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30.筆談奇術「未開封缶詰の予言記述」

奇術師マジシャンが未来を予知して、会場に来たらしい※

※会場の上に吊らされた、四方の観客席に向けられるスクリーンに字幕(――***――)が出て、公演が始まる※


――今ここで、る人が記すであろうこと――

――わたしはそれを予見し、忠実に再現することができます――

――その予言にも近しい言葉を、わたしはたずさえて参りました――

――ここでは、仮に【予記よき】とでも表すとしましょう――


 奇術師は会場の中央で観客たちに囲まれながら、手品の準備を淡々と進める。彼は卓上に無地のラベルが貼られた缶詰を並べていく。

 それぞれの中に〝予記〟が封印されているという。

 奇術師はおもむろに白い幕を広げ、缶詰の列におおかぶせる。


――今から皆さまのうち数人と筆談することは、ご存じですね?――


 奇術師は慣れた素振りで、しかし観客たちを横目で見て、書いて見せる。字幕が出ている四面のスクリーンに、書かれたばかりのそれは映し出される。


――あなたがたは、まだ誰にも知られていないことを記していくでしょう――

――もちろん、わたしにも知らされておりません――

――ただ予言を記してここに参っただけなのです――

――それでは、質問させていただきます――


 奇術師は自信に満ちた面持おももちで、そのなめらかな筆跡を観客たちへ向けたスクリーンに映す。

 これから披露される手品は、このような流れで進行していくのだった。


 まずは数名に回答用紙と筆記具が配られ、彼らが自筆で質問の答えをその場で記入する。

 奇術師は会場の中央からは移動せず、周囲を見渡しながら質問を映し、回答者たちを遠くから見守る。

 第一、第二……と、奇術師の自筆の質問が映し出され、回答者はおのおの、自由に書き進めていく。

 回答が終了するとともに、スタッフたちによって用紙が回収されて会場の中央へ届けられる。それはシャッフルされ、観客たちの誰がどの回答をしたか分からないようにされる。一応、個人が特定できる情報は書かないことをあらかじめ注意喚起しており、プライバシーにも考慮しているらしい。


 奇術師は質問をその場で書いたため、彼が誰かの回答を覗いたり、模写している間はない。缶詰に被せた白い幕も、動いた様子はない。そのしわが影になって良く見えるためだ。


 いよいよ、答え合わせ。

 奇術師は、白い幕を取り払い、缶詰に手を伸ばした。

 そして、字幕にこう映し出される。


――さて、皆さま――

――確かな合理性もない、この閉口しなければならない状況は続いています――

――なぜといえば――

――正答など有りはしないにも関わらず――

――皆さまが、世界に流されているからなのでしょう――


 そして四面のスクリーンに、それぞれランダムに言葉が映し出される。公演がクライマックスを迎える、という演出だ。


――Have you ever been see the other's shadow...――

――聞こえるか……――

――...in your right pupil by your eyes?――

――Aussteiger ausstellen von Erzähler?――

――……記された言葉の声が?――

――Pourquoi pleures-tu?――

――...Parce que... poussin...――

――この中から響くのは、誰の筆跡か……――


 奇術師は空虚な金属音を響かせながら、缶詰でジャグリングを披露する。

 改めてそれらを並べると、缶切りを虚空から取り出し、缶詰を抉じ開ける。


――今から取り出すものは、皆さまがいつも心で聞いている――


 その字幕の映像は自動で切り替わっていく。奇術師は力みながら、作業を進める。


――こうして開けている最中は、何も聞こえない――


 しかしながら、奇術師は缶を叩き鳴らしている。


――もうすぐ、知ることになります――

――ご自分で考えたことを記しても、実際に記したのはあなたの考えではなく――

――わたしの予記したとおりの答えに過ぎません――


 スクリーンには缶詰から取り出した記述が映し出され、会場は嘆息に覆われた。

 それは、観客たちによる精一杯の驚きを表す嘆息だった。

 あらかじめ映し出されてあった観客たちの回答と、今そこに映し出されていく奇術師の予記が一致している。コピーの疑いを除外するために、使用した筆記具の色が異なっていて、文字の間隔も微妙に違う。

 しかし、最も驚くべきは、筆跡だった。ほとんど同じ筆跡で書かれていたのだ。回答者の一人一人の書き癖を、なぞったかのように似せている。無論、先に缶詰されていた予記が、そのような順序で作られるわけがないと分かる。


“What can they know for listening, if they take their all times to heard one’s talking about itself?”


 それは奇術師の決め台詞。これも奇術だった。彼の声があたかも本人の口から響いてくるかのように、観客たちには聞こえたのだ。奇術師の口は一切動いていない。

 音響機器の仕組みだったのかもしれないが、その閉口世界の常識からすれば、驚きの状況だった。


――誰もこんなことを聞きはしないだろう――

――誰もが口を閉ざしている限り……――

――誰も耳を傾けない限り……――


 そのように字幕が映し出されると、会場は暗転していった。

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