「素敵ですー」
とお世辞かそうなのかいや本心からであろうと願いたいほどのスタッフたちの言葉に凛子の花畑のモードがまた開いた。
『今度はもう間違いない、これが自分の憧れた姿……』
にやけ顔が止まらない凛子。
「似合ってるよ、凛子」
雅司が優しく微笑みながら言う。その言葉に思わず顔がさらにほころんでしまう凛子。
「ありがとう、雅司さんもすごく素敵よ」
二人はお互いの姿を褒め合い、選ぶ楽しさに満ちていた。
これから結婚式でどんな衣装を着るか、どんなテーマで飾りつけるか、期待で胸が膨らむ。
このあともケーキや引き出物などをスタッフから紹介してもらう。どんな素敵な式になるのだろう……と。
しかし、そんな幸せな2人の間に……。
「あら、そのドレス……少し品がないんじゃない?」
突然、雅司の母の声が背後から響く。凛子は驚いた。二人以外誰も来ないはずだったのだが。雅司の両親が立っていたのだ。不思議と雅司は驚いていない様子。凛子が雅司の方を見る。
「いや、さ……母さんたちもドレス見たいって。居間のカレンダーに今日の予定も書いていたし……あと式場の下見も兼ねて」
少し苦笑いしながら雅司はやや口ごもった様子だ。
「え、下見って……」
凛子は頭の中で今朝欅家で晃が二人で決めなさいと言ってた場面が思い返される。雅司は凛子よりも4つ上の36歳である。
雅司の母、光江は腕を組みながらどこか不満そうな表情を浮かべている。後ろには頭をヘコヘコ下げた雅司の父、徹もいた。二人ともよそ行きの服装ではあった。
光江が凛子が選んだドレスを見てため息をついた。
「もっと品を良く。雅司の親戚、会社の人を呼ぶんですからね結婚式には。歳を考えなさい、そんな下品な幼稚っぽいフリフリはみっともないわよねぇ、あなた、雅司さん?」
徹も
「そうだな、ちょっとフリフリすぎないかな。大人なら大人らしく……それに無理に洋装着なくても和装だけでもいいじゃないか。服を追加するとお金かかるし」
とうなずきながら、雅司の肩に手を置く。徹の手にはなにか書類がある。よく見れば結婚式の見積もりの詳細の紙。凛子は自分の親にさえも見せていないのだがなぜか雅司の両親が持っていた。
雅司は一瞬だけ私と目を合わせる。このドレスは雑誌で見て凛子がすっごく気に入ってこれがいいねぇって言ったらそうだね、と雅司も賛同した。
確かに彼女よりも年齢が若い子向けぽいのだがこういうときばかりはと思って選んだドレス。スタッフの人も他店から候補の一つだからと取り寄せてもらったのだが。
「いやいや、お父さん……和装と洋装でコミコミでこの値段だから1着よりも2着着たほうが得なんだよ」
「そうなのかー、ならそのほうがいいなぁ……でも着ない分値引きしてもらえばいいじゃないか、ねえそれってできる?」
徹がスタッフの一人に声をかけると明らかに作り笑顔で
「それはできかねます……もともとこのプランは……お値打ちなプランですから」
と少し声を上ずらせていた。が多分他にもこういう事例があったのであろう、対応には慣れているようにも見える。
雅司は両親の方を向いて
「そうしようか」
と口にした。
「え」
凛子はそれしか声を発することしかできなかった。
「これ、やめよう……あと同じ女性として母さんの意見も聞いてみようよ」
自分の親を呼びたかったのに行かないと言われていた凛子、まさか雅司の母親にドレスを選ばれるとは。
すると光江は雅司のタキシードにも注文をつけ始める。
「雅司、その色は少し暗いんじゃない? 婿殿が地味ってなんだか嫁に尻敷かれているみたいで恥ずかしいじゃない」
凛子が着ているドレスに合わせたタキシードでもあり、何度も二人で選んだものだったが光江には気に入らなかったようである。
「……雅司さん……」
凛子は雅司を見るが彼は凛子に目を合わせなかった。
「うん、わかったよ。もっと明るめのやつにするよ」
雅司はすぐに義母の提案に従ったのだ。
「じゃあさっさと着替えて! 他のタキシードも見るわ、先にタキシードを決めてからドレス決めればいいの!」
と光江と徹はどかどかと入りだし選び始めたのだった。
二人で選ぶべきはずの衣装が、次々と義父母の指示で変えられていくことに違和感を覚えつつも、何も言えなかった凛子。スタッフにふと目線を合わせると彼女たちは目しか笑ってなかった。
そんなこんなでタキシード選び、そこからのドレス選びで時間がかかってしまった。他にも決めることもあったのだが……と凛子はもやもやしつつも式が終わってから色々言われるよりかはマシかとこれは通過儀礼……だと言い聞かせた。
式には自分たちの会社の人たちもたくさん来るのだ。親戚も雅司側が多い。凛子は同期と以前結婚式に呼んでくれた「友達」が多く占めている。
だからこそ自分よりも雅司側の意見を汲むべきだと凛子は思った。
引き出物は次回にしましょうとスタッフが分厚いカタログを渡してくれたのだが徹がそんなのいらないいらないと言い出した。
「こういう式場が提携してるところのやつは高いだろー。近くのモールでセールがやってたからそれを注文しといたよ」
とスマホに映し出されたものは地味な引き出物とは言えない佃煮やお吸い物セットであった。凛子はそれらのものが悪いとは思ってはいないが流石にセール品だなんてとそんな言葉をぐっとこらえつつも雅司顔を見ると良いじゃん、みたいな顔をしていた。
「店員さんに知り合いがいて、田畑さんの奥さん。雅司が結婚式するから包装紙いいの包んどいてって言ったら無料でいいラッピングで包んでおきますってニコニコしていたぞ!」
凛子はそれは流石に……と言いたくはなったが以前に雅司の家族と自分の家族で顔合わせしたあとにすみ子からあまりこちらから色々言うのは良くない、従ったほうがいいと言われていたのもあってさっきからずっと言えなかったのも事実である。
また雅司側の親戚は年配の人が多く、その人たちには無難なものを出したほうがいいというアドバイスも貰っていた。凛子はすみ子の横で親戚や義父母への対応を身近でずっと見てきただけにすみ子がそうやって今まで生きてきたからその通りにしたほうがいいだろうと……。
「凛子さん」
普段はふたりきりだと凛子ちゃんと呼ぶ雅司がそう声をかけてきた。
「大丈夫?」
「……え、あ……うん」
そう答えたが雅司が首を横に降って小声で囁いた。
「父さんと母さんに『いろいろと用意してくださったありがとうございました』って言わなきゃだめだよ」
と。
凛子はハッとした。そして雅司の両親の方を見た。何かを求めているような目。雅司は凛子の元上司、いつも彼の指示を聞いて仕事をしていた。逆らうなんてもってのことだった。
すみ子も夫や両親や親戚に頭を下げてばかりで耐えていた。それが普通であった。
「色々と用意いただき、助言もありがとうございました」
凛子はたどたどしくそう言うと光江は鼻で笑った。
「嫁が忙しい夫の代わりにしっかりリサーチして手配まで済ませるのが普通だよ、あなた達がさっさとしないから私達がやってあげたんだから。30過ぎてもそれをテキパキこなさないから。ドレスだって無難なのを選んでそれにこれから生活にいくらかかると思ってるの? こどももさっさとこさらえないと。こどもにもお金かかるし。あなた主婦になるんだから一万馬力で働く雅司に苦労させないで頂戴」
と早口で捲し立てる光江に徹がまぁまぁと宥めた。
「じゃあ引き出物はご用意されたということで……カラードレスですね、次回は」
スタッフも流石にこの場の空気に焦っていた。とカタログを出そうとすると徹は首を横に振る。
「カラードレスは追加でしょ、そんなのいらないよ。次回はたしか試食もあったよな雅司」
「そうだね、次回は試食して打ち合わせだけにしよう。凛子さんそれで良いかな」
雅司は親の意見に反対せずそのまま凛子に同意を求めた。凛子は頷いた。