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第2話 過去の男達

 そしてそのまま彼は退職届けの提出を人事部にしたのであった。


 それらの出来事は凛子を奈落の底に突き落とすことであった。青天の霹靂、そんな言葉を使う日が来るとは。


 この件に関しては新入社員の同期の間だけではなく、支店、いや会社全体で大騒動になった。なぜなら彼は名古屋の名門大学卒業でエリート出世間違い無しの位置にいただけあったからだ。




 もうこのあたりを思い出す時点で凛子は頭が痛くなる、どう話題をそらすかタイミングをのがしてしまったことに後悔している。


 しかも次第に明るみになっていく事実たち。彼は新入社員の研修中にも構わず合コンに頻繁に参加していた。

 凛子もそう毎日一緒にいるわけでもなく、でも会えるときには長く一緒にいることも会った。


 その時思い返せば一緒にいるときに携帯電話を見ている頻度が多かったがそれは仕事仲間との連絡であろう、と疑わなかった。

 とても顔が広く社交性もあり有望されていただけあって。そして凛子の花畑モードで疑いは覆いかぶされていたのだ。


 しかもなんとその合コンで出会った女性と八股していたともいう。人数も定かではない、そんな一気にその噂が広まり凛子も人事部に呼び出しを受け事情聴取に近いものを受けた。

 凛子は全くわからなかった。予兆すらわからなかった。そんな彼女に多くの人が同情し、慰められたもののショックが強すぎて本店での異動のはずが休みなど融通が聞き、ノルマなどもほぼない人事部預かりの身分になった。


「まぁエリートくんも期待されすぎてプレッシャーに負けて欲に押しつぶされたってわけね。メンタル弱すぎね、最近の若い子は」

 とすみ子。凛子は心のなかで当時すみ子は彼をべた褒めして自分の息子のようにもてなしてデレデレしてたくせにと思いながらももうこの話題はもうしたくないと

「若い人で一括りしないでよ」

 とだけ口にした。すると美琴がマッサージチェアから移動して凛子の横に座った。どうやら会話に参加したいようだ。


「その後誰だっけー」

 と、またもや凛子の過去のパンドラを開けようとするのだ。干渉はしないのだが過去のことをほじくり返すのかと思うのだが女性三人が家にいれば自然とそうなるようである。


「美琴が紹介してくれた人でしょ、たしか……パティシエの」

「そうそう、ジョージね。懐かしいわあ」

 その後、悲観し抜け殻になった凛子を励ますためなのかどうかわからないのだが、美琴の紹介で参加した合コンで出会ったのがジョージだった。(実のところ凛子は最初の彼に関してはショックがひどすぎたのともう忘れたいのも会って名前も顔も忘れている)


 ジョージは一つ年下だったが少し日本人離れした顔立ちで鼻が大きい純日本人パティシエ。

 彼は前の彼氏との事情もわかっていて慰めてくれた。色んなところに連れて行ってくれて次第に凛子は心がほぐれていった。


 彼自身は自分のだめなところや失敗などを先に話すようにして絶対裏切らない、各仕事をしないと誓ってくれたとで凛子は交際を受諾した。


 しかしことあるごとにジョージが凛子に


『一緒にケーキ屋を経営して僕を支えてくれるよね?』


 と頼んできたのがすこし凛子の心のなかに引っかかっていた。ケーキは食べるのも過ぎだしジョージの作るケーキも好きだし、もちろん一緒になることは考えてはいた……だがケーキ屋になる、支える、となると自分には務まるのだろうか。


 母のすみ子は結婚して寿退社し専業主婦になって公務員の父を支えている。まだ25歳だった凛子には母のようにできるのだろうか、それはそうだけども前の彼とのこともあって結婚して相手を支えることはまだゆっくり時間をかけたいと思っていたのだ。


 だから前ほど花畑な思考には至らなかった。現に当時はまだジョージはとあるホテルの専属パティシエであり店はまだ持っていなかった。

 これから大きな店を作る、街一番の大手の店に負けないくらいと。資金も貸してほしいと言われたのだが当時の給料では貸せるほどではなかったので断っていた。



 だがその判断はとても賢明であった。そもそも前の恋での痛手で警戒心もあったのだが。


「凛子、あのときお金を貸してなくてよかったわよ。あんなクズで詐欺の既婚者」


 美琴の言う通り実はジョージは既婚者で妻子持ちであったのだ。しかも自身による借金や家族に対する暴言が原因で離婚調停中だということを凛子は知らなかった。


 結果的に凛子はそんな状態であることを知らな方のにも関わらず不倫相手としてジョージの妻から訴えられ、ジョージも凛子を守ることなく逃げてしまったのだ。


 しかもジョージが貸してほしいと言われた額以上のお金を新卒のあの傷心の件で他の同期よりも出遅れた彼女には到底払えないものであった。


「ちょっと美琴、お父さんいるのにジョージの話はやめようよ」

「大丈夫、寝てるからお父さん」

 父はまだお笑い番組を見ているようだが微動だにしないところからテレビを見ているうちに寝てしまったのであろう。


 その際、しっかりと話しを聞いた父が必死で弁護士を探し出し、何とか事態は収束した。もちろん凛子はジョージの家庭事情も知らなかった、資金の打診も受けたそれらは凛子が子供の頃から書いていた日記の習慣があり日記に日付付きで書いていたのが一番の決め手になったのだ。


「お姉ちゃんが変にマメでよかったよ、私なんて自分の子どもの記録ですらあやふやだし」

「そこはしっかりしなきゃだめよ。こどもって記憶曖昧なんだから。お母さんは全部記録してありますから、二人のことも。私も昔から主婦日記を毎日書いてたけどジョージ事件が起きてからなおさら細かく書くようになったわぁ」


 と家族間の間でこの件は「ジョージ事件」と名付けられるほどの一大事になったのだった。

「お母さんが私の物心ついた頃から夜な夜な日記を書いていたのを見てたからね。その真似をしてただけだよ」


 と凛子はすみ子が一人ダイニングで日記を夜な夜な書いていたのを思い出した。そして誕生日に日記をもらってそれを書き始めたのがきっかけであった。実のところ今も続いてはいる。


「そうね、凛子は私の横で何書いてるのって覗きに来たものね。私も雑誌の特集で『主婦ってやったことをなかなか他人から認められない、当たり前のことだからって……だからこそ記録してやったことを可視化して今日はこれができた!と自分を褒めることが大事です』ってね。まぁ凛子は主婦日記じゃなくてOL恋愛日記だったわけで」

「……なんかドラマにもなりそうじゃん。お姉ちゃん出版したら?」


 美琴はまたもや無責任な発言をするが凛子は無い無いと受け流した。


 そんな凛子は、二度も痛手を負い立ち直れないほどのことが起こったのだがそれはただ男運がなかっただけであったかのように、運良く周りの人たちに恵まれていた、それにはすごく感謝をしている。そのお陰でなんとか生きてこれたようなものである。


 もちろんもう思い出したくもないしこうも振り返りたくもないだろうが一緒になって言い合えるようになるぐらいである。

 そしてジョージ事件も落ち着き、仕事も他の同期と同じフロアに入り仲間たちとともに和気あいあいと仕事をしてきた。

 同年代の第一次結婚ブームは確かに周りではあったが凛子は第二ブーくらいでいいのかな、それまで待てば落ち着いて心の傷も癒やされるのであろう。


 だから自分しばらくもう恋なんてしないと決意したが、そんな矢先であったのだ。


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