目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第23話 採用!

 家に帰ると、凛子はリモコンを手に取り、テレビをつけた。

 普段はあまり見ないローカルの夕方番組だが、ベーパイがレギュラーで出演しているという情報を思い出し、何となくチャンネルを合わせた。


 番組には、司会の男性アナウンサーとローカルタレントの女性が一緒に出演しており、今日の特集ではベーパイがレポーターとして登場していた。ライブのときと同じく、彼らのキレキレのトークに思わず凛子はつい笑ってしまう。


「なんか今度駅前のモールがリニューアルするということですが、ベーパイの二人が潜入してくれたんですよね?」


 司会の質問に、ベーパイの二人はノリノリで答える。


「はい! リニューアルオープンまで2年営業しながらやるそうなので……ようやく駅前ももっと栄えますね」


「もともと栄えてるよ! まぁ、あそこも古いしね」


 と、ベーパイの軽妙なトークに、周囲の人たちも困惑しながらも笑いを堪えている様子だった。


 凛子は正直夕方からの番組にこの二人は……シン達のコンビのほうが……と思いつつもベーパイのトークの流れや作りは良いのも否めない。


「倉庫だったところも開放して増築するそうで、従業員も増員していくそうですよー! 他にもいろんな飲食店出店も計画されててー」


 凛子はその言葉に耳を傾け、ふと過去に通っていた駅前のモールのことを思い出した。

 最近はあまり行っていなかったが、学生時代にはよく足を運んでいた場所だ。


「……これは期待できる……」


 思わず口に出して頷いた。


 そのリニューアル計画に、凛子はふと希望の光を見出す。年齢のこともあるし、前職を辞めた理由も言いづらい。「寿退社」と言えば、どこかで「結婚・妊娠」のイメージがついてしまい、自己都合退職も不利に働く。


 四大卒という学歴も、逆に足枷になっていた。先日受けた地元の歯科医院の受付の面接では、「四大卒の人を採用して、それに見合う給料は申し訳ないが出せない」と言われてしまった。結局、同情されるだけで、どこにも就職の道が開けなかった。


 だが、駅前のモールのリニューアルという話を聞いて、心の中で少しだけ希望が湧いてきた。増員の話があるということは、もしかすると自分にもチャンスがあるのかもしれない。少なくとも、応募してみる価値はありそうだ。






 そして一週間後のモールの採用試験に挑んだ凛子は、予想以上の人数が集まっているのを見て驚いた。


 それでも、彼女はその中でもしっかりと自分をアピールしようと決意を新たにしていた。


 試験を受けた後、凛子は事務員以外の部署の募集も見つけた。どうやらモールではいろんな機関に募集を載せていたようで条件や部署などバラバラであった。その求人広告には


「さまざまな部署にて研修をしたのち、ご本人と相談しつつ能力に合わせて部署を決定します」


 と書かれており、どの部署で自分の力を発揮できるのか不安に思いつつも、初めてモールのような販売業に挑戦することに興味を感じていた。


 面接では採用担当の男性が凛子の履歴書を見ながら感心した様子で言った。


「へー、前の職場では事務作業を始め、営業の補助や企画提案などもし、部下育成も経験……すごい経験ですね……こちらではどの企業に勤めてたとかネームバリューでなくて何をしたかを判断しますが……いい企業にお勤めでしたか。なるほどー」


 これはつかみはOK! と凛子はほっとしたのだが隣の採用担当の女性は……。


「でも自己都合で辞められたんですね」


 と、続けて言った。


 凛子は一瞬言葉を飲み込むような気持ちになった。やはり、そこが引っかかるのだろうか。でも、それを聞かれるとどうしても気まずくなる。


「そうですね……」


 と、苦笑いを浮かべながら返事をした。心の中では「ダメだろうなぁ」と思っていたが、それでも、やり直すチャンスを掴みたかった。


 すると、別の男性が話を続けた。


「これだけの能力を持って他の業種に転職、すごいチャレンジ精神を感じますよ」


 その言葉に、凛子は驚きと戸惑いを隠せなかった。ポジティブな言葉で返されたから何か裏では思うところもあるかもしれないのだが感触は良さそうだ。


「我々も今回のリニューアル、かなりのチャレンジをしているんです」


 と。


「手前味噌になりますが……営業しながらリニューアル工事を進める、これは本当に並大抵のことじゃない。オープンから30年経って初めての決断です。ぜひ欅さん、あなたの素晴らしい経歴を活かして、私たちと一緒に新しい挑戦をしていきましょう! あなたにぴったりの働き方を一緒に見つけていきたいと思います」


 その言葉に、凛子は一瞬だけ思考が止まった。まさか、自分がこんなに期待されるとは、少し胸が熱くなった。次の一歩を踏み出すべき時が、今なのかもしれない。


「ありがとうございます……!」


 凛子は力強く返事をし、胸の中で何かが動き出すのを感じた。





 とんとん拍子に採用が決まった凛子は、まずはパート勤務として働き始めることになった。そしてさわざまな部署でローテーションで働く。レジ係から案内係、倉庫担当、お客様窓口

、ネットスーパー担当、そして当初希望していた事務……。パートとしての研修期間は一ヶ月だ。


 人事とか総務とか営業とかもあるのだがそこはローテーションで組まれていなかった。

 そういうもんだとこのような身の上で雇ってくれたことだけでも感謝しなくてはいけないと。


 事務職の担当になるとモール内の施設管理やテナント対応など裏方業務が中心だったが、丁寧に仕事を覚え、そつなくこなしていく。

 書類整理や電話対応、データ入力などに加え、テナントからの小さな要望にも迅速に応える姿は、周囲からも好感を持たれていた。


 少し前の落ち込みが嘘のようになんだか上向きになっていた。美琴の言ってたように腐ってはいけない、と。


 仕事が終わって実家にいるすみ子にも連絡すると


「声が明るくなったわねー。これなら住む場所もすぐ見つかるんじゃない?」


 と言われ凛子はそんな気もしてきた。



 そんな中、仕事終わりに喫茶モリスに通う! ということを目標にしていた。

 だが今はそんな余裕もない、それはわかっていた。


「なんかいい感じに進んでる! やればできるじゃん、私!!!」


 凛子は目を輝かせていた。



 昼はモール内の社食制度を利用することになっている。

 多数の飲食店が入ってるフードコートで、パート仲間のおばさんたちとともにテーブルを囲む。

 お手頃な値段で、種類も豊富、モール内従業員であれば優先的に早く出してくれて、量も満足できるランチは確かに魅力的だが同僚たちは何かと凛子のプライベートを根掘り葉掘りと尋ねてきた。


「で、なんで前の仕事やめたの?」


「若いのにパートなんて、どっか正社員で受け直さないの?」


 あれこれ聞かれるたびに凛子は適当に話をそらし、無難な返事を返すものの、心の中ではその煩わしさにため息が出てしまう。それにパートも今だけである。


「……まぁ、いろいろありまして」


「色々、ねぇ」


 その場をなんとかやり過ごすものの、そんなやりとりが重なり、凛子は少し肩を落としながらランチを終えた。


 しかし正社員で働いていた頃のことを思うと、今の環境は凛子にとって天国のようだった。

 以前は朝早くから夜遅くまで会社に縛られ、昼休憩も同僚や上司との気疲れするランチに付き合わされる日々。ランチ代も嵩張る。いや、まだ食べられたらそれでいい。


 繁忙期はシリアルバーやプロテインで済ませた時もあった。

 理不尽な叱責にも黙って頭を垂れていた自分を思い出すと、今の自由さはまるでボーナスタイムのようだった。


 違うところと言えば同年代はほぼいない。


 今はひとりでの作業の部署も多く、廃棄寸前の食料品や生活用品も格安で手に入る。新商品や限定商品の情報も早い。ノベルティも業者の人が渡してくれることもある。


 凛子は少し環境の違いに戸惑い憂鬱な気分を抱えつつも、心の中では


「これでいいのかも」


 と思っている自分もいる。

 特に今は夢も希望もない。雅司と結婚が決まった時も専業主婦になり家事育児をして……その先も何もわからなかった。

 婚約破棄した今、尚更先が見えない。生きるだけで精一杯だ。





「もうそろそろ上がってくださいね」


 仕事を黙々とこなすと管理部長が事務室を覗き込み、やさしく声をかけてくる。

 眼鏡の奥に優しげな笑顔を浮かべた部長だが、実は残業を徹底的に減らす方針を持っている。社員には定刻で退勤を求めるこの姿勢に、凛子は


「優しそうに見えても、厳しいものだ」


 と心の中でつぶやく。前の会社でもやたらと勤務時間に厳しい上司もいたがどこ行っても同じなんだろう、と……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?