足らんな」
ハイ・リッチーは剣の前までやって来て、それに手をかけようとした瞬間、ハッと何かに気付いて後退る。
「な、なんだ…これは?」
ハイ・リッチーが見る周囲の景色がガランと変わり、まるで瞬時に凍てついたかのように青白く変貌する。
「これは魔力? 馬鹿な。今しがた使い果たしたのではなかったのか? 魔剣は持ち主がおらなんだと力を発揮できぬハズでは…」
そして、今になって彼はようやく気づく。魔剣の側に、何者かがしゃがんでいることに。
半透明の姿、黒衣のマント、そして艷やかな銀髪の脇から飛び出ているのは山羊に似た丸まった双角。
「……貴様? どこから現れた? その出で立ちは上位悪魔か?」
「上位悪魔だって? 失礼だね」
喉の奥でクククと笑い、屈んでいた者が身を起こす。
癖のかかった髪に、実に綺麗な顔立ちをしていた。青白い瞳が妖しく輝く。
「子供? 女のガキか?」
立ち上がった姿を見て、ハイ・リッチーはつい小馬鹿にしたように言ってしまう。
背丈は思春期を迎えたばかりの子供のようで、そして大きな胸の膨らみから女だと察せられたからだ。
「おい。見た目で判断するなよ。死霊風情が」
「な?!」
瞬時にしてハイ・リッチーは顔面を捕まれ、地面にと組伏せられる。
(み、見えなかっただと…。魔法を使い対処をせねば…)
「なんだい? 魔法か? 使えるわけないだろ。僕の力は、“魔力の吸収”だ」
「お、おお…」
少女の瞳孔が縦に細長く開かれていく。その奥に見えるのは底知れぬ漆黒だ。
そしてハイ・リッチーはカタカタと小刻みに震える。自身の活動の源となっている、構築している魔力が急速に奪われていったからだ。
「僕を前にして、万物は等しく死を迎える。偽りの命とてそれは例外じゃない」
「お、おのれ…」
「……僕の機嫌が悪い時に出逢ってしまったのが君の運の尽きさ」
「き、キサマは…」
風化し消えつつあるハイ・リッチーが最期に教えろとばかりに問う。
「冥界の神ユーデス。魔物如きが口を利いていい存在じゃないんだよ」
そう言い終わった瞬間、ユーデスが触れていた頭蓋骨が風化して粉塵となり、その横に転がっていた水晶はひび割れて砕け散ったのであった──