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第41話 突然の初夜

 ようやく夜にフリーの時間ができた2人。


 凛子の職場近くのチェーン系ラーメン店で待ち合わせ、並んでラーメンをすする。

 珍しくモリスにも寄らず、まったくの2人きり。


 毎日電話をしたり、ランチタイムにご飯を食べたりしていたけれど、やっぱり夜に会うと、どこか意識してしまう。

 お互いに、無言のままスープをすする音だけがテーブルの間に流れていた。


 変わったといえばシンがタバコを吸わなくなったこと。以前は街の小さな中華街のラーメン屋でご飯食べてる時に喫煙可の店で凛子の前でタバコを吸っていた。

 他の時もタバコを吸うために席を外していたりもしていたシン。


 だが今日はしなかった。

「タバコ辞めたんだ」

 と。


 その代わり凛子はコップ一杯のビールだったがシンはジョッキビールを飲んでいた。

 豪快に飲む彼の喉元、喉仏、そしてほのかに染まる頬の赤。

 凛子は酔いもあってそれらが色っぽく見えて自分も頬が赤らむのがわかった。


 ラーメン屋を出てから、2人はコンビニに立ち寄ってスイーツをいくつか手に取る。


「どこ行く?」

「んー、どこでもいいよ。歩こうか」


 そうしてあてもなく歩いてたどり着いた、小さな公園。

 人の気配がないのを確認すると、凛子はジャングルジムにもたれかかり、2人抱きしめ合う。


 そして、何度もキスをした。

 少し触れるだけのものから、唇の熱をじんわりと伝え合うような長いキスまで。


 目と目が合って笑い合う。


「……凛子さんのおうち、ダメ?」


「だーめ。てか、シンの家は?」


「ダメっていうかさ……うーん、なんというか。凛子さんの家がダメなら、ホテルがいい」


「……ホテル? んんんっ」


(そ、それって……やることひとつしかないじゃない!!)


 凛子の顔が一気に赤くなる。


 またシンが、ふっと笑ってからキス。シンも酔っ払ってるのがわかる。強いとは言いつつも少し酔っているのがわかる押しの強さ。


「お願い、久しぶりの夜なんだよ」


「でも……明日、レギュラーの初ラジオでしょ? 生放送なんだよ?」


「確かに朝早いけど……」


 シンの声は、どこか甘えるようで、でも真剣だった。


「じゃあ歩きます? 僕の家まで……で、そこで過ごせなさそうだったらホテルかー凛子さんの家」


「もう……わかった」


 涼しい夜の中で歩けばシンの暴走は落ち着くだろうと凛子は思った。

 したくない、そういうわけでもない。

 しかしこれ以上の仲になってしまったら……もし何かあっても引き返せれない、そう思ってしまうのは凛子の今までの恋の傷のせいであろう。


 シンは苦笑いして凛子の手をひき歩いていく。

 彼の手は力強くなる。無言で歩む彼の歩調に合わせながらも凛子も黙ってついていく。

 シンの手のひらが汗ばむのがわかる。


「ね、ねえ……こっちの道って」


 凛子はいつもの見慣れた街並みに気づく。


(そ、そうよね……シンが働いている所の近くの方がいいわよね、うんうん)


 なかなかこの時間にこの暗さでは通らないこの道。


 この道は凛子が昼にモリスに向かう道。


(でもこの辺にアパートとかあったかしら……)


 そして、シンは足を止めて凛子も足を止めた。


 凛子の方に振り返ったシン。見つめて少し照れくさそうに言う。


「……あの、そのね。その、家……ここなんだ」


 指差すのは喫茶モリス。


「えっ……」


「……この2階にマスターが住んでて、間借りしてて……だからその、ね、凛子さんをここに連れて行くのもさぁ」


 なるほど……と凛子は頷いた。


「……だから凛子さんの家行きたかったんだ……」


 シンは俯いた。握る手に力がなくなって手を離してしまった。


「こんな間借りするような……まだ実力がない男とはやっぱり……アレかな、凛子さん」


「そ、そんな……私なんて……この年齢でパートの身分で……」


 シンは首を大きく横に振る。そしてなぜか笑った。



「ああ、また今夜も妄想パターンだ」


「えっ?」


「もうずっと凛子さんのこと妄想して勝手に1人で……ああ、恥ずかしい」


 凛子は驚いた。


「……私もよ、妄想ばっかり」


 2人は顔を見合わせた。


「やっぱ僕凛子さんの家まで送ります……で、早く寝てラジオの生放送頑張りますっ」


「……ごめんね、シン」


 シンは凛子を抱きしめおでこにキスをした。


「大丈夫、さぁまた歩きましょう。カロリー高いラーメンでしたからね」


 と再び歩き出そうとしたその時だった。



 ガチャ


 いきなり喫茶モリスのドアが開いた。

 2人は驚くとそこからマスターが首を出してきた。


「なんだ2人かい……よかったらあがってもらいなさい」


「そ、その……私は帰ろうかと」


 凛子は言うがマスターはにっこり微笑んだ。


「夜も遅いし、風呂でも入っていきなさいな」


(風呂まで勧められてしまったー!!! どうしよう!!!)


 凛子は手厚い提案にシンを見てしまった。シンもどうしようと凛子を見る。


「……大丈夫です、わたしとシンの部屋は隅っこと隅っこですから」 


(どういう大丈夫?!)


 凛子はあたふたしていると


「……凛子さん、どうする?」

 とシンに聞かれた。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えてー」


 と喫茶店の奥に案内されて初めて2階に入った。こんなところに階段が……と驚くよりもまずシンの部屋に通されることが凛子はドキドキしてる。シンもだ。


 階段を上がると思った以上に広く、確かにマスターの部屋とシンの部屋は離れている。しかも浴室はシンの部屋の近く。


「じゃあ私はまた寝ますんで……おやすみなさい」


「おやすみなさい……」


 起こしてしまったのかと心の中で侘びながらも凛子はシンに案内された部屋に入る。


 八畳ほどの、思った以上にきれいに整った質素な部屋だった。


「えっと……ここ通したの、凛子さんが初めてです。本当です」


 シンは念を押すように言った。


「普段は、あの……相手の部屋とか、ホテルとか……って、今のは忘れて!」


 一気に顔を赤らめて両手を振るシンに、凛子も思わず吹き出しそうになる。

 あれほどスムーズにキスしていたのに、久しぶりの夜のデートに、こんなにもテンパっている彼の姿がむしろ新鮮で、胸の奥がきゅっと熱くなる。


「……着替えとか、どうする? こういうときって……」


 少し戸惑うように言ったシンに、凛子はポーチを軽く持ち上げて見せた。


「大丈夫。ショーツは急に生理が来たとき用に予備で持ち歩いてるし、メイク落としもサンプルのやつ入ってるし、化粧直し用に簡単なメイク道具も……一応、ね」


「え、すご……」


「ち、違うのよ。そういう“お泊まり想定”じゃなくて……前の職場で急な出張先で困ったことがあってから、なんとなくクセで持ってるだけ。備えあれば、ってやつ」


「憂いなし、ってやつですね」


 凛子は頷くが言いながら、自分でも言い訳っぽいなと感じて頬を赤らめる。

 けれどシンは、そんな彼女をまっすぐ見つめてから、ふっと柔らかく笑った。


「……凛子さんらしい。ちゃんとしてて、ちょっと抜けてて、でも可愛い」


「……もう、そういうこと言うの禁止」


 恥ずかしさと照れが入り混じった空気の中、ふたりは自然と向き合い、軽く抱きしめ合う。そしてキス。

 さっきよりも少し長く、そして深く。唇を重ねるたびに、身体が少しずつ火照ってくるのがわかる。


「なんだか……緊張してきた。さっきは勢いでキスしてたけど……」


「うん……そうね……」


「……シャワー、浴びる?」


 そう問いかける前に、再びシンが唇を重ねてきた。今度はさらに熱を帯びたキス。


 凛子も自然と応える。手が、背中が、脚が絡まり、鼓動が速くなる。

 脱がされる服、触れ合う素肌。そのとき、凛子の頭にふと浮かんだ。


(……アレって、あるのかな)


 “アレ”とは、コンドームのことである。


 もうお互いの気持ちは十分に高まっている。

 けれど凛子の中には、現実的な一線を意識する理性がまだ残っていた――。


「凛子さんっ……」


「シン……」


 互いの身体が火照っているのを肌と肌で感じる。脚も絡ませあい何度も抱き合いキスをする。


 目を伏せながら、そっと問いかけた。


「……ねえ、アレって、ある?」


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