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第七話 助けの主は不法侵入


 冷凍睡眠室は喧々諤々という大騒ぎになっていた。


 一斉に解放される患者たち。アーネストがどれだけ頑張っても限界がある。神奈にベッドに放り込んだ後の事を任せても、全部で数百人はいるのだ。


 それでも一人ずつなんとか運んでいれば、そのうち覚醒した人員の中から、動ける人間が手伝ってくれる。自分自身、長期の冷凍睡眠の後遺症で体調も万全でもないのに手伝ってくれる屈強な青年たちは、さすがは宇宙開拓を志したフロンティアスピリッツの持ち主だったといえよう。


 そうやって数人がかりで作業していれば、かけつけた船の船員達も合流し、効率は大きく向上。


 やがて、最後の一人をベッドに収め、集った皆は額に浮いた汗を拭って顔を見合わせ、笑った。


「お疲れ!」


「おつかれぇー」


 違いに健闘をたたえ合い、疲労困憊でその場でくつろぐ。アーネストも、途中から上半身のジャケットもインナーも脱いで、シャツ一枚で作業していた。他の皆も、各々似たような恰好だ。特に冷凍睡眠から起きてきたばかりで手伝ってくれた成年組は、身に着けていた貫頭衣がすっかりぼろぼろで、腰に巻いたタオルが辛うじて全裸露出を防いでるといった状態だ。


「……安心したら気分悪くなってきた」


「おおい医療班ー!!」


 と思ったら、やはり無理があったらしく顔色が真っ青な青年組。船員スタッフの一人が慌てて声をかけて、彼らを担架で連れ去っていく。残った数人の船員が、アーネストの横でそれを見送った。


「大丈夫かな……?」


「ちょっと気分が悪いだけですよ。でも本来、冷凍睡眠覚醒後はできるだけ安静しておくべきですからね。皆さんも、少しでも異常を感じたら行ってくださいね」


 心配そうにしている周囲の人間にも一応声をかける船員。残っているのは若い女性や中年の男、そして子供だ。


 その数は百人近い。結局、このエリアに眠っていた冷凍睡眠中の人間は、一人も残さず覚醒してきた事になる。


 アーネストは少し心配になって船員に確認した。


「他の場所にいかなくて大丈夫なんですか? これだけのサイズの船で、他に眠っている人間が居ないわけではないでしょう?」


「ええ。ですが、補助動力炉に至るまで完全停止したところは3か所しかありません。他の所はスタッフが間に合いましたので、ここほど大騒ぎにはなっていません。本当に助かりました、貴方の助けが無ければいったいどれほどの被害者が出ていたか。心から礼を申し上げます」


「いやあ。私は人間として出来る事をしただけですよぉ」


 えへへへ、とはにかみ笑いしながらアーネストは照れた。なんかかんだで人助けは嫌いじゃないし、それで感謝されれば普通に嬉しい。


「それで、その。本当に感謝しているのですが……」


 言いながら、船員がすっとアーネストの背後に回る。ん? とアーネストが違和感を覚えたときには、すでに遅かった。


 ガチャン、という金属音。


「……え?」


「すいません。……貴方、この船の人員ではありませんね? その、規則ですので……」


 腕にかけられた手錠を前に、ぽかんとするアーネスト。それに対して船員は、本当に心の底から申し訳なさそうに頭を提げたが、逃がすつもりはないらしい。


 状況を理解したアーネストの顔も青くなった。


「あ、いや。それは、うん、その……」


「すいません。お話を伺いたいので、我々に従っていただけないでしょうか。本当に、手荒な事はしませんので……」


「はい。貴方は我々同胞の命の恩人です。申し訳ない、そんな恩人に、これ以上手荒な事を、我々もしたくないのです……」


 やたらと下手にでてくる船員達に、アーネストは参ったな、と肩を落とした。


 彼とて荒事と縁遠い訳ではない。ここから逃げ出す事も十分に可能だが、こんな彼らを打ち倒して逃亡しては完全に悪者だ。それに言われた通り、不法侵入者の身で和気藹々とやっていたアーネストの方こそ不用心だった。


 見た所、そう悪い事にはならないだろう。ならばここは大人しくしておこう、とアーネストは連行に従った。


「わかりました。俺の方も、どうこうする気はなくなっちゃいましたよ」


「協力感謝します。では、こちらへ」


 犯罪者というより、重鎮に対する対応のそれで、船員はアーネストを伴って睡眠区画を出ていく。


 まあ、考えようによっては悪くはない展開だ。不法侵入の罪はあるが、この懇切丁寧な対応を見ればそれに有り余る借りを作ったのは間違いない。それをうまく利用して取引ができれば、本来の目的を合法的に果たす事も難しくはないだろう。


「……そいや、アイツ何してるんだ」


 ここで一つ、頼れる相棒に意見を伺いたいところだが、連行してる間に堂々と通信をする訳にもいかない。そもそも、主人がとっつかまった時に連絡してこないなんて、向こうでも何かあったのだろうか。本当にヤバイなら警告ぐらいは間違いなく送ってくるはずなので、何か緊急だが自力対応できる程度の事態に見舞われている、とみるべきだろうが……。


「? どうかしましたか?」


「いえ。何でもありません、ところで私はどこに連行されるんです? 独房とか?」


「ははは、そんな事はしませんしさせませんよ。実は、貴方の存在を知った船長が、直々に貴方にお会いしたいと」


「……なんですと?」





 連行されて区画を連れ出されるアーネスト。


 その後ろ姿を、冷凍睡眠から目覚めた一般スタッフがざわざわしながら見送っていた。彼ら彼女らかすれば、訳が分からない。そもそも、皆、一体何が起きていたのか把握している者は皆無なのだ。パニックになって騒ぎを起こさないだけ、まだ冷静だといえよう。


「……この船の人間じゃない? じゃあどこから来た人なんだ? こんな宇宙の果てに?」


「そもそも一体今、何が起きているのかしら、この船に……船員は何か知っているの?」


「手荒に扱うんじゃないぞ、その人は俺たちの命の恩人だぞ!」


 不安を露にしながらも、大人しくしている患者たち。その中で一人の少女が、顔を青くして隣の年配の女性に慰められていた。


 最初にアーネストに助けられた少女、式部神奈である。


「ネストさん……」


「ほら、大丈夫よ、式部さん。恩人に手荒な事をするほど、警備部の連中も乱暴じゃないから……ね?」


「は、はい……」


 返事はするも、気が気でないのは言うまでもない。そんな神奈の様子に、痛ましげに女性はため息をつくと、気持ちを切り替えるように首を振った。


「ここでじっとしていてもらちが明かないわ。皆不安に苛まれてるし、何か暖かいものを用意しましょう。式部さん、確か貴方、調理技術の資格を持っていたわね、少し手伝ってくれるかしら? 手を動かしていれば、気もまぎれるわ」


「……わかりました。手伝わせてください」


「ありがとう。じゃあ、こっちに来て」


 女性に連れられて、冷凍睡眠区画を出る神奈。睡眠区画の近くには、当然ながら医療室や休憩室といった覚醒後に対応するための部屋が用意されている。その中に、簡易的な調理室も存在していた。


 長期に渡る宇宙航行の中で、食事は数少ない娯楽だ。基本的に定期的に覚醒した人間がいくつかの作業と共に、次の覚醒者の為に保存されていた食料をもとに調理し備えておくのがお約束なのだが、残念ながら船のトラブルで用意されていた宇宙食はダメになってしまっていた。幸い、原材料の方は完全真空保存されていたのもあり、この状況でも利用可能である。とはいえそれもいつまで持つか分からない。上に軽く連絡した所、この食糧庫にある食材は全部使ってしまっていいという返事が返ってきた。


「それじゃ、何か簡単なものを作りましょうか。式部さんは何がいい?」


「豚汁はどうでしょうか。体が温まります」


「いいわね。味噌といっても疑似的なフレーバーだけど、そこは気分よね」


 メニューは決まった。


 あとは、蒸気機関のような見た目をした与圧調理器具に、順番に食材を投下していくだけだ。


 低圧の宇宙空間では、水は100度よりも低い温度で沸騰するが、それは色々と都合が悪い。なのでこの船に用意されている調理器具は、人間が直接触れることなく、与圧された器具内で加熱調理が可能になっている。


 保管庫から高吸収タンパク質ブロックと、繊維質フレーバースティックを取り出してくる。それらをシュレッダーに投入し、一口サイズに切り分ける。当然ながら本物の豚肉や野菜が使える訳ではないので代用品だ。それでも高吸収タンパク質ブロックは二種類の食感のものを使っており、豚肉らしい噛み応えを再現しようと試みている。フレーバースティックは千切りにする事で、刻んだネギや白菜に近い食感を演出できるだろう。


 食材の準備が整ったら、与圧調理用チャンバーに純粋を規定量抽出、加熱を開始。


 さらに水に、塩や各種アミノ酸、グルタミン酸といったうまみ成分を咥え、さらに先ほど切断した食材を投入。半透明なチャンバー内で濁った液体が沸騰し、ぼごぼごと流動するのを確認しながら火加減を調整。


 一通り加熱したら火を緩め、味噌フレーバーを投入する。フレーバーを加えた後で沸騰させてしまうと香りが飛んでしまうので一番最後なのは、本物の味噌と一緒だ。


 味噌フレーバーを加えると煮汁が茶色に染まり、一気にらしくなる。少しだけ抽出し、味を確認する。


 塩気のある、肉と野菜の複雑なコクのある旨味。じーん、と舌にしみわたる滋養のある味わいは、体を芯から温めてくれる気がした。


「いい感じ」


 完成した食材を、簡易パッケージに詰めていく。


 百人以上の食事を一気に用意するのだから、どうしても拘る余裕はない。それでも、この宇宙という環境で、温かい出来立ての汁物がどれほどの贅沢かは、宇宙作業従事者であれば皆知っている。例え巨大な移民船でも、だからこそ無駄な荷物を積む事はできない。この与圧式調理システムは、大いなる拘りと努力によって、ここで動いているものなのだ。


 色気のないアルミ一色のスタンドパウチを篭に積み込み、冷凍睡眠室へと戻る二人。だが、式部の顔は変わらず曇ったままだ。


「…………」


「……ああ、そうだ。式部さん。そういえば、船長から頼まれた事があったのよ、引き受けてくれる?」


「え?」


 きょとん、とカーゴを押しながら見上げてくる神奈に、女性はばちこーん、と力強くウィンクを飛ばした。


「貴女にとってもよい話よ?」


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