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第9話 安寧な場所に

 しばらくして、凛子は携帯電話が何度も鳴っているのに気づいたが、画面を見ても、誰からのものか確認する気力もなかった。

 彼女は何度も画面を滑らせて着信を無視し、最終的には電源を切った。


 今は誰とも関わりたくない、誰かと話すことでまた涙が出てきそうな気がしたから。

 実家に戻る道を選んだ。心の中では、それが唯一の安らぎをもたらす場所だと感じていた。




 そして家に着いたのは昼の3時ごろ。

 玄関のドアを開けると、昨日友達の結婚式で帰ってきていた美琴がまだいた。

 すでに夫や子供のところに帰宅していると思っていた凛子は驚き、足元がふらついた。


「お姉ちゃん、どうしたの? 泣いてる……」


 そして凛子はそのまま、堰を切ったように泣き崩れる。


「大丈夫なの? ねぇ! 何があったの?! 雅司さんは?!」


 という母親の声が耳に入ったが、彼女は何も答えることができなかった。ただ、涙が止まらなかった。


「どうした! 凛子!」


「凛子!」


 両親が駆け寄り、必死で心配そうに声をかける。だがもう凛子の精神状態は最悪だった。

 凛子は家族の温かい手に触れると、さらに涙が溢れ出していった。



 気付けば凛子はソファーに横たわっていた。

 隣には美琴。


「凛子……大丈夫? 雅司さんに連絡したほうがいいかしら……」


 すみ子は近くの机に水が入ったコップを置いた。

 晃もソファーに座っていたがテレビを見ていた。テレビでは漫才エベレストナンバーワンの敗者復活戦をやっていた。それを黙ってみていた。マイペースである。


「大丈夫……ごめん」


 凛子はゆっくり体を起こして水を飲んだ。ティッシュで鼻をかんだ。


「……雅司さんには連絡しなくていいから」


「昨日に……今日も結婚式の準備って言ってたじゃない新居で。何かあったの?」


 すみ子は凛子に聞きながら晃にテレビを消すよう促すがただ音量を下げただけであった。


「お母さん、わたしの結婚式の時もマリッジブルーかなんだか知らないけどそういうのでしょっちゅう喧嘩あったじゃん、それだよそれ。お姉ちゃんはうまく言い返せないから……」


 美琴のいう通りだと思いながらもこれは自分たちの問題だと黙ったままの凛子。

 スマホの電源は切ったままで開くのも躊躇する。

 すると家の電話から着信音。すみ子が電話に出ている。


「……凛子、雅司さんとのことか」


 晃はそういうと凛子は頷いた。ほらほらと美琴。


「今は冷静になる時だ。こういうことはよくある。休んでなさい。大人同士だから冷静になってから二人で解決して乗り越える。でも無理ならお父さんたちに言いなさい」


 と言われたものの過去2回の恋愛で家族に迷惑をかけた手前、もう迷惑をかけたくはない、ましてや30過ぎたのに……という気持ちだった。


「お姉ちゃん、私もついてるから。なんだったら前みたいに外堀から埋めてやることもできるし」


 美琴がドヤ顔してるが晃に止められる。


「……それよりも美琴、なんでここにいるの」

「えっ、その……」


 と言いかけた時、電話を終えたすみ子が焦った顔でやってきた。


「雅司さんからだったわ。うちにいるのって言われて。申し訳ありません、今から来ますって」


 凛子は俯いた。


「断らなかったのか。今から来られても……今夜は凛子を休ませてあげたいんだが」


 晃はそういうとすみ子は首を横に振る。


「私もそう言いたかったけど返答する隙もなく切られたわ」


 美琴は凛子を抱きしめる。欅家に一気に緊張が走った。


 そしてかなり早く雅司が到着して、すみ子が彼を玄関まで迎えにいく。

 凛子の横には手を握る美琴。手汗がひどい。


「大丈夫、大丈夫だから」


「ありがとう……」


 晃は部屋着から着替えてきた。


「しばらくは見守っている……美琴もな」


 美琴は頷いた。

 そしてすみ子は雅司をリビングまで連れてきたがあまりいい顔をしてなかった。


「凛子さん」


 雅司が凛子を見るなり声をかけた。二人きり以外の時はさん付けである。

 さっきの二人きりでの会話の時とはトーンが違う。それが反対に恐ろしく感じる。


「実はね、その……」


 とすみ子が目線を逸らす。すると……。


「たく、なにやってんだか……いつまで実家依存してるわけ?」


 光江と徹だ。凛子はビクッと体を震わせた。美琴の手を強く握って美琴は察した。


「ごめん、凛子さんが出たあと母さんたちがきて……」


 という口調がさっきとは全く違うものだ。雅司がそう言うと光江が前に出る。


「雅司に聞いたら昼ごはんも出来合いで済まそうとして料理の練習をする意欲がなくてそれを指摘しただけで出ていったとか?」


 凛子は俯いた。


「新居も変なリボンぽっかりぱなしで……片付けるの大変だったわ……こんなゴミクズ、出席する人に渡してフラワーシャワーするって? ありえない。笑われるわ……恥ずかしい……雅司の妻はおかしい頭花畑女とか言われるわ」


 凛子が一人で作ったリボンが入った袋を光江が見せる。


「わざわざリボンじゃなくてもーお花じゃダメだったかな? 大人の結婚式だから……オーソドックスにしないとね」


 徹はニヤニヤしながら言った。これは結婚式場のスタッフの提案であり、雅司と凛子で決めたことだった。

 凛子は雅司を見るが目を逸らした。美琴も強く手を握り返した。


「もう決定ね、今度うちに来て料理、家事を徹底的に仕込みます!」


 と光江は言い放った。


「部屋の中はとても綺麗なようだけどすみ子さん、娘さんにどう教育したのかしら……まぁ何もしてないならまっさらな状態でうちの家のことを、やり方を教えられるからいいけど」


 かなり高圧的にすみ子に言い、すみ子は確かに結婚したら慣れるとあまり教えなかった自分に自負を感じ言い返せなかった。


「ちょっとすいません……」


 晃が立ち上がった。


「あの、まずは雅司さんと凛子で話をさせてあげたいのですが」


「そんなのしなくてもさっさと家事料理覚えて雅司のサポートできるようにしたほうが良いのよ。雅司、まだ仕事持ち帰ってて大変なの。それにまた明日から仕事……出来の悪い売れ残りのお嬢さん引き取って何もしないあなたたちのために育ててあげるんだから……」


 すみ子は流石にその光江の言葉を聞いて表情を変えた。

 晃は首を横に振り止める。だが彼自身も手が震えているが何も言えない。美琴も睨んでいる。雅司と徹は止めに入らず静観してる。光江のことに共感してるようだ。


「あら嫌だ……なぁにこの家族。さぁぐずぐずしてないでまずはうちに来なさい、凛子さん! 話し合いはそこからよ!」


 と凛子の手を引っ張ろうとした時……。


「結構です」


 晃がそう言い放った。凛子は晃を見る。


「いい大人二人で話し合うべきことを親が介入……そちらもするなら私たち親も介入します。今日はもうお引き取りください」


 光江の手を凛子から離した。


「なによ、雅司と凛子さんの今後を思って私たちがここまで来たのよ。予定返上してまで来て……ねぇ! 雅司」


「……」


 雅司は俯く。


「凛子さん……あんなに愛し合ったのに……もう僕ら家族だよね。幸せになるためにも母さんに色々教わって……そうすれば幸せに……」


 凛子は立ち上がった。


「そんなことで幸せになれるの?」

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