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第六話 腹黒いやり取り


 一方、アーネストが孤軍奮闘する、その少し前の事。


 艦橋では、移民船の扱いをめぐって銀河連邦と移民船団、双方の最高責任者が通信越しに顔を見合わせていた。 


『はじめまして。私は銀河連邦監査局から全権を任されました、アウスビッツ・レーゲンと申します。故郷を同じくする同胞よ、この再会に感謝したいと思います』


「これはご丁寧にどうも。私は、第七世代型恒星間移民船アマノトリフネ級3番艦ヤマトタケル船長、四菱重蔵と申します。この度は、我が船の支援、ありがたく存じます」


 環境のメインモニターに映るのは、灰色の髪をオールバックにした壮年の男。ぴっちりとアイロンをきかせた皴一つない黒いスーツに、眉間に刻まれた深い皴。その視線は言葉とは裏腹に冷たく鉄のような無感情であり、一目で一癖もふた癖もある難物である事が見て取れる。


 しかし、移民船の船長を務めている四菱も並大抵の人物ではない。内心の戸惑いや不安を押し隠し、鷹揚に対面する。


『さて。時間は貴重だ、特に今回に至ってはな。単刀直入に問おう、貴船の進退、いかがなさるつもりか?』


 移民船ヤマトタケルは、今後の進路について船員内でも意見が分かれていた。


 このまま予定通りの移民先に向かい、銀河連邦と合流するか。それともトラブルを避けてさらなる遠方の星を目指すか。


 どちらも相応のメリットとデメリットがある。特に、次元跳躍航行を手に入れた銀河連邦、そこに所属する人間のメンタリティが、地球から地続きの自分達と大きく異なっているであろう事は、無視できない懸念であった。


 しかし、現実的な事情で、その意見は一つに纏まらざるを得なかった。


「その事については、結論が出ました。許されるならばこのままの進路を維持し、そちらに……銀河連邦に、われわれをその一員として認めていただきたい」


『ほう?』


 片眉をこれ見よがしに顰めて見せるアウスビッツ。その不遜な態度で、彼ら銀河連邦が移民船団をどう見ているかが透けて見えるな、と四菱は内心で溜息をついた。


『理由を聞かせて頂いても?』


「……本船は長期にわたる宇宙航行で、予期せぬ不具合が蓄積しております。現状を考えると、これ以上の航行は数十光年も耐えられないと判断しました。まだ余力が残っているうちに減速し、船員を降ろしたいと考えています」


 実際の所、余力など殆ど残されてはいない。


 調査の結果、船全体の六割が機能不全を起こしている事が判明している。推進機関は2割が稼働停止、動力源も補助動力路が一つ停止している。幸いにして主動力は今現在も安定して稼働を続けているが、それもいつ停止する事か。度重なるデブリ群との衝突で、船体装甲にも大分ガタが来ている。


 最重要区画である船員の冷凍睡眠設備は今現在も稼働を続けているが、これでもし主動力炉に何かあればそれも危険だ。


 船長として、これ以上の航行は許可できない。船員の安全のためにも、一刻も早く下船させるべきだ。


 とてもではないが、さらなる旅路に出られる余力はどこにもない。多少どころではないトラブルが待ち受けているとしても、この未知の文明の傘下に下る他はない。


 しかし、果たして彼らが、人道的支援を自分達にどこまでしてくれるのか。それが四菱にとっての懸念事項だった。


『なるほど。まあ、数百年以上昔の、実績もない理論上のオンボロ船では、そんなものでしょう。それで、減速方法はどうするのですか? 見た所、速力からしてレーザー推進航法のようですが、その方法だと終点にもう一つ、レーザー照射が必要でしょう?』


「……予定では、近隣の惑星大気を利用したエアブレーキ減速を段階的に行う予定でした。ですが、現状ではそれは困難です。慣性制御装置をフル活動させて、なんとか減速するか……あるいは、艦の主動力炉を転用したレーザー砲を製作し、航路上に先行させて、なんとか……」


 正直なところ、どっちの方法でも博打になる。慣性制御装置でも扱える運動エネルギー量には限界があるし、主動力炉を活用したレーザー砲による減速は仮に成功したとしてもヤマトタケルはその動力を失う。移民船団にとて移民船を失う事は、家を失う事と同じだ。出来るうるなら取りたい手段ではない。


 だが本来予定していたエアブレーキはそれを踏まえても実行できない。船体の劣化が想定以上だったのもあるが、よりにもよって、減速に利用する予定だった星々の軌道上にはすでに銀河連邦が入植しているのだ。為政者として、民間区域に暴走トラックを突っ込ませるような事は到底許可できないだろう。


 博打とわかっていても、移民船団側が提示できるのはこの二つが精いっぱいなのだ。


 しかしながら、その苦肉の策も、相手を納得させうるものではないようだった。


『正直、こちらとしては不安要素しかありませんな。航路変更程度ならともかく、あの大質量の減速は慣性制御装置では荷が重い。主動力炉を転用したレーザー砲、発想は悪くありませんが製作期間はいかほどで? 我々としては制御不能な巨大宇宙船が経済区域へ侵入してくるのを許容する事は難しいのですが』


「……それは……理解していますが……」


 冷たいようだが、理解できるのもまた事実。仮に立場が逆であれば、四菱もそれに近い事を告げただろう。


 こういうトラブルを避けるためにあったのが恒星間移民法であり、航路オークション方式だったのだが、一度星についた後の事まで考えていない。それに先に旅立った船が後から出航した船がどこへ向かったなど知る由もない。


『とはいえ、我々も文明人です。駄目だしするばかりでは芸がない。こちらでもこのような物を用意しました』


 その言葉と共に通信先の映像が切り替わる。


 会議室から一転、映し出されるのはどこかの宇宙空間だ。背後に星が瞬く中を、ゆっくりと映像が視点を変える。画面左側からズームするように、巨大な灰色の構造物が映像に入ってくる。巨大な塔のような、花のようなそれは、多少の知識があれば何の為に作られたものか理解できるだろう。


「これは……」


『こちらで運用されている重粒子砲です。宇宙船の加速から、小惑星の破砕や軌道変更、様々な事に使われています。そちらのクォンタムセイルがスペック通りのものであるならば、これで十分減速できるでしょう。こちらからそちらに対し無償で提供できる最大限の譲歩です』


 画面が戻り、神経質そうに眉を顰めたアウスビッツに映像が切り替わる。彼はちらりと腕の時計に目を向けると、軽く目を伏せた。


『どうやら話はここまでのようです。こちらも関係各所への連絡がありますので、今回の会議はここまでにしておきましょう。次は48時間後。それまでに、そちらの準備を完了させておいて頂きたい。では、失礼』


「う、うむ」


 忙しない挨拶を最後に、映像が途切れる。通信終了数秒まって、四菱の隣に控えていた副官が怒りを口にした。


「何たる無礼。あれが銀河連邦とやらの誠意とでもいうのか。ふざけている」


「そう憤るな。あちらからすれば、こちらは後ろ盾も持たない、規模だけは大きい難民船もいい所だ。最低限の備えを用意してくれただけ、マシな対応というもの」


 言いつつも、四菱はアウスビッツの言葉に引っかかるものがあった。


 話によれば、この宇宙では跳躍航行が一般化し、レーザー加速による恒星間航行は行われていない、行うとしてもごく僅かであるはず。であるならば、その為にあのような大型の粒子加速器を配備するはずがない。となると、主目的は小惑星の破砕になるのだろうが……。


 あまり、良い予感がしない。


「それで、クォンタムセイルの展開状況は?」


「は。機関スタッフの話によれば、全3機存在するうち、1番と3番のクォンタムセイルは展開に修理が必要だそうです。自己メンテナンス機能が長期に渡って停止していたせいで、劣化が無視できないレベルに達していると。ただ、2番のセイルはなんとか展開が可能という話です」


「よろしい。では、すぐにでも展開を試みてくれ。本番の前に十全の状態で臨みたい」


 船の状況からして、展開できたとしてもある程度の修理は必要だろう。次の連絡まで48時間しか猶予が無い、今は一分でも時間が欲しい。


「はっ。……機関部、聞こえたか? 展開についての許可が出た。すぐに実行してくれ。ああ、うむ。試運転も兼ねている、気楽にやれ」


「ふぅ……」


 とりあえず何とかなりそうだ、と四菱は背もたれに背を預けた。これで緊急覚醒から続いた一連のトラブルも、ひと段落するだろう。


 そんな風に甘く考えたのが良くなかったのか。


 突如、船内に響いた警報と、赤に染まる艦橋に四菱は目を見開いた。


「何事だ!?」


「機関部から報告です、主動力炉の出力が急激に低下……い、いや、これは……船のエネルギーがどこかに急激に漏れ出して……!」


「あれは……船長! 外を、クォンタムセイルを見てください! なんだあれは!?」


 船員達の悲鳴じみた声が艦橋に響く。四菱は座席を蹴って飛び上がると、艦橋の窓に張り付くようにして外を見た。


 各種宇宙線をカットするコーティングを施されたガラス窓の向こうには、無限に広がる宇宙空間。平時であればいつまでも見ていられる美しい星々の海だが、今はそれを見ている場合ではない。船のシルエットをなぞるようにして、艦後方に目を向ける。


 艦の最後方、機関部ブロックの外壁には、クォンタムセイルが折りたたまれた状態で収納されている。全部で三つある内、二つは使用不可能。だが一つだけ稼働状態にあったセイルが、今ちょうどぎこちない動きで展開を始めている所だった。


 クォンタムセイルは、菱形の基盤からさらにフレームを展開し、そのフレーム内に量子膜を展開する事で高効率の太陽帆として機能するものだ。かつて太陽系から飛び立った時も、三つのクォンタムセイルが百合の花弁のように広がり、宇宙基地から放射されたプロパルジョンビームを受けて船体を加速させたときの事を、四菱は今もありありと思わせる。


 だが、今は稼働可能なクォンタムセイルは一つ、それも軋むようにして、平時では考えられないほどぎこちない動きでフレームを広げていくのがやっとだ。まるで見えない糸でからめとられているように、その動きは遅々として進まない。漏れ出た量子の輝きだろうか、セイル近隣がキラリと七色の光を放っていた。


「いや、違う……」


 呆然と四菱は呟く。


 メキメキと展開されるセイルの主軸。その下に、七色に輝く無数の糸のようなものが張り巡らされている。蜘蛛の糸のような、暗所に蔓延る黴のようなそれが癒着し、セイルの展開を妨げているのだ。


「なんだあれは」


 唖然として見入る四菱。あのようなものは当然知識にない。


 見ている前で、絡みついている糸がどんどん太くたくましくなっていく。まるで脈動するように七色の光が明滅し、船から何かしらのエネルギーを吸い上げているように見えた。


 ぶくぶくと繭のように膨らんだ禁止が、白い光を帯びる。その破滅的な予感を伴う変化に未来を想像しながらも、船員の誰もが自分達の理解を越えた現象に呆然とし、何もできずにいた。




『惑星間防疫法に基づき、駆除を強行します』




 船の影から、突如何かが飛来した。


 白い尾を引いて弧を描き、移民船の甲板を這うようにした飛来したそれを、船員達ははっきりと確認する事はできなかった。とはいえその挙動からそれが何かであるかを予想するのは簡単である。


「ミサイル……?!」


「誰の仕業……いや、伏せろ!!」


 ある者はとっさに通信機に向かって叫び、ある者はとっさに頭を抱えてしゃがみ込む。ある者はただ茫然とその行方を見届けた。


 飛来した誘導弾が、七色に輝く粘菌に命中する。想像していたような爆発や衝撃、閃光は無く、代わりにボボン、と粘菌の中で白いバルーンが急激に膨らみ、内部から粘菌を吹き飛ばした。冗談のような勢いで膨らんだそれが、粘菌の塊を吹き飛ばす。


「あれは……」


 その様子を見て、船長はとっさにその原理を理解した。


 爆発兵器は、宇宙空間では破片などが飛散し危険なスペースデブリになる恐れがある。だが、バルーンであるならどうだ。ただの風船、サイズ的にも目視は簡単で、二次被害を起こす可能性はかなり低い。


 空気のない宇宙空間では、衝撃波は伝達するものがない。しかし、バルーンを膨らませる、という形でなら、疑似的に範囲攻撃を行う事が可能だろう。相手が粘菌のようなソフトスキンであれば、過剰な破壊力は必要ない。


 急激に膨張しつつも柔らかなバルーンが、船体に張り付いていた粘菌を根こそぎこそぎ落として、ふわり、と船から離れていく。それらははるか後方に流れていき、その姿が見えなくなったあたりで白い閃光が宇宙を照らした。


 はっと我に返った四菱が船員に激を飛ばす。


「確認しろ!」


「あ……は、はいっ! ……レーダーに感なし、爆発によって先ほどの粘菌・バルーン共に消失したようです」


 報告を聞いて、ふう、と胸を撫でおろす四菱。もしあのまま座して見ているだけだったら、先ほどの粘菌は艦上で爆発していた事だろう。そうなっていたらどれだけの被害がでていたか、想像もできない。


「助かったのか……?」


「今のミサイルは誰が撃ったんだ? あんなミサイル、搭載されていたか?」


「三流SFじゃないし、電力を吸って膨張するような宇宙菌糸とか、俺は夢でも見ていたのか?」


 口々に騒ぎ出す船員達に、四菱は違う、と言葉に出さず否定した。


 ヤマトタケルにも武装の類はある。宇宙空間ではデブリや小惑星との接触は避けられず、それらを前もって排除するためにロケットランチャーの類が装備されている。だがそれらはあくまで、危険な障害物の除去が目的だ。単純な爆発であったり、対象にくっついてロケット推進で遠くへ押しやるとか、そういった用途のものがほとんどで、あのように膨張するバルーンで危険対象を排除するような弾頭は搭載されていない。何より、当時の人類の技術力では、あのように急激に膨張するバルーンは開発されていない。


 いったい何者が発射したのか。銀河連邦の船ではあるまい、あのミサイルは甲板付近から発射されたように見えた。自分達でも銀河連邦でもない第三者がこの船にひそんでいるのか。


 幸いにして悪意はなかったようだが……。


 四菱は動揺しつつも、当面の危機は脱したとしてセイルに目を向けた。


 バルーンによって、粘菌はその大半が除去されたようだ。多少根が残っているが、先ほどのように爆発する予兆のようなものは感じられない。だが、開きかけた所で無理やり粘菌によって推しとどめられていたところを、今度は逆にバルーンで急に持ち上げられたセイルは、何やら危なっかしい挙動を見せている。見ている前でギィ、ギィとセイルが揺れて……。


「あ」


 ぼきん、と折れた。


 折れたセイルはそのまま、宇宙船の周囲を漂っている。そのうち、内臓している量子膜の成分が何か悪さをしたのか、船の速度に置いていかれてはるか後方の宇宙空間へと消えていった。


 呆然と艦橋に詰めていた人員はその、最後の希望が闇に消えていくのを見守る。


 たっぷり十分ほど、艦橋が静寂に満たされた後。あらゆる感情を押し込めたような低い声で、四菱が小さく指示を出した。


「……先ほどの誘導弾の発射地点を探してくれ。それと、他にトラブルがないか調べろ。大至急だ」


「りょ、了解……」

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