目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第五章

第39話 君の無邪気さに

 職場から少し歩いた道で2人は距離を縮める。


「そいや駅前に……立ち飲みバーあるけど行く?」


 とシンが提案してくれた。凛子は二つ返事で二人はそのまま近くの立ち飲みバーへ向かうことに。正直アルコールメインの店に2人で行くのは初めてである。


(今更だけど私の方が年上なんだからリードすればいいのに)


 そう思いながらもシンに案内されたバーについた。駅裏の人通りの少ない隠れ家的なバーだ。


「マスターの入っているこの辺りの飲食店のつながりでさ。結構いいワイン仕入れているんだよ。あ、ワインって好きかな」


「うん、好き。日本酒とかビールよりかは」


「よかったぁ」


 小さなカウンターに並んで、シンは赤ワインを、凛子は白ワインを注文した。ふと凛子は気づいた、今日は金曜日であることを。凛子は明日休みである。


 軽快なうるさすぎない音楽。正直凛子は今までにいかないタイプの場所でお酒を外で飲むのも初めてに近い。


 お酒と軽食をつまみながら話を進める。なんだか上機嫌なシン。


「実は今度、レギュラーでラジオ番組決まったんですよ」


 とシンが話し始めた。


「ラジオ番組? すごいじゃない。いつから?」


 と凛子が目を輝かせると、シンは照れくさそうに笑う。


「いや、まあ、地元なんでね。でも、やっぱりちょっと緊張します……しかも再来週の土曜日。駅横のFM局での公開生放送2時間」


 とシンはVサインを出す。


「2時間! 生放送!」


 と言いながらも本当は縁故で仕事をもらったこと、ベーパイと交互に隔週放送というのがなかなか言い出せない。つい凛子に格好をつけてしまったシン。


「一気に有名なるじゃん、あ……アプリの通知きた」


 凛子のスマホに情報が届いた。ラジオの生放送決定の文字。もちろんそこにはベーパイとチョウシモン隔週レギュラーでという文言。あぁ、とそれを覗き込んでいたシンは少し気まずそうな顔をするが凛子は気にしなかった。


「あそこのラジオ曲から有名になった人多いから頑張ってレギュラー取れるといいね」


「うん、頑張る」


 シンは苦笑いしてワインを飲み、チーズも食べた。


 しばらく会話が弾む中で、凛子も少しお酒が回ってきたのか、仕事の愚痴をこぼし始める。今度はシンが聞き役に徹してくれた。


「もう、今日もさ、また無駄な雑用ばっかりで、どうしてこんなに私が全部やらなきゃいけないのかって思っちゃうんだよね」


 シンは頷きながら、凛子の話に耳を傾けてくれた。


 こんなふうに仕事の話を聞いてくれる相手がいるだけで、少し心が軽くなるのを凛子は感じていた。だが婚約破棄したことは流石に話せない。


 話せたら楽なんだろうが。だが婚約破棄した男はもう次の女がいた。それなのになぜ自分に家賃を振り込んだか。わけがわからない。モヤモヤとした気持ちもある。


「凛子さん、なんだかまだまだモヤモヤしたことあるでしょ。仕事以外で」


 図星だがなぜ分かるんだろうと。仕事のことは結構吐き出したのに。


「まぁね」


「やっぱりこの若造にはまだ話せませんかね」


 とシンが眉を垂らして凛子を見つめる。その表情に凛子はドキッとする。


「そう言うわけじゃないけどさ……」


 答えれなかったがシンは微笑んで頷いた。


 やがて、ほろ酔い気分になった二人は店を出て、シンが凛子を家まで送ることに。

 特に話すこともせず一緒に歩いていた。その時間がなんだか凛子はいつももどかしかった。なかなか気持ちが整理できずまだ婚約破棄したばかりで……というのもあったからだ。


 しかし今はもう違う、でもそれを伝える勇気が彼女にはなかった。


 マンションの前に着き、凛子が


「いつもありがとう、ここまで送ってくれて」


 と言おうとしたその瞬間、シンがふっと立ち止まり、真剣な顔で彼女を見つめた。




「……実は、今日ずっと伝えたいことがあって」


 その声に凛子の心臓は一気に高鳴り始めた。


「……凛子さんのことが、好きです」


 その言葉と共に、シンはそっと彼女に近づき、優しくキスをした。


 その瞬間、凛子の頭が真っ白になった。



 キスなんてひさしぶりだ。……そして同時にもう自分も次に進んでいいんだ、そう思った瞬間彼女の降りていた恋のスイッチが上がった。


 気づけば、凛子の口から自然と


「部屋に入って」


 と小さな声が漏れていた。シンは微笑みながら頷き、もう一度キス。まだ表面的なキス。


 凛子はここが親の知り合いから借りたマンションであることもあって誰かに見られたらと恥じらいもあったがもう止まらなかった。


 二人はマンションの入り口から入って行き、エレベーターの中では手を繋いだまま体を沿わせた。


(なんだろう、この気持ち……私から……こんなにいってしまうなんて)


 手を何度も組み換え、ドキドキする。シンも心臓をバクバクさせているのが凛子にはわかる。その鼓動が、互いに伝わるように感じられる。


 そして、二人は部屋の中に足を踏み入れた。ドアを閉めた瞬間、そこには二人きりの空間が広がる。


 お互い、何も言わずに向かい合って。そこから自然に、抱きしめ合ってキスを交わした。最初はそっと、次第に激しく。息継ぎが難しく、唇が離れた瞬間、凛子は自分の胸が高鳴っているのを感じる。


(こんなの……久しぶりっ……)


 二人の息が上がる。凛子が息を呑み、シンもその目に真剣な表情を浮かべている。少し笑って、お互いに視線を交わす。


「もう本当は、初めてのデートの時にすぐこうしたかった……」


 シンが真剣に言う。その言葉を聞いて、凛子は思わず目を見開いた。


(え? 本当に?)


 その時、まだそこまで気持ちが高まっていなかった自分が、まさか彼にそんなふうに思われていたとは、少し驚く。でも、少し照れながらも、その気持ちに心が温かくなる。


「……凛子さん……僕は、一目惚れしたんだ、あなたに」


 シンが恥ずかしそうに、けれど確かな声で告げる。その言葉を聞いて、凛子は心の中で「あの雨の日の…」と思い出した。


(あの大雨の中で…私、走り回って、慌てふためいて…まさか、そんな姿に)


 思い返すと、頬が少し赤くなる。その時の自分を思うと恥ずかしくなるが、シンの真摯な気持ちが、今は何よりも嬉しい。


「好きって……ようやく言えた……」


 シンの顔は赤くなり、凛子もついその真っ直ぐな目を見つめて、顔が熱くなる。


 そして、再びキスが交わされる。今度は、さらに深く。唇を重ねながら、少しずつ服を脱ぎ始める。靴を脱ぎ、ジャケットを脱ぎながら、二人の距離はどんどん縮まっていく。


「ベッド、行きたい……」


 シンが言う。その言葉を受けて、凛子は少し戸惑いながらもキスを返す。


「まずは……シャワー……」


 一瞬、凛子は冷静さを取り戻して、シンの顔を見つめる。しかし、その気持ちがどんどん高まる中で、心はすでに彼に溶けていきそうになる。


 シンはニコッと笑って、凛子の目をじっと見つめた。


「だったら……2人でシャワー浴びようよ」


 その言葉に、凛子は顔が真っ赤になると同時に、思わず声が出た。


「アアアッ‼︎ それはダメっ、ダメっ‼︎」


 せっかくいい雰囲気になっていたのに、その言葉に少し焦ってしまう。


「はいはい、わかりました。だったら、先にお風呂入らせてもらいますね」


 凛子は少し恥ずかしそうに浴室へ案内し、シャワーの音が響く中で、ベッドの上を慌ただしく片付けた。


(よかった、昨日風呂場の掃除をしっかりしておいて……じゃなくて何あの無邪気さは!!!)


 ひとり、ベッドの上でシンの言動を思い出してはキャッキャッとのけぞる凛子。だが、すぐに我に返る。


「冷静にならないと……ていうか、キスして、ハグして、シャワーして……あっ……ぬぅっ」


 ひとりで悶えていると――


「凛子さーん」


 浴室からシンの声がした。何かあったのかと、凛子は慌てて駆け寄る。


(私が年上なんだから……年下の子に感情をかき回されちゃだめよ……)


 心の中で自分に言い聞かせながら浴室のドアを開けると、シンが浴槽に気持ちよさそうに浸かっていた。湯気に包まれた彼の頬はうっすらピンク色に染まっている。


 シンはにこりと微笑みながら言った。


「やっぱ、凛子さんも一緒に入ろうよ」


 その無邪気な誘いに、凛子は胸の奥がくすぐったくなる。もう断れるはずもなく――


「うん……」


 気づけば小さく頷いていた。


 そして、二人は一緒に湯船へと身を沈め――。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?