目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第二話 虚空への旅支度





 オルムとの会談から数週間後。


 紅蓮丸は、オルム達調査隊との待ち合わせ場所であるコクマー銀河、惑星ザルガードの静止軌道ステーションへと向かっていた。


 惑星に近づき、その遠景が見えてくると、副機長席から神奈の感嘆の声が上がった。彼女はベルトを外して宙に浮くと、アーネストに肩を寄せるようにして正面キャノピーから外の光景に目を向けた。


「うわぁ……あれが、静止軌道ステーションですか?」


 神奈の言葉通り、この惑星には複数の軌道エレベーターが存在している。いずれも、細い塔の先端に、円盤状の居住区が存在するというお決まりのデザインだ。


「意外とでかいだろ?」


『公開情報によれば、全長は凡そ10キロ前後。銀河連邦で運用されている静止軌道ステーションとしては、最大クラスになります』


 直径10キロ。ほとんど街のようなサイズである。まあ、住民はほぼ皆、このステーションに住んでいるから、その例えも間違ってない。


「グラビトロンリアクターのおかげだな。それによって重力制御をおこなう事で、こんなでかいものを軌道エレベーターの先端にぶら下げる事が出来ている。というか、ほぼ都市船だな、これは。何かあったら軌道エレベーターから離脱して宇宙に脱出できるらしい」


「す、スケールの大きい話ですね……」


「さ、それよりも生き物屋の連中が首を長くして待っているぞ。文句を言われる前に迎えに行こう。席に戻りなさい」


 神奈に着席を促して、アーネストは紅蓮丸の進路をステーションに向けた。


 巨大なステーションの発着場は、それに見合った巨大で、しっかりした造りのものだ。円盤の側面に存在する溝のような部分は、その実数キロに渡って存在する港であり、それがぐるりと全方向に存在する。様々な目的の様々な船が常に往来し、今も着陸と発進を繰り返している。


 そんな濁流のような流れの中に入り込んだ紅蓮丸は、小型である事をいかしてひょいひょいと奥まで進むと、指定された区画でゆっくりと静止した。すぐに固定用のアームが伸びてきて、紅蓮丸の機体を固定する。


 ズン、と一瞬だけ機体が揺れた後、問題が無い事を確認したアーネストがベルトを真っ先に外した。肩を鳴らして席を離れて宙に浮く。


「うっし。さて、先生方に連絡を入れるか。式部さんは、予定通り食事の用意をしておいてくれ」


「わ、わかりました」


 事前の予定通りに二人が動く。と、そこにAIからの通信が入った。


『マスター。予定変更です』


「うん?」


『オルム先生、すでに目の前にいます』


 ちょっと呆れたようなAIの指摘にアーネストがキャノピーに視線を向けると、紅蓮丸の機首先端で手を振る宇宙服の姿が見えた。銀髪の壮年男性、間違いない、セリナ・オルムその人である。それに続くのは、彼の集めたスタッフ達。


 彼らは何やら、小型シャトルらしきものを引き連れていそいそこちらにやってきている。どうやら待ち遠しいあまりに、アーネストの着陸箇所を絞り込んだうえで出待ちしていたらしい。


「いやいやいや、どれだけ待ち遠しかったんだよ。跳躍航行を介しているとはいえ宇宙の旅は数日のズレが当たり前だぞ、いつから待ってたんだ」


『そうは言いますが、マスターはいつも日時に正確に行動されますので。今回もそうだと見越して行動されたのでしょう。普段の誠実さが評価されたようで、私としては非常に喜ばしいと思います』


「えぇー」


 いいのかなあそれ、とアーネストは顔をしかめた。それでは待ち合わせ時間を指定した意味がない。


 というか、アーネストとしては一日二日、猶予があるつもりだったのだ。


「ああもう、待ち時間で式部さんにステーション内部を案内しようと思ってたのに……あっ」


 うっかり口を滑らせた事に気が付いたアーネストが、はっとして振り返る。


 残念ながら、神奈は彼の言葉がしっかり聞こえていたようで、ちょっと頬を染めて、もじもじと顔を逸らした。恥ずかしそうにしながらも、しかし距離は離さない。むしろ少しだけ距離を詰めた彼女は、そっと右手で触れるようにアーネストのベルトを掴んだ。うつむいた前髪の下から、湿度の高い視線がちらり、と彼を見る。


「……えっと。その。お気持ちだけ、ありがたく頂いておきます……」


「あ、う、うん……」


 二人の間になんだか微妙な空気が流れる。アーネストとしては、そういうつもりはなく、わざとステーションに早く来て、予定外を装って彼女にステーション内部の街並みを見せようと思っていただけなのだ。伝えてなかったのはサプライズというか、神奈に変な気を使わせない為、それだけである。


 そこまで考えて、そういうつもりってなんだよ、とアーネストは自問自答した。


「あ、いや、その、だね。せっかく銀河連邦に来てるのに、式部さんにはしょぼい所しか案内できてなかったから、その、だね?」


 わたわたと言い訳のような言葉を連ねるアーネスト。そんな彼に、神奈はベルトから指を離さずに、くすりと小さく笑った。


「じゃあ、次の機会に。期待、してますね……」


 が、冷や水をかけるように、淡々とAIの報告が割って入った。


『良い所すいませんが、教授が通信を送りまくって来てます。やかましいので早く対応してくれるとありがたいのですが』


「よ、よよ、良い所ってなんだよ!?」


 どことなく、常に平淡な相棒の口調が刺々しく感じる。親に睦言を見られていたような羞恥を覚えて、アーネストは思わず言葉が乱れた。


 神奈も思わず反射的にアーネストを押して距離をとってしまい、そのまま膝を抱えてくるくると回りながら、操縦質の壁まで流れていってしまう。


「よ、よいところ、って、なんでしょうね。あははは……」


「……ま、まあ、AIのいう事だ、気にしない、気にしない」


 どうにも調子が狂う、とアーネストはぼりぼりと頭を掻いた。


 もともと、神奈はアーネストとの交流に積極的ではあったが……。


 きっかけは、バイオプラントの一件だろうか。あれをきっかけに、距離が変な縮まり方をした気がする。


「ごほん。いいから通信繋げ、相手する」


 気持ちを切り替え、アーネストは動揺を抑えながら席に戻った。すぐに通信が繋がり、オルムの顔が表示される。


『いやあ、チャーチル君、いつもスケジュール通りで助かるよ! おかげでどんぴしゃだ、あと1日はまたされるかと思ったがね!』


「港で張り込むのやめてくださいよ、あとで怒られるの俺なんですからね! ていうか、そんな事されたらスケジュール決めた意味がないでしょうが、もう!」


『はははは、すまない。一刻も早く出発したかったものだからね』


 通信越しのオルムの笑顔は、全く悪いと思っていないのが丸見えである。学会でも権威のある教授であるはずなのに、フィールドワークに出るとなるといつもこれだ、まるで大きな子供である。


 まあそのあたりつっこむとアーネストにもロケット噴射でブーメランが帰ってくるので、自覚がある彼はあえて触れなかった。


「はいはい、それでその後ろのが、今回用意したっていうシャトルと機材ですか?」


 アーネストが視線を向けると、できた相棒が自動的に各種情報を通達してくる。


 多少古い型の往来シャトル。紅蓮丸は重力下での運用を想定していないため、件の惑星ニヴェアリスにはこのシャトルで降りる事になる。また内部には、今回の調査で使われる探査艇と、耐圧潜水服がいくつか積み込まれているようだ。


 詳細を伝えられたアーネストが露骨に眉を顰める。


「今の時代に有人探査艇? 大丈夫なんですか、そんなポンコツ」


『そうは言うがな、全く未知の環境だ。無人機といっても、そこまで融通が利くものでもない。こういう時は人に限るよ』


 あっけらかんと言うオルムに、アーネストは頭を抱えた。


「そんな事いって、なんかあった時に救助に向かうのは俺なんすけど……?」


『はっはっは、君のそういう所、私は高く買ってるよ? 勿論そうなったら追加料金も出すから、安心してくれたまえ』


「あははは……」


 背後で二人のやり取りを黙って聞いていた神奈も、思わず苦笑い。この短い間のやりとりでも、オルムは悪い人ではないがちょっとずれた人であるというのは彼女にもよく伝わったようだ。


「はあ。まあいいや、ここで話してる時間がもったいない。さっさと乗ってください、言っておきますけど早く終わったからって依頼料は引きませんからね?」


『それは勿論わかっているとも』


 ニコニコ笑顔のオルムに、本当にわかってるのかなあこの人、いやわかってはいるんだろうけどさあ、と懊悩に満ちた溜息を吐きつつ、アーネストは相棒に人員の乗船許可と、彼らが用意したシャトルの積み込み指示を出した。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?