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第七話 密漁者達



「私達以外の、誰かって……」


「分からない。同業者かも知れないし、あるいは盗賊まがいのデブリ漁りかもしれない。……聞こえるか、レヴィ」


『こちらでも調査しましたが、レーダーに死角が多く、詳細はわかりません。警戒を続けます』


 相棒は流石に話が早い。言われるまでもなく、警戒してくれているようだ。これで不意に母艦を破壊されてこの宇宙ケールに取り残される、という危険性は避けられた。


 あとは、進むか引くか、の判断だが。


「悪いが、俺は先に進もうと思う。ここで引き返したくない、嫌な予感がする。全部台無しになってたら後悔してもしきれない」


「それはいいんですけど……なんでそんなにピリピリしてるんですか? 同業者さんなら、仲良く食材を分け合えばいいんじゃ……」


「知ってる顔ならそれもいいが、生憎、俺の知り合い以外だとこの業界、乱暴者が多くてね。言っちゃなんだけど、俺はとてつもなく紳士な方だから」


 半分本気、半分冗談である。が、神奈に大真面目に頷かれて、アーネストは何か言葉のチョイスを間違えたのではないかという不安に襲われた。


「……と、とにかく。本気で危険かもしれないから、絶対に俺の前に出ない事、何か物音がしたら即座にしゃがむ事。いいね?」


「は、はい……」


 怯えるように背を縮める神奈に、アーネストは苦笑してぽんぽん、と背中を叩いてやった。


「大丈夫、荒っぽいといっても人の道を外れてるような奴はそうそう居ないよ。ステーションで事故を起こしかけたような奴らもいるけど、あのレベルはそんなに多くはない」


「多くはないけど、少なくもないって言い方じゃないですか、それ」


「おっと失言だったか」


 大げさに口元をバイザーの上から押さえて、おどけて見せるアーネスト。そのいつもの三枚目を装った彼の仕草に、神奈はその意図を悟ってぎこちなくも笑みを浮かべて見せた。


「ふ、ふふ。まあ、あまり深刻に考えても仕方がないです。思ったよりも紳士な方々、という事もありえますし」


「そうそう、その調子。じゃあ、先に進むか」


 努めて能天気に振舞い調子を取り戻すと、二人は先に進んだ。閉鎖された隔壁を開いて、次の区画に進む。


 だが、そこに広がっていたのは、無節操な略奪の痕だった。


「こいつは……」


「……酷い……」


 隔壁の先は、また別種の広い空間が広がっていた。関係者の休憩室なのか、あるいはプラントの健康状態をチェックする広間なのか。植生によって破壊された様子もなく、広がる空間には無数の草体が生い茂っていたようだ。


 だが、その殆どが、無残に刈り取られ茎葉を散らしている。転がった果実と思しき部分が、分厚いブーツに踏み砕かれて潰れているのも見えた。


 アーネストは手近な刈り取り痕に近づき、断面を確認する。鎌で刈ったというより、電動カッターで根こそぎ刈り取って持って行ったような跡。ここに生い茂る野菜類が目的だったのは間違いないようだが、やり口が杜撰すぎる。


「同じ美食ハンター……か? いや、それにしてはおかしい。スタンスや考えはバラバラでも、俺達は“喪われた料理”への渇望だけは一致していたはずだ。だがこれは、仔細を確かめもせずに根こそぎやってやがる、食える食えないとか、不味い美味しいとかも考慮した様子が無い。初めて見るぞ、こんなの……」


 この広い銀河、アーネスト以外にも美食ハンターはいる。世間から変わり者として爪弾きにされているような者達だが、だからこそ彼ら同士でのネットワークも存在する。


 全ての美食ハンターを把握している訳ではないが、彼らには総じて、彼らなりの美学、矜持というものが存在する。こんな、雑な上に根こそぎ持っていくような真似をする奴は、居ないはずだし居たとしても排斥されるはずだ。


 となると、恐らく別口だ。


 世の中には、物をよく知らなくとも金になる、と判断すれば首を突っ込んでくるような連中がいる。そいつらがここに来た、と考えると、現地の保存を考えない乱暴なやり口にも説明が付く。


 問題は、何故突然そんな事になったのかだが、予想はつく。


 ちらりと隣の神奈に視線を向けて、アーネストは嘆息した。


「……言える訳ないよな」


 神奈の乗っていた移民船ヤマトタケル。あの船の到来は、銀河連邦に失われていた技術や情報を齎した。それは料理に限らず、歴史的な情報も含む非常に多岐にわたる分野で大きな影響をもたらしたが……やはり、食文化、というのは刺激的だったのだろう。


 これまで見向きもされなかった、価値の無かったものに大きな値段が付く、そのように短絡的に考える者が出てもおかしくはない。そしてこれまで一切の関心がなかった為に、それがどういうものか調べようともしない。この略奪は、そういう事だ。


 だが、言えるはずもない。


 移民船の到来がこの事態を招いた……つまり移民船の、神奈に責任の一端がある、などと。


「? ネストさん、何か?」


「いんや。なんでもないよ。それよりこれを見てくれ。どう思う?」


 足元を見ると、への字に湾曲した、緑色の物体が転がっていた。茎ではなく、もっと太い。表面には何やらトゲが無数に生えていた。見たことがないが、果実か何かだろうか。神奈が横にやってきて、アーネストが拾い上げた物をのぞき込む。


「それは……胡瓜に似てますね」


「胡瓜? これが?」


 料理の本に幾度となく出てくる謎の食べ物、胡瓜。味についての言及もなく、大体は薄切りにしたり千切りにしたりして付け合わせになっている。一体どんな野菜なのか不思議だった……アーネストはこれ本当に食べられるのか? と目の前のトゲトゲした物体をまじまじと観察する。色合いと言い、形状といい、毒があると言われた方が納得である。


「あ、でも似てるだけで胡瓜はもうちょっと細……」


「(ぱきょっ、しゃくしゃく)」


「ってネストさん拾ったもの食べちゃダメですよーーーっ!?」


 またしても躊躇わずに口にするアーネスト。神奈があわあわするのにも構わず、胡瓜(?)を口にしてもぐもぐする。


 食感は硬い。だが同時に、水分が大量に含まれている。繊維質の肉質は歯切れもよく、咀嚼すると爽やかな後味と共に微かな青臭さが残る。見た目の色とは裏腹に、苦味やえぐみは殆どなく、水が個体になっているといっても過言ではない。


 断面を見ると、白く濁った半透明の果肉が詰まっている。もう一口、ぱきょっ、とかみ砕いて、アーネストはなるほど、と深くうなずいた。


「美味いかどうかはおいといて、癖になる感じだな。後味爽やか」


「だ、大丈夫です? 毒とかないんですか?」


「ないない。どう、式部さんも」


 差し出された謎の果肉に、びくっ、と神奈が肩を震わせる。しばらく彼女は何やら葛藤する様子で固まっていたが、やがて意を決したように受け取った。アーネストが齧った所に口を付けないように、小さくしゃり、と口を付ける。可愛らしい小さな歯型を残して、もぐもぐと咀嚼する。


「……胡瓜にそっくりだけど、なんか不思議な後味がしますね。ミントっぽい……? 果肉も、もっとシャリシャリしてますね。なんでしょうこれ」


「胡瓜そのものじゃないのか。あれかな、組み込まれた遺伝子がモザイク状態で先祖返りして変なミックス種が生まれたのかな」


「わかりません。ここの環境で特殊な変化を遂げたのかも」


 かつての地球時代を知る神奈でも分からないらしい。もし、安定して収穫できるようになれば、銀河連邦の食文化を大きく変えるきっかけになったかもしれないが……。


「これじゃあな」


 刈り取られた株を前に肩を落とす。足元には、踏み砕かれた果実の成れの果てがいくつも転がっている。


 その足跡は、プラントの奥へと続いているようだ。どうやら、先を越されているらしい。


 アーネストは逡巡した。強奪犯が踏み入ったのなら、一刻も早く奥へ向かい、彼らより早く貴重な資源を確保しなければならない。


 だが、その場合確実に一悶着あるだろう。流石に問答無用で撃ち返してくる事はないだろうが、互いに実銃を持ち合わせている以上、話し合いは確実に剣呑なものになる。そこに、一般人であり貴賓である神奈を連れて行っていいものか。


 崩壊した扉の向こうに続いている、蹴倒された繁みを前にアーネストが逡巡していると、控えめに、しかし確かな意思を込めて神奈が意見を発した。


「奥に行きましょう、ネストさん」


「式部さん。だけど……」


「私なら大丈夫です」


 正面からアーネストを見て神奈は言い切った。


「これでも移民船の乗員に選ばれた身です。護身には多少以上の心得がありますし、ネストさんの足手まといにはなりません。それに……きっと、これは私達のせいなのでしょう?」


「式部さん、それは」


「大丈夫、ショックですけど、道理は通ってます。私達移民船が、自分達の意見を通すために、この銀河で失われた料理という概念や食材を交渉材料として提示し、銀河連邦はそれを受けて大きな予算を動かした。それはすなわち、この宇宙では見向きもされなかったそれらに、価値があると認めた事になる。よくわからないけど、金になるなら手に入れたい、自分さえよければあとはどうでもいい、地球時代からよくあった考えです」


 神奈の心情を慮ってアーネストが口にしなかった事を、彼女はちゃんとわかっていたらしい。情けないやら恥ずかしいやらで彼はそっぽを向いて小さくため息をつくと、一転して神奈の瞳を正面から見据えた。


「……わかった。どうやら不誠実だったのは俺の方らしい。頼りにさせてもらうよ。ただ、この宇宙では俺の方が先輩だ。指示には必ず従う事、いいな」


「はい!」


「よし。じゃあちょっと警戒していくか。……レヴィ、話は聞いていただろう? 設備のマッピングや掌握はどのぐらいできてる?」


 今も無線の向こうで耳を澄ませているであろう相棒に語り掛ける。返事はすぐにあった。


『勿論、警戒と並行して進めています。監視カメラ等は機能していませんが、設備の断線状態から逆説的に崩壊区域を割り出しています。ルートの案内は可能です』


「よし。じゃあ聞くが、この宇宙ケールの中で一番のお宝があるとしたらどこになる?」


『要求内容を審議中……結論が出ました。本設備の中央部に、遺伝子研究設備が存在します。基本的には宇宙ケールの健康状態を解析する為の設備ですが、同時に改良研究もおこなわれていたとも思われます。そういった研究資料は、冷凍庫で保存されているはずです』


 勿論、施設を放棄する際に持ち出された可能性もある。だが全てではないだろう。また、施設の送電状態はいうまでもなく不完全で、その冷凍設備とやらも停止している可能性は高い。普通であればそのまま枯れてしまうのが道理だが、我が物顔で生え散らかしている草木を見れば分かるように、命のしぶとさというのは馬鹿に出来るものではない。


 保存されていた各種資料が発芽し、独自の成長を遂げている可能性はある。


「よし、じゃあそちらに向かうぞ。案内してくれ」


『了解しました』


 レヴィの案内で奥に向かう。


 その道のりは、予想外に困難なものであった。途中で廊下が崩壊した瓦礫で塞がれており、迂回を余儀なくされたのだ。無重力空間では多少の瓦礫は容易くどかせるが、伸びた根が絡みついているとなれば話は別だ。無理やり除去した所でどのように崩壊が波及するのか判断できない以上、他に通れる道を探すしかない。


 どうやら先行した礼儀知らず達も同じように迂回を強いられたようで、ところどころに汚れた足跡が残されている。


 思ったよりもリードは少なさそうだ、と思うと同時に、それはすなわち相手との遭遇が近づいてきているという事でもある。モーターライフルを握る手に思わず力が入った。





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