すみ子の話は、とにかく長かった。
嫁ぎ先で「石女」呼ばわりされ、家事も満足にできないと責められた日々。
仕事一筋で親に逆らえなかった父。離婚を決意して役所に相談しに行ったものの、相手にもされず、貯金も経験もなくて行き場がなかった。
両親を続けて亡くし、絶望していたときに、親戚の家で見かけた一冊の主婦雑誌。その中で特集されていたのが、後に“神”と呼ぶようになる人物――鈴原キョウコだった。
その直後、父が義両親と別居を決意し、凛子を妊娠。
母はキョウコを模範に、家事も育児も完璧にこなすスーパー主婦となっていった。
そこから話はループし始め、凛子は少しずつ意識を遠くさせた。
ようやく終盤、
「あんた、日記はまだつけてるの?」
と聞かれた。
――あの日記。ジョージ事件の証拠にもなったあれも、元はキョウコの影響だった。
今は手書きはやめてSNSもやめて……何も残していない。
「だーめーよ! 証拠は紙で残すの!」
話が終わるかと思えば、すみ子はさらに爆弾を投下してきた。
「美琴ね……役所の人と恋に落ちたみたいなの」
「ええええーーっ!!?」
まさかの展開に凛子は天を仰いだ。
離婚、子ども二人、正社員復帰、そして恋人まで――美琴の行動力、侮っていた。
「で、あんたは? 男できたとかないよね?」
母の唐突な詰問に「ぎくっ」となるも、もう無理なくね……と、すみ子は勝手に話を締めて電話を切った。
ストレスをためた母、美琴と火花を散らす実家の空気。父もまた気の毒だった。
ふと、母の“離婚寸前”エピソードを思い返す。もし成立していたら、自分も美琴も存在しなかったかもしれない。ぞっとする。
そして――雅司とのこと。もしかして自分は不妊体質? あの義両親にすみ子と同じような言葉を投げつけられていたかもしれない。
「うわ、考えたくない……」
ベッドにごろんと転がり、天井を見上げた。
結婚するなら、家事も仕事も完璧で、自立していて……そうじゃないとだめなんだろうか。でも、そんな条件全部揃えてたら、いつまで経っても結婚できない。
「てか、結婚ってすべき? ……ぐるぐるするー……」
美琴はもう前に進んでいるのに。
――シンの顔が浮かんだ。けれどすぐにため息。
あんな若い彼に、自分みたいな無職で婚約破棄された女。もし彼の親が雅司の親みたいだったら……想像しただけで心がしぼむ。
「ダメね、疲れてるんだわ……」
凛子は目を閉じた。
が、ふと意識の中で思ったのは
「シンのお母さん……どんな人なんだろう」
ということだ。
最初の同期の親はごく普通のどこにでもいそうな親であったし、ジョージの親は彼と同じケーキ職人として雑誌で写真を見たくらいである。
一番濃く付き合うことになったのは雅司の両親であって。またあんなのであったら……というよからぬ気持ちがある。
次の日気になってシンにメールをしてみた。
まずは自分の親は市役所職員と専業主婦の夫婦であることは提示した。
『父さんも市役所の人だよ、奇遇だねー。もう定年迎えたんだけど』
ここでシンの父が凛子の父より一個上と知る。
(そうだよね、私と同じ歳のお兄さんいるからお父さんも自然とそのくらいの世代か……)
『母さんは実家で色々やってるんだよね。兄さんも手伝ってるんだー』
とあれこれシンは教えてくれた。
(あれこれ……活発な人なんだ……雅司の母親も専業主婦で婦人会とか行ってるしね)
少し不安になりつつもどう返信すればいいか悩んでるうちにすぐシンからメールが来た。
『うちの親は自分のことで精一杯だからね。無関心ではないけど自由にやらせてもらってるよ。』
(自由かぁ……自由……)
雅司と結婚していたらその自由なんぞなかったであろう過干渉な家庭だった。
(今度こそは失敗したくない……)
そう思いながら気づいたら凛子はメールの途中で寝てしまっていたのであった。