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063 町に迫る脅威

 ドワーフの船大工グランダルは、仲間を率いて再びクントの森の中へと行く準備をしていた。


「今回はいつになく時間がかかったなぁ」


「ギルドでいつも雇っていた護衛がいなくてなぁ。代わりを見つけるのに手間取ったんだ」


「キャッティの女だろ。グランダル。オメェはいつもその娘ばっか選ぶな。噂になってんぞ」


 グランダルはヒゲを撫でて、明らかにウンザリといった顔をした。

 男連中だけの所帯だと、すぐにこんな低俗な話が広まるものだが、グランダルはどうにもそれが好きになれなかった。


「単に腕がいいし、格安だからだ」


「ホントかよ。オメェもいい年齢だろ。故郷に戻る気がねぇなら、ここで嫁さん探しでも…」


「本当に違う。異種族のガキだぞ。勘弁してくれや…。

 さあ! 無駄口叩いてねぇで、さっさと荷造りしやがれ!」


 グランダルが拳を上げたのを見て、同僚は「おー、こわ」と冗談めかしてから作業に戻った。


「でも、グランダルさん。この前、凄腕の剣士にも護衛頼んだでしょ。その人でもよかったんじゃないですか?」


 小柄な目元まで髪が掛かった少年が問い掛ける。

 それはドワーフの中にポツンと混じった標人ヒューマンだった。


「そうも思ったんだけどな。ソイツも引っ張りダコちゅうことで無理だったんだよ」


「それだけ強い剣士なら、そりゃそうなりますか」


「ああ、確かにありゃ並の剣士じゃねぇよ。なんせ、ボブゴブリンを一太刀にしちまったんだからな」


 年端もいかぬ褐色肌の少女を思い出し、グランダルは口の端を弛ませる。


「その話を聞く度に、本当にスゴイって思います! 僕も目の前で見たかったです! その女剣士さん!」


「ギルドに入ったんなら、この町にいるはずだ。そのうち会えるよ。ギグ」


 グランダルはギグの頭を大きな手でグシャグシャに撫でる。


 さっきの男が「別の女の話?」と振り向いたので、もう一度どやしつけた。


「…ったく。つまんねぇ話ばかりしやがって」


 グランダルが何気なく辺りを見回すと、他の作業員たちも手が止まっていた。


「おい! なにボーッとしてやがる! このままじゃ森に入る前に夜に…」


「あれ、なんだろ?」


 ギグが震える指で、マーケット通りの方を指差す。


「あん?」


 グランダルが指す方に顔を向けると、ゴマのような目がグワッと見開かれた。


「おいおい。なんだありゃよぉ…」




──




 イークルの町長キングラート・レパトリは、執務室で数々の書類に眼を通し、老眼鏡を外して眉根を揉む。


「お疲れですね」


 秘書の女性が紅茶を差し出すと、キングラートは禿頭をポリッとかいて笑う。


「…大陸から色々と催促が来ていてな。島の魔物に関する情報を急いで取りまとめて提出せにゃならん」


「島の魔物ですか?」


「何やら魔物どもに動きがあるらしい。“魔王”の噂も聞くしな」


「それが、この島と何か関係が…」


「さてな。魔物の凶暴化や、妙な団体による魔物の核の違法取引。大陸で起きていた様な事件が、こんな離れ島でも起きつつあるんじゃないかと警戒しているらしいが……」


「目立った話はあまり聞きませんが…」


「まあな。しかし……」


 キングラートはそこで区切り、秘書の顔を見やって「大丈夫か」と呟いてから続ける。


「ここだけの話だ。空中城塞エアプレイスが、最近墜ちたらしい」


 秘書の口が驚きにあんぐりと開く。


「“人類の守護門番”がですか…? 御冗談は……」


「冗談などではない。目撃情報もいくつも上がっているそうだ」


「確か、帝国には世界最強クラスの飛竜部隊がいるんですよね。それが、もし魔物に敗れたとなると…」


「ああ。世界が大騒ぎになるだろう。だから各首長の所で箝口令が敷かれている。何があっても“見間違い”だで通せとな」


「冒険者ギルドには?」


 キングラートは首を横に振る。


「伝えたとすれば、少なからず影響が出てくるだろう。この町はレンジャーに頼っている部分も大きいんだ。

 ……それに他にも…ああ、また頭が痛くなってきたわい」


 キングラートは引き出しから小瓶を取り出すと、無造作に中身を手の平に出して、数も確認せずパクリと口に入れて水で流し込んだ。


「マルカトニー様のことは……」


「どうにもならん放蕩息子だ。そんなにこの島から出たいのなら、さっさと大陸に放り出してやるべきだった」


 キングラートを悩ませている問題は息子の事だ。頭痛の大半の原因がここにあった。


 キングラートは能力があり、民を想いやる気持ちを持つ優秀な町長だった。

 当然、跡を継ぐ息子にも同じ志を持たせようとありとあらゆる事をしてきたが、それでも子育てだけは大きな失敗をしてしまったと最近思うようになった。


「自滅するのはまだ構わん。当人の自業自得だ。あいつももう子供ではないしな。私も諦めがつくだろう。

 だが、誰か他の人に迷惑を掛けるようなことだけは……」


 そこまで言って、ドシン! という腹に響くような重低音と衝撃に、マルカトニーは手に持っていた瓶を落としてしまい、錠剤が床に散らばった。


「なんだ? じ、地震か?」


 秘書が窓辺に寄り、ブラインドを開く。


 そして目にした町の光景に、キングラートは心臓が止まるかと思った。


「……いったい何をした? マルカトニー」


 まだ息子のせいかも分からないのに、キングラートはそれ以外にないと無意識のうちに思って呟いたのだった……。

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