キャサリンにとって、ダクトへの帰還は初めてのことだった。
「もうすぐ、あの子たちに会えるんだな」
ホルトは、妻の心中を察し、そっと声をかけた。
キャサリンは静かに頷き、ホルトに手を引かれ町へと足を踏み入れた。
目の前の景色を懐かしそうに眺め、記憶の中の街と重ね合わせる——この十数年、ダクト城の姿はほとんど変わっていなかった。
幼き日、弟妹や友と馬を駆り、この街を疾走した懐かしい思い出が脳裏をよぎると、キャサリンの口元には思わずほのかな笑みが浮かんだ。
ゆっくりと進んでいた時、不意に前方から魔法騎士団が姿を現した。
その先頭を行く騎士は、馬を降りるとまっすぐキャサリンのもとへと歩み寄り、片手を胸に当て、恭しく一礼する。
「姉さん」
帝国の伝統に則った正式な挨拶だった。
「サンタリウス(以下、略称サウスとする)。まあ、私の訪問を知っていたなんて、どなたがあなたに?」
キャサリンの問いかけに、サウスはホルトの方を振り向く。
この城へ来ることを知る者は、彼しかいない。ホルトがミランダ家に知らせたのだ。
キャサリンの推測は的中していた。ホルトは事前に、義理の弟であるミランダ・サンタリウスへと知らせていたのだ。
ホルトは理解していた。妻は長年帰郷していなかったが、心の奥ではミランダ家を恋しく思い、両親や弟妹に会いたがっていた。
子供たちを訪ねるという名目の裏に、彼女のそんな望みを叶えるための意図もあった。
「姉さんの子どもたちは立派だ。父さんも喜んでいるよ。特にジュリアについては、姉さんの子供時代を思い出させると話していたよ」
サウスは笑みを浮かべながら語った。
キャサリンは自らの意志を貫き、ホルトとの人生を選んだ——その決断は、ミランダ公爵の怒りを買い、結果として彼女は十年以上も家へ戻ることができなかった。
サウスは常に姉のことを案じていた。もし父の反対がなければ、とうに迎えに行っていたことだろう。
彼は父の性格をよく知っている。父も本当は娘を想っているが、ただ頑なな心がそれを認めさせないのだ。
今回、ホルトが使いを寄越して知らせてきたとき、サウスはすぐさま父へ報告した。
その際、ジュリアの話も持ち出された。
ルーカスとジュリアが学園へ入学した際、すでにミランダ公爵はその事実を把握しており、以来、二人の成長を密かに見守っていた。
ことさら、ジュリアには深い関心を寄せていた。
幼き日のキャサリンと瓜二つの容姿を持ち、それでいて才能においては母親をも超えていた。
まさしく、ミランダ家の血を引く者として、誇らしい存在だった。
ジュリアの入試首席の知らせは、公爵にとってこの上ない誇りであり、彼はその朗報を何度も反芻し、その余韻を長く味わっていた。
「本当?」
キャサリンはじっと前を見つめ、その瞳には深い期待が揺らめいていた。
父は、子供たちを受け入れてくれたのだろうか。
「もちろんだ。昨日、新入生の魔獣手懐けテストでも、ジュリアは満点を取った。父さんはますます喜んでいるよ」
サウスは微笑みながら言葉を紡いだ。
ミランダ家はダクト城にあり、学園には親族の子供たちも通っている。
試合の結果が発表されるや、サウスはすぐさま父へ報告した。
エヴァはサウスの娘であり、見事、1位に輝いた。ジュリアよりも短時間で勝利を決めたのだ。
ジュリアは2位だったが、満点という優秀な成績を収めていた。
しかし、サウスはルーカスのことについては一切触れなかった。
武道クラスの生徒は全員が満点を獲得した。
しかし、大会後、魔獣訓練所の教師たちは「武道クラスの試合が最後だったため、魔獣たちは既に消耗しきっており、まともに戦えなかった。したがって、武道クラスの勝利は単なる幸運に過ぎない」と評した。
この結果はあまりにも不公平であり、話題にする価値もなかった。
「サウス、ありがとう」
キャサリンは込み上げる想いを抑えきれなかった。娘は見事に成長し、母の誇りとなったのだ。
「姉さん、家へ帰ろう」
サウスはそう言いながら、さりげなくホルトの方を見た。キャサリンの心は弾んだが、歩みを進めようとした瞬間、ふと違和感を覚え、彼女はホルトへと視線を移した。
「サウス、父は私だけを家へ迎えるつもりなの?」
キャサリンは聡明である。
弟の言葉の含みを即座に察し、もし二人とも迎え入れられるのならば、サウスは当然ホルトにも声をかけるはずだった。
「キャサリン、先に帰っていてくれ。今すぐ前線へ向かわなければならないんだ。ダクトに留まる時間はない」
ホルトは妻の手を握り、静かに囁いた。
キャサリンが家に戻ることを、ミランダ公爵が認めた。それは、公爵にとってこれまでにないほどの譲歩であった。
もしサウスの尽力や、ジュリアの優れた成績がなければ、どれほど娘の帰りを待ち望んでいても、ミランダ公爵は頑として彼女を家に迎え入れはしなかったはずだ。
ジュリアこそが、すべてを動かす理由となった。
ミランダ公爵は娘を認めなくとも、孫娘を認めぬわけにはいかなかった。
それどころか、ジュリアは認めるに値する存在だった。
「ホルト……」
「キャサリン、前線の戦況は厳しい。すぐに出発しなければならない。戻ったら迎えに行くよ」
ホルトは妻の言葉を遮った。
ミランダ公爵が彼を認めることは、決してあり得ない。
かつて、公爵は二人の関係を激しく否定し、ホルトがキャサリンを守るのは、騎士団長としての義務と責務に過ぎないと考えていた。
武人と魔法使いの組み合わせ、とりわけ男性が武人で女性が魔道士という夫婦の形は、貴族社会において極めて珍しいものだった。
ミランダ公爵にとって、キャサリンがホルトを夫としたことは、ミランダ家の名誉に泥を塗るものだった。
公爵がホルトを正式にミランダ家の婿とすることなど、決して考えられない。
「わかった。あなたを待つわ」
キャサリンは深く息を吐き、ついに頷いた。
父が自分に家の門をくぐることを許したこと、それ自体がかつては考えられなかった変化なのだと実感していた。
「サウス、ルーカスの学園での様子はどう?」
帰路の途中、キャサリンは馬車には乗らず、自ら手綱を握り、弟と並んで馬を駆った。
「ルーカスは運がいい。入学試験では武道クラスの首席だったそうだし、今回のテストでは、武道クラスで最初に満点を取ったらしい」
サウスは軽く笑いながら答えたが、「武道クラスの生徒全員が満点だった」という事実については言及しなかった。
時間で順位をつけるなら、ルーカスは武道クラスの中でほぼ最下位だったのだから。
「まぁ、それは本当ですの?」
キャサリンは驚きを隠せなかった。
ライアン家があるのは辺境の地。そこへは、子供たちの情報が滅多に伝わってこなかった。
気づけば、ルーカスとジュリアは二人とも輝かしい成果を収めていた。
キャサリンにとって何よりも大切な存在であり、心から誇れる子供たちだった。