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第五話 呼び声は遠く



 ゲブラー銀河、タルヴェイン帯。


 宇宙空間に、空間の捻じれが渦巻いた。


 逆巻く次元のほつれが解かれた後に出現するのは、太陽光に煌めく白金の翼……紅蓮丸である。艦首に吊り下げた対艦包丁の輝きも眩しく、宇宙駆ける猛禽は翼を翻す。


「ワープアウト完了。レヴィ、各種システム全チェック。式部さん、気分が悪かったり、しないか?」


「ええと、大丈夫です」


 高次元から帰還し、操縦席のシャッターを解除。ゴンゴンゴン、と窓が開いていく中で、アーネストは神奈の体調を気遣った。跳躍航行には数世紀のノウハウがある為事故等は滅多にないが、人によっては体調を崩す事がある。特に神奈は、跳躍航行とは縁のない移民船の人間だ。


 しかし幸いな事に、神奈はワープ酔いをする質の人間ではなかったようだ。変わらず明るい笑顔を向けられた事にほっとして、アーネストは船のチェックをしながらも釘を刺した。


「よかった。でも少しでも気分が悪くなったら言いなよ。レヴィ、彼女をよく見ておいてくれ」


『了解しました』


「もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですってば」


 神奈からすれば過剰な心配に、恥ずかしいやらくすぐったいやら。


 とりあえず銀河連邦の船に出来る事はないので、神奈は黙って操縦席のアーネストの横顔を見る。普段は三枚目を気取ってお茶らけているが、こういうふざけてはいけない場面では真顔の彼。どうやら完全な一般人ではないようで、その所作にはどこか軍人のような厳格さが垣間見えている。


 そのあたりは、まだ聞いていないし、今は聞く事ではないだろう。いつか聞けたらいいな、と神奈はぼんやりと彼の横顔に魅入っていた。






「        」






 ふと。声が聞こえた気がした。


「……レヴィさん、何か言いました?」


『いいえ。私の発言ログには何もありませんが。……マスター! ミス・式部に幻聴及び幻覚の疑惑が。ただちに精密検査を提案します!』


「何ぃ!? 最寄りの病院船はどこだったか!?」


 途端に、慌てだす過保護二名。神奈は慌てて暴走特急を宥めにかかった。


「大丈夫、大丈夫ですから! 耳鳴りか何かだったのかな。あるいは、どこかでシステム音声が流れたのを聞き間違えたのかな?」


「本当に大丈夫か? すこしでもおかしいと思ったら言えよ、ほんとに」


「だから大丈夫ですってばあ……」


 なんとかアーネストとレヴィを納得させ、席に戻る神奈。


 念のため、少しだけ耳を澄ませてみる。が、今度は正真正銘、何も聞こえなかった。


 そうこうしている間にも、気を取り直したアーネストが機を出航させる。目的地のデブリベルトを目指し、紅蓮丸は舵を切った。


 ここからはそう遠くはない。細かい指定の出来ない次元跳躍は行わず、通常推進で目的地へと向かう。


 やがて、レーダーに無数の反応が確認できるようになってくる。目当てのデブリベルト帯に差し掛かったのだ。


「そういえば、ネストさん。デブリベルトにつっこんで、大丈夫なんですか? デブリバスターを積んでても、あの数、キリがないんじゃ」


 紅蓮丸は宇宙船としては小型だが、宇宙航空機としてはかなりの大型だ。大小様々な障害物が浮遊するデブリベルトに正面から侵入して大丈夫なのか、という当然の疑問を神奈は抱いた。


「そこは問題ない。何のために艦首に対艦包丁(こんなもの)を積んでると思ってるんだ?」


「え、まさか」


 言っている傍から、目の前にデブリが迫ってくる。破損した宇宙船の一部。


 アーネストは操縦桿を操り、紅蓮丸の機首をぐっ、と引き上げた。同時にマウントされた対艦包丁が、使用に備えて前方にスライドする。


 近づいてくるデブリへと、紅蓮丸は急激に機首を叩きつけるように降下した。磨き抜かれたブレードが、紙でも切るようにデブリを両断する。鏡のような滑らかな断面を晒し、切断されたデブリは左右に分かれて背後へと流れていった。


 尋常ではない切れ味である。しかしそれ以上に驚きなのは、宇宙攻撃機で“引いて切る”が出来る紅蓮丸の機動性とアーネストの操縦だろうか。


「一刀両断、ってな。でっかいデブリはこれで、小さいのは機上にあるレーザーガンが迎撃する。こういう所をうろうろするのは慣れてるんだ」


「び、びっくりしました……なんてアンビバレントな……」


「浪漫があるだろ?」


 振り返ってにこにこするアーネストに、しかし神奈は「男の人の好みって分からないなあ」と愛想笑いを浮かべるのだった。


 ともかく、避けきれないデブリは両断して除去しながら、紅蓮丸はデブリベルトの中を進んでいった。やがて30分程進んだ先で、一際大きな影がレーダーに映る。


「……このサイズ。それにこの反応……どうやら、目当てのものが見つかったみたいだ」


 機首を巡らせて方向転換。行く手を塞ぐ巨大な小惑星の上をよけて進むと、岩盤の向こうから浮かび上がるように巨大なシルエットが操縦席のキャノピーに写り込んだ。


「あれが……宇宙ケール……?」


「多分、な」


 目の前に存在しているのは、移民船ほどではないにしろ、かなり巨大な人工物の姿だった。複数の宇宙船のバイオマスを補っていたというのもうなずける。


 だが、過去の映像と違う点が一つ。映像の中では緑色に煌めいていた宇宙ケールの外殻だが、今は茶色く変色し、あきらかに枯れ切ったような姿を晒している。何日も放置され、朽ちた野菜を思わせるその色合いに、神奈が不安そうに操縦席のアーネストの顔を見た。


「ネストさん……」


「まあ待て。これぐらいは予想の内だ。ちゃんと調べてみないとな」


 アーネストに焦りや落胆はない。散々探し求めてたどり着いた先に、目的のものが無かった事など彼の経験ではざらだ。今回は、ちゃんと目標地点が存在しただけでも上々である。


「でもあのあり様じゃ……」


「焦らない焦らない。そもそも、外殻には最初から用事はないだろう? 俺達が期待してたのは、あの内部だ。中がどうなっているか、外からはまるで見えない。……なんかワクワクしてこないか?」


 決して気休めにそう言っているのではない。アーネストは目を子供のようにキラキラさせて、軽くリズムを刻みながら操縦桿を手繰った。乗り手の高揚を示すように華麗な動きで迫るデブリを紅蓮丸が回避しつつ、宇宙ケールへと接近していく。


 接近すると、そのサイズに圧倒される。通常の宇宙船であっても、これと比べれば小石のようなものだ。表面には無数のクレーターが存在し、かなり長い間デブリベルトに存在しているのが伺える。接近すると、アーネストは構造物の表面にスキャンをかけた。


「これは……宇宙線の影響か。表面の有機物が化石化してるのか……? 生物的反応はゼロ。じゃあ、こうするしかないな」


「え、ちょ、ネストさん?!」


 機首を翻して、宇宙ケールの外壁にまっすぐ向ける。そのまま微速前進し、対艦包丁をざくりと外壁に突き刺す。数メートルほど差し込んだところで推進器を逆噴射し、停止させる。


「ブレードの先端にもセンサーが備わってる。こいつで直接中の反応を見よう」


「ちょっと乱暴では……?」


「だいじょーぶだいじょーぶ、人が居なければ多少荒っぽいのは許容範囲。んー……。……まて、これは」


 冗談っぽく振舞っていたアーネストが、目を細めて数値に集中する。雰囲気が急に切り替わったのを見て、神奈はゴクリと唾をのんで様子を見守った。


「レヴィ、どうだ。この数値……俺には、人類が居住可能な環境のそれとしか思えないんだが」


『こちらでも確認しました。気温はいささか低いですが、酸素濃度が一定以上あるのを確認。炭素反応も確認。あきらかに、放棄された宇宙構造物の内部とは思えません』


「えっと、それはつまり……」


 おずおずと聞き返してくる神奈に、アーネストはこくりと頷き返し、指を鳴らした。


「ビンゴだ。乗り込む準備を始めよう」



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