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第36話 再会

 それからまた3ヶ月。特に二人の間に進展は無く、デトもできないがシンのお笑いの舞台を2回ほど見に行ってまた近くの中華を食べて。またシンがお金を出して。


「また食べましょうね」


 と言われた。がそのあとなかなかスケジュールが合わなかった。


 ランチもあれから週に一回は行けた。今日もとても余裕があり……と言っても色々と工夫して余裕を持たせてのもあるのだが。


「いらっしゃいませ、お疲れ様です」


 ニコッとマスターが水を出してくれた。


「ありがとうございます。今日はオムライスボックスでお願いします」


「かしこまりました」


 サンドウィッチだけでなくオムライスが弁当に入っているメニューもある。中身はケチャップライス。ポテトも付いてくる。もちろんコーヒーもだ。


「これにつけるコーヒー、冷めても美味しい豆で淹れてありますので」


「へー、改良したんですね!」


 マスターはニコッと笑って厨房の方を見るとシンが凛子の来店に気づいて顔を覗かせていた。そして手を振ってる。


 小さく振り返すとマスターがそれに気づいた。凛子は手を隠した。


「お待たせしました。オムライスボックスです」


 とサンドイッチボックスのオムライス版が出てきて思った以上に可愛いと思った凛子はときめいた。



「コーヒー、終わった頃にまたおかわりお出ししますね」


「ありがとうございます」


 するとマスター。


「シンと仲良くしてもらってるようで」


「えっ、はい……」


 やはりわかってしまうのだろうか。


「ではごゆっくり」


 これ以上聞いてこないの?! と凛子は突っ込もうとしたがマスターは去ってしまった。


 そしてオムライスを食べることにした。


 とその前にこれも写真に撮ってSNSに載せた。


 オムライスをひと口食べると、ふんわりとした卵の食感とデミグラスソースの濃厚な味わいが絶妙にマッチして、自然と笑顔がこぼれる。彼女は思わず、


(自分もこんな料理が作れたらなぁ)


 と心の中で呟いた。

 凛子はゆったりとランチタイムを楽しむ。いつもの疲れが少しずつ癒えていくようで、このひとときが何よりの贅沢に感じられた。


 コーヒーを飲み終えた頃、マスターが再びカウンターから現れ、


「コーヒーいかがですか」


「はい。すこしコーヒーの味も違ってミルク入れなくても飲みやすいです」


 と言ってコーヒーを注いでもらう。

 その隣には、なんと小さなチョコレートケーキが添えられた。思わぬサプライズに凛子は驚き、


「えっ、これ……?」


 と目を丸くした。


「試作品ですが、来週から出す予定のチョコケーキです。ぜひ、特別に召し上がってください」


 と、ニコッと微笑むマスターがささやくように言い、キョロキョロと周りを見渡してから凛子にそっと差し出して、静かにカウンターへ戻っていった。


「ラッキー!」


 と凛子は思わず小声で喜び、ケーキを一口。ほろ苦いチョコの風味と、二杯目の少しビターなコーヒーが絶妙にマッチして、凛子は


「幸せ……」


 と自然とつぶやいてしまった。


 しかし、その直後に時計を見て凛子はハッとした。


「あっ……時間!」


 と慌てて頬張り会計を終わらせて店を後にした。シンは忙しく働いていたため手を振る程度しかできなかった。


 ギリギリ職場に戻り、事務室に滑り込む凛子。外でランチを楽しむ彼女に対し、藤本が


「郵便物を取りに行くついでに戻ればいいよ」


 とアドバイスしてくれた。昼前に来る郵便物を取りに行くことで、自然に外でランチする時間を少しだけ増やせるという“技”だった。今日はその裏技のおかげで、なんとか時間ギリギリに間に合った。


 満たされた気持ちと少しの緊張を胸に、凛子は席について仕事に戻った。


 そういえばなかなか研修期間終わってからの契約更新の話がない。やはり藤本の話は本当だったのか。


 早く社員並みに稼げたら雅司が家賃を払わなくても自分で払える! と突き放せるだろう。


 凛子が稼げないから払ってるわけで、以前も前の会社の事務も婚前前の女子社員の腰掛け部署と冷ややかに良いお前が働くのはただの小銭拾いの仕事だけだと言っていたくらいである。


 上司が凛子の元にやってきた。今、今言おう。腹も満たされたところで言えばと意を決した凛子だったが上司が台車を引いてダンボールたっぷり何かを持ってきた。


「今日は終業までここの売り場の組み立てをしてくれ」


 終業までに、という量ではない。


「隣は解体セールしてるから邪魔にならないように。時にはお客様対応もよろしく」


 とその場にいた事務員たちは唖然とした。どう見ても力仕事ができるようなメンツではない。


「この量、やれって……? てか他にも仕事あるのに。はぁ、やるよ」


 先輩事務員はぼやく。でも凛子はやるしかない……これを積み重ねていけば社員になれるかもしれない、保証はないが……と。


 メンバーには通販部の比較的若い人たちも駆り出されているようだ。その中にいた藤本と目があって凛子が目を合わせると藤本も手をヒョイっとあげたので凛子も小さく手を上げた。


 するとパート事務員の一人が


「欅さん、あんたまだ若いのにこんな日の当たらないところで雑用作業だなんて気の毒ね」


 と冷笑した。


「さっさと他所で男作って妊娠して寿退社した方がいいよ。他所の男よ。ここの中で引っかからないようにねー」


「て、それ私のこと言ってる?」


「いえいえ、生肉売り場のボス夫人」


「やっぱりぃー?」


「ハハハハハ」


 凛子は地獄だ、パート事務員たちの汚い笑い声を耳の機能は自動的にミュートした。でもそれでも入ってくる。




 すると解体セール売り場に凛子の見たことのある人たちがいた。


(……雅司……さん?!)


 雅司と義父母、そして見知らぬ女性。ボブカットで色白、おとなしい女性だ。彼は女のきょうだいはいないはずだが……と彼らに見られないように凛子は気配を消す。


「これいいじゃないかー、安い安い!」


 相変わらずガメツイ雅司の父、徹。


「もぉ大声でやめなさんな。雅司も早く選びなさい! あなたは優柔不断なんだから今日は私たちがついてきたんだから!!」


 こちらも相変わらずヒステリックに叫ぶ雅司の母、光江。


「こんなにあったら困るよ、ねぇ……友里恵さん」


 雅司がそう呼ぶ女性。

(友里恵? 誰?)

 凛子は作業が進まない。


「ダメよ、安いのは今なんだから! さっさと引き出物を選びましょう!」


 光江がそう言ったのだ。

(引き出物?!)

 凛子はバッとつい立ち上がって振り向いた。


「……凛子……?」


 雅司は目を点にして立ち尽くしていた。光江たちもだ。同じ顔をして。さすが親子。


 そして友里恵という女性は雅司の後ろに隠れた。


「こんにちは……」


 凛子はその言葉がなぜか口から出たのであった。


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