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第九話 宇宙ポテトのポタージュ


 移民船側が動いたのは、約束の時刻より20時間以上早くの事だ。


 移民船を包囲する、いずれも飾り気のない灰色の長方形の形状をしている銀河連邦の巡洋艦。。


 その総旗艦に向けて、移民船から飛び立つ機影があった。


 大型の宇宙攻撃機、紅蓮丸。今は爆弾の代わりに居住区をぶら下げたその船が移民船の甲板を滑走路にして飛び立つ。


 事前に話が通っているのか、包囲する巡洋艦に動揺は見られない。それどころか紅蓮丸を導くように、ガイドビーコンの光が宇宙空間に道を描いた。


 その光に導かれて、紅蓮丸が旗艦に向けてランデブーに入る。


 巡洋艦にも艦載機はあるが、そちらの離発着区画を利用するには紅蓮丸は大きすぎる。互いにレーザー通信で相対速度を調整し、ぴったりと並んで並走する二隻が接舷に入る。そうするといくら大きいとはいえ攻撃機、サイズ差は歴然だ。


 そんな紅蓮丸の合流を、アウスビッツは巡洋艦のエアロックの前で待ち構えていた。傍らには衛兵を従え、ぴくりとも動かずにその時を待つ。


 彼がそう待たされる事はなかった。接舷から間をおかず隔壁が開かれ、スーツに身を通した四菱とその補佐官が三人、何か妙な金属の容器を持った少女、そして見覚えのある青年の姿が現れる。ぴくり、と気難しそうにしかめられたアウスビッツの眉が痙攣するように震えた。


「ようこそ、巡洋艦ロージェノバへ。歓迎します、古き同胞よ」


「こちらこそ、急な申し出を快く受けていただき感謝します、アウスビッツ殿」


 お互いに握手を交わす両陣営の代表。続けて、互いの随伴者がそれぞれ名乗りを上げながら挨拶をかわす。一通り自己紹介が終わると、アウスビッツはじっと気難しそうな視線が青年……アーネストへとむけた。


「で。なんで君がここに居るのかね?」


「いやあ、それは話すと長くなりまして……」


「ふん。まあ大体想像はつく」


 不機嫌そうに目元を歪め、アウスビッツは続けて金属の容器を持った少女、神奈へと視線を向けた。無機質な視線を向けられた神奈がビク、と肩を震わせる。


「え、えと……」


「なるほど。概ね、そこのアウトローに何か吹き込まれた、といった所でしょうか」


「ふふ、概ねそういう所でしてね」


 あくまでもそっけない態度で応じるアウスビッツに、四菱は鷹揚に答えた。実情としては移民船を守るための一か八かの賭けに出ているのに、その心情を微塵も表に出さない狸ぶりにアーネストはいっそ感嘆した。心臓が鉄で出来ていると見える。


 対するアウスビッツは、感情も心情も全く伺わせない無感情の鉄面皮のまま、四菱と向かい合っている。


「どうやら大分、自信がおありのようだ。あの小さな鉄の鍋に、私を、銀河連邦を動かせるだけの価値があると?」


「それを決めるのは、貴方たちです。私はただ、この出会いを記念して一品、ご馳走にまいっただけですとも」


「……何?」


 ぴく、とアウスビッツが片眉をひきつらせて四菱を見る。これまで言葉ほどの関心を見せなかった彼が、初めて真正面から四菱を見据える。


 かかった、とアーネストは内心で快哉を上げた。


「ところで、皆さま。昼食の方は済ませてしまいましたか?」


「いや。まだだが」


「それはよかった。宜しければ、少し部屋とテーブルを、お借りしたいのですが」


 内心秘めた思惑を微塵も魅せずに、四菱は柔和に微笑んだ。


 快く要求は受け入れられ、一行が案内されたのは重力区画にある会議室の一室。普段は士官たちが航路や艦の運用について語り合う場所は、しかし今はその装いを一変していた。


 無機質な机には真っ白な布がしかれ、移民船から持ち出された椅子が並べられる。銀河連邦の艦船ではまず採用されていないレースの布やクッション性の高い椅子を、衛兵や巡洋艦の船員が興味深そうに観察している。


 机の中央には、一輪の造花を刺した花瓶。それらによって、不愛想な会議室は一転、温かみのある昼食会場へと変貌を遂げていた。


 中央で、机を挟むようにして四菱とアウスビッツが向かう合うように座り込む。意外にもアウスビッツは、少しだけ表情を柔らかくしてこの装いを観察しているようだった。彼の隣には、艦の上級船員が、こちらはちょっと居心地悪そうに椅子に座っている。


「ふむ」


「どうですかな? 地球から持ち出された調度品は」


「悪くはない。だが、銀河連邦の装いに迎合するかというと、疑問があるな」


 言葉選びは辛辣だが、先ほどまでと比べて明らかに口調が柔らかい。明らかに彼は、この催しものを楽しんでいる様子である。


 と、四菱の背後で船員達がそれぞれ、楽器を手にした。たちまち、ゆったりとした演奏が始まる。


 その演奏に乗せて、神奈がアーネストと共に、食器と先ほどの金属缶を台車に乗せて運んできた。テーブルにつく者達の見えないところで、アーネストが缶を開封する。


 途端、昼食会場の場に、芳醇な香りが立ち込めた。


 衛兵が、船員が、アウスビッツが、その香りに目を見開き硬直する。


「これは……」


「どうぞ」


 おずおずと進み出た神奈が、音を立てないように丁寧にスープ皿をアウスビッツの前に差し出した。その隣では、アーネストが同じように上級船員達の前に皿を並べている。


 アウスビッツは、おずおずと皿の中に満たされたソレに視線を向けた。


 中央が凹んだ容器の中には、乳白色の液体が満たされている。単純な液体ではなく、半固形物のようで、液面の質感は少しざらりとしている。その中央に、緑色の粉末のようなものが散らされている。


 よく見ると、照明を受けた液体が、僅かに七色の輝きを帯びているのが見える。一瞬、水面に浮かぶ油のそれを思わせるが、もっと透き通った、そう、例えるならば虹のような輝き。


 得体の知れない物質を前に、しかしアウスビッツは目を離せない。今も漂う、この蠱惑的な、鼻腔を通して胃の淵に落ちていくこの香りが、この液体から目を離す事を許してくれない。


 絞り出すように、彼は神奈に尋ねかけた。


「……これは、なんだね?」


「宇宙ポテトのポタージュでございます」


 神奈はにこりと微笑み、恭しくお辞儀をした。


「どうかご賞味くださいませ」






 料理が交渉の切り札になる。


 それを聞かされた移民船団は困惑しつつも、アーネストのもたらした情報をもとに動き始めた。


 とはいえ、並行して他の現実的な手段の模索も行うため、人手を多く割く事は出来ない。


 アーネストと、船員二人、そして調理技術を持っているという事で立候補した神奈で、すぐに準備が始まった。


 まずは、移民船団の食糧庫から使えそうなものを回収する。何か良いものがあるかとリストを渡されたアーネストは、さっそくある物にめを付けた。


「……ええと、持ってきました。……その、ほんとに? これがいいんですか?」


 困惑しながら船員が持ってきたのは、野菜類のケース。


 ケースの中には、茶色い皮のごつごつとした地下茎が、山と積まれている。この野菜はある性質から、冷凍保存も真空保存もせずに食糧庫に保存されており、すぐに持ち出しが可能だった。


 それを見たアーネストが、眼を輝かせて野菜を手にする。


「そうそう、これこれ! これが一度見てみたかったんだよ! マジであったんだな……」


「その……お言葉ですが、これがそんなに大したものなんですか? そりゃあ保存は聞くし、栽培も簡単ですけど……」


 歓喜の声を上げるアーネストとは裏腹に、船員の方はいぶかしむような反応だ。神奈も、「え? これでいいんです?」という顔である。


 しかし、アーネストは全くそうは思っていないようだった。


「いやいやいや、これがいいんだって! どんな食料が使えるかとちょっと不安だったけど、これならマジで申し分ない! あの堅物を納得させるのにこれ以上の素材はないよ、本当に!」


「はあ……」


「理由についてはあとで説明するよ。それよりも、なあ! どう調理するのが一番美味しいと思う!?」


 目を輝かせて訪ねてくるアーネストに、神奈は困惑しつつも軽く頭を捻った。


「……そうですね。ちょっと調理時間が多めにいりますけど、その野菜ならどう調理してもそれなりに美味しく食べられます。何か希望はありますか?」


「じゃあさ、じゃあさ! その中で一番こう、手間暇がかかる感じの料理、何かある?!」


「手間暇、ですか……」


 神奈は篭に積まれた野菜を見る。この野菜なら、生でない限りはどんな調理方法でも食べられるが。


 手間がかかる料理。あくまで現環境で対応できる範囲でかつ、お偉いさんの食卓に出しても違和感がない料理。


 一つ心当たりがあった。


「それでしたら、ポタージュにしましょう」


「ぽたーじゅ?」


「ああ、いいですね、それ」


 ピンと来ない様子のアーネストをよそに、船員と神奈は乗り気だ。


「……美味しいのか? それ」


「はい! とても美味しいですよ!」


「じゃあ、それでいいや」


 そうして、ポタージュ作りが始まった。


 宇宙ポテトを用いた料理は船の全自動調理器でも作れるが、さすがに高官相手に交渉材料に出来るほどのクオリティは出せない。


 よって、古式ゆかしい調理手順に従って調理する事になる。その点において最大の問題は1G重力環境が必要な事ではあったが、その問題はアーネストの紅蓮丸が解決した。美食ハンターの面目躍如、という訳である。すぐさま、必要と思われる調理器具と原材料が船に運び込まれ、独り暮らしの居住区は忽ち器具で手狭となった。


 さて。宇宙ポテトではあるが、保存が効く代わりにそのまま調理するのは困難だ。まずは高圧で蒸し、でんぷんをα化させる必要がある。全自動の下処理機に放り込み、ブラシで皮を剥ぎ蒸し上げる工程は機械にまかせ、その間に他の準備を進める。


 他に使うのは、玉ねぎ、バター、薄力粉、コンソメ、牛乳。当然、どれも本物は存在しないので移民船内で代用品を用意する。


 玉ねぎは豚汁に使ったのと同じ繊維質フレーバースティックを粉末スープにつけて戻したものを薄切りに。バターは、食用転用が可能な高品質脂質があったので、それにフレーバーを加えて練り合わせる。薄力粉は、健康維持用のタンパク質ペーストと水溶性食物繊維、ナトリウムなどの成分を規定量配合した疑似小麦を船の設備で製造。コンソメは、各種栄養食品に加工前の一次加工物を生産ラインから失敬してきたものをベースに、塩で味を調える。牛乳に関しては、用意するでもなく代用牛乳が普段から飲まれているのでそのまま流用。いずれも、移民船の計画段階で代用手順が用意されていたものだ。宇宙の旅においても、食事の楽しみを船員が失わぬよう心遣いがあった事が窺える。


 材料が整うと、まずは鍋に代用バターを溶かし、代用玉ねぎ、代用小麦粉を加えて炒め上げる。火が通ったら、水とコンソメを加えて煮立たせつつ、蒸し終わった宇宙ポテトを処理機から取り出す。


 皮を剥いて蒸したポテトは、白く濁ったプラスチックのような半透明の固形物になる。光にかざすと、それぞれ赤や青、黄色といった光沢を帯びる様子を、アーネストが興味深そうに観察した。その目の前で、ポテトをマッシャーでつぶしていく。アーネストはちょっと悲しそうな視線でつぶされていくポテトを見守っていた。


 鍋の火力を弱く調整し、つぶしたポテトをくわえる。あとは蓋をして、ぐつぐつと沸騰しないように煮込む。


 ポテトに火が通り切ったら、よく潰して代用牛乳を追加し、さらによくかき混ぜる。仕上がったら火から降ろし、裏ごし機でこす。


 しゃもじで網目を押しつぶすようにして裏ごし機を通すと、滑らかな乳白色の液体が受け鍋に注がれていく。


 額に浮いた汗をぬぐい、神奈が笑顔で空になった鍋を置いた。


「完成です!!」


「おおおーーー!!」

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