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第四話 宇宙ケールを求めて



 試食して問題ない事を確認すると、神奈は出来立ての料理を操縦席のアーネストの下へと持って行った。


 早速、その場で食事会が始まった。


「おぉ……これが……」


「はい。合成食材をつかった、カツモドキ……のような何かです。カツモドキモドキというか。その」


「カツ! それはつまり、あれか? その……トンカツとか、カツレツとか、そういうの!? 言葉だけは知っていたが、これがそうなのか……っ!」


 まるで宝物をそうするかのように、両手で恭しく皿を持ったアーネストは、カツを上下左右からしげしげと観察する。その様子に、ぷっ、と神奈がおかしそうに噴き出した。


「ちょっ、ネストさん、大げさですよ」


「いやだって、俺の持ってる本にもカツは高度な料理として調理方法が書いてなくて、名前だけの存在でさ……! 伝説の宇宙大怪獣とか神話の超宇宙船が実際に出てきたような気分だよこれは」


 くるくる回りながら皿を掲げ、全身で喜びを表現するアーネスト。彼の持っているレシピは初心者向け……すなわち、切る、焼く、煮る、についてしか書かれていなかった。揚げる、蒸す、もしくは調理工程が複雑な料理については巻末におまけのように情報が記載されているのみだ。ハンバーグ、トンカツ、ギョウザといった料理は、彼からすれば名前だけを知っている伝説の食べ物と同義である。


 それが今目の前にある。彼は大いに感激していた。


「なんですか神話の超宇宙船って……」


 あくまでも大げさなアーネストの反応に、神奈はちょっと呆れつつも上機嫌だ。嬉しそうに頬に手を当てる。


「さ、冷める前にどうぞ。……正直冷たくなるととてつもなく不味くなると思われます」


「え、そうなの? 料理って難しいなあ……」


 首をひねりながら、アーネストはカツにナイフを差し込んだ。


 ザクッ、という衣の感触のあとに、ぷりぷりとした手応えが返ってくる。一口分だけ切り分けると、ナイフで刺して口に運ぶ。


 噛みしめると、最初にザクザクとした衣の心地よい食感を感じる。その後、適度に弾力のあるたんぱく質ブロックのぎゅっとした噛み応え。じゅわあ、とただの水分ではない何かが染み出してきて、口の中を満たす。少し塩気のあるそれが、口の中に唾液の分泌をよく促した。


 まあ、つまり。


「……うんまい!!」


 目を見開いて、アーネストは安直な簡単の声を上げた。


「え、ナニコレ、これホントにあのべちょーーーっとして、無を固めたような味わいのたんぱく質ブロックなの!? まじで!? 焼いて食べようとした事あるけどさ、ガチガチになってとても噛み切れたもんじゃなかったけど!? 同じように加熱したのになんで!?」


「衣をつけて揚げたからですね。ガチガチになるのは、急激な加熱でタンパク質が凝固するのと、水分が逃げてしまうからです。衣に包んで揚げる事で、熱の伝わり方が緩和されて柔らかく火が通せて、水分もあまり逃げないのでこのように仕上がるんです」


「ほえー……」


 感心したように何度も頷いてカツを口に運ぶアーネスト。反応を見る限り、いたくお気に入りの様子だ。作った甲斐があったと神奈は頬を緩めた。


 とはいえこれで満足する訳にはいかない。


 それとなく、神奈は情報収集を試みた。相手の好みを知って胃袋を抑えるのは戦術の基礎である。何の戦術かはとりあえず置いておく。


「今回は調味料が不足しているので塩で簡単に味付けしましたが……アーネストさんは何か、好みの味付けってありますか?」


「そうだなあ……これで十分美味しいけど、もぐもぐ。そうだな、辛いの、ある? ちょっとぴりっとする感じの」


「辛いの、ですか。わかりました。でも意外です、銀河連邦の栄養補給サプリメントでも味があったりするんですか?」


 料理文化の絶滅と矛盾する言葉に神奈は首を傾げた。これまで彼女が口にしてきた銀河連邦の食品は、味が無いかのっぺりとしたものだったが……。


「ああ。一般的な栄養補給サプリじゃなくて、戦闘薬の……あっ、いや、こんなヤクザな仕事してるとちょっと強いカンフル剤とか使う事もあってね!? 気付けの為に辛みをつけてるのがあるんだけど、あれは割と嫌いじゃなかったな……」


 露骨に話を逸らされたが、しかし辛いのは割と好き、というのは本当らしい。しみじみと思い返す様子のアーネストに、神奈はふむふむ、と頷きながら通販のカタログに思いを馳せた。一般的にはそういった調味料は流通していないようだが、しかし存在しない訳ではないらしい。入手は困難かもしれないが、機会があれば逃さないようにしよう、と硬く心のメモに書き記すと、食卓に目を向けた。


 コンソールに布をしいた即興の食卓の上には、皿に山盛りの揚げ物が並んでいる。茶色、茶色、茶色……。茶色しかない。


 アーネストは気にしていないようだが、色が……彩が足りない、というのが神奈の正直な感想だった。


 とりあえず食べられるものが出来たなら、彩が気になるのは、贅沢な話だろうか?


「……はぁ。青物が欲しいなあ」


「青物?」


 聞こえないように呟いたつもりだったが、しっかり聞こえていたらしい。アーネストは興味津々で机の上に身を乗り出した。


「なんだいそりゃ? そんな食べ物があるの?」


「ああいえ、青物っていうのはものの例えで……」


 知識のないアーネストに変な勘違いされては困る、と神奈は大げさな身振り手振りを交えて説明した。


「はぁ。野菜類を青物っていうのか……青じゃなくて緑物、じゃね? それだと」


「そこをつっこまれてもなんとも……」


 古い日本語では、緑色の事をしばしば青と表現する。青々と葉が生い茂る、という表現などがそうだ。とはいえ、その辺りの古典的な日本語になってくると神奈からしても範囲外である。


「でも……え、じゃあ、葉っぱ食べるの? 苦くない?」


「食用のものはそんなに悪くないですよ。レシピ本にもサラダとか記載されていたじゃありませんか」


「あるにはあったけど、あんなの食べるぐらいならサプリメント齧ってた方がましじゃないかな……」


 露骨に顔をしかめるアーネストに、これは恐らくものは試しで適当な葉っぱを齧って酷い目を見た事があるんだろうなあ、と神奈はなんとなく察した。正解である。


「食用というか、食べられる野菜はちゃんと美味しいんですよ。というか、美味しいのを食べるので。ええ」


「ふーん。式部さんがそこまで言うなら、そうなのかな……ちょっと気になってきたぞ」


 アーネストはテーブルの上のカツモドキモドキに目を向ける。確かに移民船でちょと味見させてもらったポタージュほどではないが、これだって彼からするとご馳走であった。しかし神奈からすればその場しのぎの模造品、というのだから、彼女が知る料理の基準というのはとても高いのだろう。


 その神奈が、葉っぱであってもちゃんとしたのは美味しいというのだ。俄然、興味が沸いてきた。


 次の予定は決まったな、と彼は残っていたカツに手を出して、ぺろりと平らげた。




「宇宙ケール、ですか?」


 食後。調理器具や皿を洗って片付けた神奈は、操縦席に戻ってくるなりアーネストに次の目的地を告げられた。


「そ。宇宙ケール。レヴィ、参考映像をよろしく」


『了解しました』


 ぴっ、と空中に映像が表示される。少し解像度が低い事から、かなり昔の映像である事がわかる。画面の中には、宇宙空間に浮かぶ巨大な緑色の立方体が映し出されていた。


「これが……宇宙ケール、ですか?」


 ケールといえば野菜だが、映像のそれは何かの建築物に見える。


 言葉から受ける印象と違うものが出てきて、神奈は宙に身を浮かべながら映像を覗き込んだ。


「ああ。かつて、有機資源と酸素の供給のために建造された、一大バイオプラントさ。説明するまでもないけど、植物は光と水さえあれば酸素と有機物を供給してくれるし、その過程で水の洗浄や腐敗物の分解もしてくれる。資源の限られた宇宙空間での生活において、それらの供給や処理を勝手にしてくれる植物の生態は有意義なもので、移民船団が役目を終えて宇宙の方々に人々が散っていった後も、こういったものが多く使われていたんだ」


 説明を聞くに、ケールとはいうものの、実体はブロックに藻類を定着させたもので、性質としては藍藻類に近いものらしい、と神奈は理解した。字面からてっきり宇宙に巨大な葉っぱが浮いてるものかと期待した彼女はちょっとがっかりしたが、黙って説明の続きに耳を傾ける。


「やがて耐用年数が迫ってきた事や、より効率的に酸素の提供や有機物の処理を行うジェネレーターが開発、普及した事で宇宙ケールプラントは役目を終えて、宇宙に放棄されていったんだけど……」


「それが生きていた?」


「ビンゴ。破損した宇宙ケールの残骸が漂着して、耐用年数を遥かに過ぎてるのに内部が活動していたのが報告されたんだ。それで、行方が分からなくなった宇宙ケールの内、その行き先がある程度絞り込めるものを検索した結果、ある宇宙ケールの所在をかなりの確度で絞り込めた」


 続けて、その絞り込めた場所が表示される。


 どうやら、デブリベルトの一帯に、宇宙ケールは存在しているようだ。周囲の惑星運動によるものか、あるいは漂着した難破船の人工重力装置によるものか、周辺一帯の小惑星などが吸い寄せられている。なるほど、確かにそこに放棄されたプラントが流れ着いている可能性は高いと言える。


 納得しました、と神奈は頷き、しかし小さく首を傾げた。


「話は分かりました。でも、なんでわざわざそんなところに? 野菜類を求めるなら、もっと他にもいろいろあるでしょう? たとえば、それこそサプリメントの生産設備とか、植物の多い惑星とか」


「それが、意外とそうでもないんだ」


 アーネストは頬杖をつくようにして、これまでの苦労と合わせて銀河連邦の事情を語った。


「君も知ってるだろ、この宇宙で栽培されてる宇宙ポテトの惨状。銀河連邦において、野菜とか作物っていうのは、有機資源なの。鉱石とか、エネルギー物質と同じ扱いなの。最終的に分解機に放り込んで栄養だけ採取するから、保存性、栽培性が最優先で、とても料理に使えるようなものじゃない。ワンチャンあるかと思って調理して大失敗した経験があるから、これは断言できる」


「はあ……クロレラのようなものでしょうか」


 神奈は地球で培養されていた植物プランクトンの事を思い返した。ああいうものがメイン、という事だろうか。


 確かに、効率一辺倒で考えれば、ああいったものの方が栽培、というか培養の方が良いというのはわかる。


「んでもって、かつての地球みたいに植物の類が生い茂っている惑星、無い事もないんだけど、これは厳重に立ち入りが管理されてる。俺たち一般人が入るなんてもってのほか、ほぼ不可能だね。理由は分かるだろう?」


「ええ。移民船団を送り出す時に一番重要視された、惑星保護法に基づく話ですね。知的生命体の発生しうる惑星の環境を操作してはならない、と」


 実際の所、移民法は一度目的地に到着した時点でその効力を失うのだが、だからといってそれで倫理をぶん投げるほど銀河連邦の先祖たちは無法者ではなかった、という事らしい。


 そういった禁足地を避けて食料になりうる動植物を入手できる環境を探した結果、検索にひっかかった場所が宇宙ケールという訳である。


 席から身を浮かすようにして、アーネストが神奈に振り返る。


「それにこないだ青物が欲しい、っていっていただろう? ちょうどいいと思うんだが……どうだろう?」


 顔をよせて囁いてくるアーネストは今一つ自信が無さそうだが、神奈としては是非もない。


 もとより宛ても何もないのだから、目標が定まっただけでも前進である。


 行き当たりばったりと思われるかも知れないが、実際にただの事実である。そもそも神奈の意見が無ければ、調べようともしなかった場所だ。


「では、そこに向かうんですね。でも、食材になるようなものがあるんでしょうか? 話を聞くに、藻類を閉じ込めたブロックの塊なんでしょう?」


「それがどうも、そうでもなさそうなんだ。設計時はともかく、長年宇宙空間に放置されている間に、放射線の影響などで遺伝子に変質が起きたらしくて、発見された宇宙ケールの内部には根や葉、花を持つ植物が生い茂っていたらしい」


「なるほど……」


 地球時代でも、同じナス科の植物を組み合わせて、その両方どりを狙った品種改良等はあった。効率化を突き詰めた果てに生み出されたキメラ植物が野生化し、先祖返りの過程で元となった様々な野菜に還元しているという可能性はなくはない。


「話は分かりました。それなら、いろんな作物が採取できる可能性は高いですね」


「ああ、それでその、今から向かうんだけど、正直俺にはどれが役に立つのか分からないから……できればついてきてほしいんだけど……」


 ちらちら、と神奈に視線を向けてくるアーネスト。


 そう、アーネスト一人でそこへ向かっても、恐らく話にならない。


 単純に、目利きがつかないのだ。そもそも、神奈に言われるまで、葉野菜の事を葉っぱと認識していたアーネストである。


 どうやら彼としては、得体の知れないプラントに客人を連れていく事の危険性と、自分の目利きを“生ごみ”と一蹴された事への反省が、天秤の両端で揺れているらしい。


 くすり、と笑って、神奈は快く答えた。


「勿論、協力させて頂きますよ。ちゃんと、食べれそうなのを選別してみせます、ご期待ください」


「そ、そうか。じゃあ、よろしく頼む」


 そうして、宇宙ケールを求めて一行は出発したのだった。




「ところで、野菜を葉っぱ呼ばわりしてる割には、ポテトは調理試みたんですね?」


「え。ポテトも野菜なのか?」







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