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第八話 三人寄れば文殊の知恵


 連行されたアーネストが案内されたのは、どう見ても幹部職員だけが通されるような艦橋の一角だった。


 四角い部屋の三方は窓から宇宙空間が見えており、白い床や壁は磨き抜かれて汚れ一つない。壁も単なる構造物ではなく彫刻のようなものが施されており、ただの部屋ではない事を伺わせていた。中央には、巨大な立体映像が球状に映し出されている。この巨大移民船の詳細が表示されているようだが、あまりなじみのない言語でアーネストには解読できない。ただ、船のあちこちであまり望ましくないトラブルが頻発している事だけは見て取れた。


 船員がアーネストの手錠を解除して後ろに下がる。どうしようか、とおろおろして周囲を見渡していた彼に、年経た男性が声をかけてきた。


「ようこそ、この銀河の人。私はこの船の船長をやっている、四菱重蔵と申します」


「船長!? あ、いや、アーネスト・チャーチルです。この度は、ええと、ご不幸な事になってしまい、その……」


「はっはっは、そう畏まる事はない。話は聞いている。船員を助けてくれたそうだね?」


 にこやかに笑う船長。一方、アーネストはそれを聞いてますます縮こまった。


 話は聞いている。それはつまり、彼が不法侵入者であるという事も心得ているという事だ。


「ああ、チャーチル君の不法侵入については今の所咎めるつもりはないよ。正直、それどころではなくてね。それに君には大きな借りが他にもある」


「ええと……借り?」


「うむ。甲板上に停泊していた宇宙船、あれは君のだろう?」


 紅蓮丸の事も把握されているらしい。だが、借りとはいったい……相棒が何かをしたのだろうかと、アーネストは首を傾げた。


「ええと、紅蓮丸の事ならそうですが。……ええと、レヴィの奴が何か?」


「いやな。妙な宇宙生物らしき物にセイルを侵食されて大変難儀していたのだが、それを君の船が吹き飛ばしてくれたおかげで事なきを得たのだ。おかげで、セイルは宇宙の彼方に吹っ飛んで行ってしまったがね」


 ほら、あれだ。見えるかね? と窓を四菱が指さす先に、たしかに何か、大型構造物が引きはがされたような損傷跡が見える。その周辺には、淀んだ虹色の痕跡が。


 理解にアーネストの顔が青くなった。


「……駆除指定の宇宙細菌? いや、もしかして、レヴィの奴、防疫法の適用でぶっ飛ばしたのか?! え、まって、セイルが折れたって、え……。確か、大型移民船の主な減速方法って……」


「うむ。唯一動いていたセイルがへし折れた上に、主動力炉は急激にエネルギーを吸い上げられたせいで出力低下、サブプランの慣性制御装置も使えなくなってしまった。このままでは停止する事も出来ずに宇宙の藻屑だな。はっははは」


「申し訳ありませんでしたーーー!!!」


 アーネストは空中で身を折り、最大限の謝罪の意を示した。


 DOGEZAである。


「うちの相棒が、本当に大変な事を!!」


「ああいや、当の本人から説明は受けているよ。あの時ああしなければ、大量のエネルギーを蓄えたその宇宙細菌とやらは、繁殖の為に自爆していたのだろう? その場合、最悪この船が沈む事もありえただろう。助けられたのはこちらだよ」


「そうは言いましても……え、本人から聞いた? え?」


 きょとんとするアーネスト。と、そこでようやく、当の相棒からの通信が入った。


『そういう事です、マスター』


「そういう事じゃないだろうお前!? 主人をほっといて何勝手な事やってるわけ!?」


『そうは言いましても緊急事態でしたので。宇宙防疫法に基づき指定された対応を行ったまでです。マスターの方はマスターの方で大変な事になっておりましたので、伝えない方がよいかと』


 しれっと告げてくるAIに、アーネストは頭痛を覚えて頭を押さえた。


「もしかして冷凍睡眠室の異常って……」


『もしかしなくても宇宙爆発性細菌ブラッキンがエネルギーを吸い上げたせいです。もともとセイルに付着していたのが、起動にあたって電力供給された事で活性化したようですね。ですが、今はそれを話している場合ではないのです、マスター。このままだとこの船は銀河連邦に撃墜されます』


「はぁ!? いくら銭ゲバの銀河連邦でもそんな……いや、そうか。人命はともかく、船は……」


 流石に、いくら冷徹な銀河連邦でも移民船の人員を見殺しなんかにはしない。だが、船は別だ。銀河連邦からすれば、この巨大移民船に価値はない。


 例えるなら木造の襤褸船で大量の難民が漂着したとして、それに乗っている人間は保護しても、船は破棄、処理するようなものだ。その発展の過程で古いもの、劣ったものは切り捨てて発展してきたのが銀河連邦だ。移民船乗員の精神的支柱であるという事を理解した上で、尊重してくれる事はないだろう。


「レヴィ、といったかね。君の船のAIが言うとおりだ。事実、銀河連邦はこの船の減速手段として、重粒子投射システムを提案してきた。本来は小惑星の破砕に使うようなものだという。もしこの船の減速が失敗すれば、そのまま破壊に移行するだろう。冷徹だが、理解できないわけではない。為政者として、その冷血は必要なモノだろう。だが私はヤマトタケルの船長として、それを認める訳には断じていかん」


「お気持ちはお察しします。ですが……」


「君の言いたい事はわかる。だからこそ、君をここに呼んだのだ。確認するが、君は銀河連邦に所属する人間、その一人、という事でいいかね?」


 まっすぐアーネストを見つめる四菱の視線。アーネストは困惑しつつもうなずいた。


「はい。ですが、私は銀河連邦内部で何か立場がある訳ではなく。むしろ犯罪者すれすれというか」


「君に交渉を頼みたいわけではないよ、ああいや、そう違わないのか? 私が頼みたいのは、我々に君たちの価値観を教えてほしいという事だ。たとえ同じ地球から派生した人類でも、地球文明と地続きである私達と、独自に発展し社会を築いた君たちでは、恐らく常識や価値観が大きく違う。そこを誤れば我々は大きな損を被る事になるし、逆に正しく君たちの需要を知る事ができれば、この難局を乗り切る事が出来るかもしれぬ」


「それは……」


 なるほど、とアーネストも納得する。確かに、それはそうだ。


 地球文明から、銀河連邦の文化は大きく変質している。ある意味ではアーネストも、それについての第一人者ともいえる立場だ。


「わかりました。私にできる事なら、喜んで」


「助かる。とはいえ、互いの文化について理解を深める時間はない。君から何か、提案は無いかね?」


「……一つ。銀河連邦から今回の件について出向してきた人員について教えていただけますか?」


 アーネストの問いについて、四菱は深くうなずく。彼がスタッフの一人に合図をすると、中央の立体映像が切り替わった。


 表示されたのは、灰色の髪をオールバックにした壮年の男。


「彼が、我々に対し銀河連邦が差し向けてきた人物だ。名前は確か……」


「アウスビッツ・レーゲン」


「……知り合いかね?」


 四菱が圧のある視線を差し向けてきて、アーネストはちょっと腰が引けながらもうなずいた。


「顔見知りです。しめた、この人ならば銀河連邦の中でもかなり話が分かる方です。価値を見出しているものも理解しやすい」


「……あれでかね?」


「あれでなんです。言動で損してますが、かなりの穏健派かつ文化人ですよ」


 四菱の言いたい事がよく分かるだけに、アーネストは深く苦笑した。


「とにかく、彼ならば話はなんとかなります。何か、この移民船に保護するに値する価値があると判断すれば、多少のコストは踏み倒して動いてくれるはずです」


「なるほど。希望は出てきたな。だが……しかし。この船は移民船だ。地球の文明の遺産のようなものは積み込んではいなくてな……。情報媒体ならばいくらかあるが、どうだろうか」


「うーん。確かに貴重なものですが、ただのデータでは少し物足りないでしょうね……」


 二人そろって頭を捻る。そもそも、アーネストはこの船に何があるのか全容を把握していないし、移民船側は銀河連邦がたどった文明の歴史を知らない。


 違いに、何が不足しているのかすらわかっていないのだ。かといって、悠長にその擦り合わせをしている時間もないと来た。


 希望が無いわけではないが、果たしてどうするのが一番効率がいいのか。


「とりあえず、この船のデータバンクにアクセスする権利を頂けますか? うちのAIに漁らせてみます」


「そうだな。保安上の問題で深い所までは無理だが、ある程度までなら許可を出そう」


 一応の指針を定め、二人が行動を決めた、その時だった。


 場違いな明るい声が、部屋に響いた。


「みなさん! お食事をお持ちしました!」


「おぉ」


「待ってたよ」


 部屋の入口からカーゴを押して入ってくる少女の姿。それを、船員達が歓迎する。


 一方のアーネストは、その少女の顔に見覚えがあった。長い黒髪と、まっすぐ切りそろえた前髪に、その下でキラキラ輝く黒真珠の瞳。記憶にある貫頭衣とは違い、船員の正装であるスペースジャケットに袖を通しているが、間違いない。


「式部さん」


「あ! ネストさん!!」


 笑顔を浮かべて、式部がカーゴと共に近づいてくる。彼女は船長と共にいるアーネストの姿に安堵したように胸を押さえると、ついでカードの中身を手渡した。


「よかった、悪い風にされてなくて。はい、これ。お食事です。簡単なものですが……」


「食事?」


「ありがとう、助かったよ。この状況で出来立ての暖かい物が食べられるというのは、実にぜいたくな事だ」


 手渡されたパウチを頭上に掲げるようにして、矯めつ眇めつ観察するアーネスト。一方、四菱はなれた手つきでスタンドパウチのキャップを捻り、封を切ると口に運んだ。美味そうに中身を味わう彼の姿を見て、見様見真似でアーネストもキャップを捻る。


 パキッという音と共に密封が解除される。途端、例えようのない独特な香りが彼の嗅覚をくすぐった。


「?!?」


 ぎょっとして顔を一瞬離し、改めて慎重に香りをかいでみる。


 しょっぱいとも甘いとも違う、何かしらの発酵臭。不快一歩手前の独特の香りだが、一言で表現しにくいほど複雑な香りでもある。


 とりあえず悪いものではなさそうだと、覚悟を決めて口に運んでみる。


 ぎゅ、とパウチを握りしめると、あたたかな液体と固形物の混合物が流れ込んでくる。


「これは……」


 戸惑ったのは一瞬。すぐにアレックスはパウチを絞るようにして中身を堪能した。


 内容物はしょっぱいという意味では塩味だ。だが、ただ塩辛い訳ではない、そこに甘味と旨味、少しだけの苦み、そういったものが混然一体となって、まったりとした脂質のまろやかさの中に溶け込んでいる。いや、このまろやかさは脂質だけではない、もっとほかの……タンパク質のそれも混じっている。とてもではないが、しょっぱいとか甘いとか、そういう言葉では表現できない味の多重層。それが、ややとろりとした液体に溶け込んでいる。


 それだけではない。液体の中には大量の具材も混じっている。噛むときゅっとする、あるいは柔らかく解れる固形物は、噛めば噛むほど味がする。一方で、シャキシャキとした繊維質の食感もある。こちらは汁が繊維によく染み込んでいて、噛みしめると適度な食感と共に深みのある味が広がっていく。


 気が付けば、それなりの量があったはずのパウチはすっかり空になっていた。


 口元を拭って空のパウチを見下ろすアーネストに、式部はくすくすと笑みを浮かべた。


「ふふ、ネストさんたら凄い食べっぷり。おなかがそんなにすいてました?」


「はは、若いというのはいい事だな。だが、それだけでは少し足りないだろう。何か固形物も用意するかね?」


 あくまでも呑気な四菱と式部。だが、アーネストからするとそれどころではない。


「見つけた…………」


「うん? チャーチル君、どうかしたのかね?」


「これです! これですよ、四菱さん!! これなら……きっと! 移民船を救える!!」


 レトルトパウチをトロフィーのように掲げ、確信に満ちた顔で叫ぶアーネスト。


 四菱と神奈は訳が分からず、きょとんと顔を見合わせた。


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