一方、その頃。
移民船……正確には、第七世代型恒星間移民船アマノトリフネ級3番艦、ヤマトタケルの艦橋では、緊急事態に乗員による会議が行われていた。
本来、アマノトリフネ級は基本的に自律制御であり、その管理運営の為に必要な人間は僅か二名。その二名も常に起きている訳ではなく、数十年おきに一週間ほど100人ほどの上級船員や作業員の中からローテーションで覚醒して交代で担当している。
しかし、今現在は想定していなかった緊急事態を前に僅か2名では対応ができないとされ、乗員のうち持ち合わせる権限順に上位10名が強制的に覚醒させられ、艦橋に集まっていた。
そのうちの一人、艦長にあたる人物は、あまりの事態に頭を抱えて机に伏せていた。
「まさか……こんな事になるとはな……」
「ええ……」
同じく高い権限をもつ上級船員も疲れ果てた顔で相槌を打つ。
いったい、何が問題なのか。
異なる移民船を起源とする人類社会と遭遇した事……ではない。
「まさか。まさか、我々の移民予定だった惑星に、すでに他の経済圏が植民を行っていたとはな……」
「移民船が出発した時に、各種問題を想定した恒星間移民法はありましたが、あれは移民先へ一度到着した時点で効力を失うものですからな。そもそも、常識的に考えて、異なる銀河へ散っていった移民船の住人同士が互いに接触するなど、何万年あっても不可能なはずでしたからね」
「次元跳躍航行かあ……絵にかいた餅を本当にする奴らがいたとはなあ……」
「そんなもん想定してませんからね……」
一同、ふぅ、とため息を申し合わせたようについて、しかし何時までも気を落としてはいられない、と顔を上げる。
そんな事を今、愚痴っている場合ではないのだ。
「しかし、どうしたものか。選択肢は二つ。このまま本来の移民先だった惑星にそれでも向かうか、航路を変更して新しい移民先へ向かうか」
「私はこのまま予定通りを支持します。幸い、あちらも恒星間移民法を尊重するつもりはあるようです。後から押し掛けたような形になりますが、乗員の安全性などを考えればこれが一番かと」
「某は賛成しかねます。相手は未知の技術を持ち、時間にして数百年以上をすでに経た文化圏……起源は同じだとしても、異星人といってもいい存在です。我々の価値観、常識で共存できる相手とは思えません。乗員の安全を考えるならば、ならばこそ別の惑星へ航路を変更するべきです」
話題が切り替わった途端にたちまち紛糾する会議。
一人会議に加わらず、それを見守る船長。と、そこで彼の胸元の端末が着信を告げた。
「私だ」
『会議中失礼します。こちら、保守管理スタッフ代表です。至急お知らせしたい事が』
船長は眉を顰めて胸を抑えた。嫌な予感に胃がキリキリとする。
会議の前に、船の状態がよろしくない事を確認した船長は、保守管理スタッフを全員覚醒させて調査に当たらせていた。僅か一日前の事だが、あらゆる意味で結果が出るには早すぎる。
『結論から言いますと、船の状態は我々の想定した最悪をさらに下回っています。このままでは別の銀河に渡航するどころか、明日にでも航行不能となり、宇宙を彷徨うスペースデブリになりかねません』
「……なんだと?」
『どうやら、船の自己診断機能に深刻なエラーが生じていたようです。システムは全て正常と報告してきていましたが、とんでもない。まだ全体の一割も確認できていませんが、直接調べた所およそ調査範囲の九割が基準を下回る状況でした。これでは一般乗員の安全も疑われます。この船は幽霊船一歩手前ですよ』
ぐぅ、と呻いて船長は胸元を強く抑えた。あまりの報告に胃がキリキリと痛む。
「わ、わかった。乗員達の確認を優先してくれ」
『了解しました。定期覚醒している筈の乗員が居る区画を優先して調査します』
通信を終了し、船長が会議に意識を戻すと、先ほどまでの紛糾が嘘のようにぴたりと会議は中断されていた。
急に蹲るようにして苦悶する船長の様子が目に入ったのだろう、船員らは皆一様に不安そうに船長を見つめている。
「船長?」
「うむ……」
船長は、この事実を伝えるべきか少し悩んだ。問題の深刻さもあるが、今ここにいる上級船員の中には一期か二期前に管理担当だった者もいる。巨大な船の管理は自己診断機能便りであり、それがおかしくなっていたのならその事で彼らに責を問う事は出来ないが、そうはとらない者もいるかもしれない。
だが、この情報を伝えないわけにはいかないだろう。皆で、この状況に対応しなければならない。それがどれだけ破滅的な現実でも、ここに居る者達には移民船に眠る数万人の人間に対して責任があるのだ。
とはいえ、覚悟したところですぐに伝えらえるものでもない。すこしだけ気持ちを落ち着かせる猶予を求めて、船長は窓から果てしない宇宙空間に目を向けた。
窓の向こうでは、虚空たる闇が延々と横たわり、無数の星々が煌めいている。その輝きは、かつて船長が遠ざかる地球を見つめた時と何も変わらない。宇宙のスケールでは、数百年など刹那にも満たない一瞬の事だ。
だがこの闇の向こうに、銀河連邦を名乗る起源を同じくするはずの人間達の船が航行しているのも間違いはないのだ。恒星間航行を前提とした航行において数万キロなど目と鼻の先だが、人間の知覚能力は宇宙にはとても適応していない。それでも、豆粒にすら見えないはずの船の姿を求めて、船長は目を細めた。
「?」
気のせいだろうか。
今、何かが動いていたような。
「……ふ。まさかな」
疲れのせいで星の動きを見間違えたのだろう。船長は眉間を揉み解し、船員達に向き直った。
◆◆
人っ子一人いない移民船の内部。正直、幽霊船か何かに乗り込んでしまったのかと思うぐらい、人気が無い。
警備システムなりなんなりの歓迎を想定していたアーネストとしては拍子抜けもいい所だった。
「順調にいっているのはいい事なんだが……」
納得いかない物を感じながらも、ライトで壁面を照らす。
壁には、区画を示す看板のようなものがあった。それによれば、この先に乗員のコールドスリープ施設があるらしい。
「コールドスリープかぁ……」
アーネストの知る限り、よほど大きな船でなければ使われていない設備だ。跳躍航行の実現によって、宇宙は確実に近くなった。かつてのように乗員を冷凍睡眠状態にして、AI制御の船で何十年もかけて宇宙を渡るのはもはや遠い昔の話だ。一応大型船などには今も搭載されているが、それは乗員の保護の為ではなく、手当が困難な傷病者を一時的に眠らせておくためのものだ。
「普通に考えたら、他人の家に土足で入り込むようなものだし、辞めといた方がいいんだろうけど……」
『この船の状態を考えたら、少し心配ですね』
「かといってどうするよ? 踏み込んだら、壊れたコールドスリープ装置と、干からびた人間のミイラが並んでたりしたら。俺はフィクション映画のトレジャーハンターじゃないんだぞ?」
あくまでアーネストの目的は、この移民船に残されているであろう旧時代の知識、およびその現物だ。看板のおかげで周辺の間取りは分かったし、余計な事には口を突っ込まずにさっさと目的のものだけ持ち去るのがスマートではあるが、しかし、自分は決して泥棒ではない、という自負がアーネストを迷わせていた。
死体なんぞ見たくはない。不法侵入でしょっぴかれるのも嫌だ。
が、かといって、無視していくのも人道的にどうだろうか。
しばらく考えたうえでアーネストが出した結論は無難なモノだった。
「ちょっとだけ覗いて、何ともないかヤバそうだったら諦めよう。仮に何か問題があったとしても、数百人の乗員を俺一人でどうにかできるものでもないし。大体、俺の仕事じゃないし、それは。本来の船の責任者の問題さ」
『どちらにしろ不法侵入者であるのは変わらないので、いまさらでは?』
「そこは言うな」
AIと漫才のようなやりとりをしながら、アーネストは軽く床を蹴って通路の奥へと向かった。
この先はコールドスリープ施設である。
流石に、EMUを装備したままでは入る訳にはいかない。EMUを除装し、スペースジャケットとヘルメットだけの身軽な姿に切り替える。手には念のため、ショックガンを装備する。
勿論、仮に乗員と遭遇しても撃ちあうつもりはない。だがこの船の状況、何が起きるか分からない。最悪、何らかの宇宙生物の巣になっている可能性もある。制御システムの挙動が怪しいコールドスリープ設備なんて、その手の外敵からすれば食べ放題のバイキング会場だ。
「レヴィ。一応確認しておくが、この先が宇宙フナムシの巣になってたりはしてないだろうな?」
『EMUの索敵システムにも、その手の熱源は確認できませんでした。少なくとも現状は、低温で保持された状態の人間大の反応しか確認できていません。まあ、眠っているのが実は人間ではない、とかでしたらお手上げですが』
「やめろよそういう冗談」
現状を考えると割とシャレになっていない。
「……ふぅ。行くか」
相棒との気楽なジョークを打ち切り、アーネストはテイザーガンの銃身を額に押し当てるように構えて、コンソールを操作した。
ガコン、という音と振動。ドアのロックが外れるのを確認し、アーネストは重い扉を肩で押し出すようにして室内に突入した。
扉の影から飛び出すなりそのまま前転。一回転して身を起こし膝をついたまま、三方向にテイザーガンを向けて警戒する。
「人は……いないな」
薄暗い冬眠室に、動く人間の姿はない。
部屋の中は慣性重力発生室を思わせる円筒系の部屋になっていた。壁と一体化した床には六角形のハッチがずらりと並び、のぞき窓のような空洞から緑色の光が外に漏れだしている。見上げると部屋の中央を突き抜けるようにメインシャフトのようなものがある。他に見まわすと、部屋の一角に『緊急覚醒室』と書かれた看板が目に入った。
軽く数を数えて計算してみる。どうやらこの部屋には300人ほどの人間が冬眠状態にあるようだ。
床に張り付く足を引き上げ、ガツンガツンという足音を立てて歩み寄り、ハッチの覗き窓から中を見てみる。ハッチの中は小部屋になっており、さらに内部には卵状の半透明の休眠カプセルが収まっているようだ。その内部に、人間らしき黒い影が見える。これ以上はプライバシーの侵害だと、アーネストは顔を上げて再度部屋を見渡した。
「みんなお休み中、という事か」
『船のサイズを考えると、このような部屋が多数あるようです。一か所にまとめなかったのは、トラブルの時の安全性を考慮しての事でしょうか』
「何かあった時に全滅しないように、って? ずいぶんと冷酷な考えなんだな、昔の人間ってのは」
もしくは、それだけ余裕が無かったのか。
地球がどのような星で、当時どのような事が起きていたのかを知る術はない。全ては忘却の向こう側だ。
あるいは、この船の人員はその事を知っているのかもしれないが。
『どうなさいますか、マスター?』
「うーん。見た所、特に異常はなさそうだな。まあ、コールドスリープ装備なんて緊急時に備えて別電源とか、とにかく安全性を重視するもんだろうしな。船がガタガタでも乗員は案外無事なのかも。とりあえず、誰かが来る前にずらかるとするか」
流石に、人間の生命維持にまで影響が出ているなんて事はなかったようだ。
要らぬ心配をしたな、とアーネストが冬眠室を後にしようとした、その時だった。
暗闇に微睡んでいた部屋に、突如刺々しい警報と、深紅の照明が異常を告げる。
ほとんど反射的に身を低くするアーネスト。侵入者であるという立場を省みて、自分に対する警報だと思ったのだ。
だが現実は違う。硬い口調のアナウンスが、叫ぶように言葉を告げた。
『冷凍睡眠装置に異常が発生しました。乗員の生命維持機能に異常を確認。B-31ブロックを緊急解放します。医療スタッフは直ちに該当ブロック乗員の緊急覚醒処置を行ってください。繰り返します……』