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第5話 や、だ。離、して……


「お前も喰う?」


 その男は共に喰おうと言わんばかりに、貪り途中の脳を差し出してくる。


「ま、あげねぇけど」


 と思えば、ナハハッと笑い声を上げながら豪快に手に持つ脳を再びかじった。


「戸波さん! 逃げますよっ!」


 そう言って俺の手を引く西奈さん。

 しかしすぐさま立ち止まる。

 そんな彼女が見つめる先、そこは俺達が先程通ってきた通路があるのだが。


 何か白透明色の壁が立ち塞がっている?

 すりガラスのように、なんとなくその先が透けて見える感じの。


 試しに触ってみた。

 堅い、それこそ本当の壁のような。


「……空間魔法!? これじゃ出られない」


 西奈さんの口から出た奇天烈なワード、空間魔法。

 冒険者って魔法も使えんのかよ。


 ……どちらにせよ、ここを出なきゃヤバい!


 ドンッーー


 思いっきり殴ってみたが、ビクともしない。


「やっぱり堅い!」


「ま、E級の冒険者程度じゃあ破れねぇわな」


 男は落ち着いた声でそう言ってから立ち上がる。


「西奈さん、他に出る方法は?」


「……え、えっとあの人の先にあるゲート以外は」


 そう言って西奈さんは首を横に振った。


「つまりあれを倒さなきゃいけないってことか」


 無理だ。

 生まれてこの方、人なんて殴ったことがない。

 それにアイツも冒険者なんだとしたら、確実に俺よりは実力が上に決まっている。


「へぇE級がオレに立ち向かおうと? プ……ッ、しかもお前よく視ると武闘家じゃねぇか。剣と魔法がものを言うこの冒険者界隈じゃ、1番のハズレ職業だぞ。そんな奴が魔導士である俺に、立ち向かう? ブハハハハッ! 冗談はその職業だけにしてくれよ」


 男は腹を抱えて俺を嘲笑っている。


 ……待てよ?

 武闘家ってハズレなの?

 聞いてないんだけど、西奈さん!


「ヒャハッ、しかも女もいるぜぇ。最っ高のデザートじゃねぇか!」


 男は血で汚れた手をパンパンッと払い、血走った目で舌なめずりする。


 やっぱり無理だ!

 怖い、怖すぎるっ!

 さっさと西奈さんを連れて逃げなきゃ!


「と、戸波さん……」


 西奈さんは俺の服の裾をグッと握っている。

 その手から、微細な震えが伝わってくる。


 そりゃ彼女も怖い、よな。

 たしか西奈さん、戦うスキルは覚えてないって言っていた。

 あくまで鑑定し、人の才能を見極めたり、ダンジョンの発生を瞬時に把握、指示するといった事務的なことがメインだ。


 それにも関わらず、今日はチュートリアルだと陽気にかまし、俺とダンジョンにきたのだ。

 まぁそれが事務的な一連の流れだとしても、彼女は危険を冒してまで一緒にきてくれた。

 そりゃ説明不足なことも多かったし、ここに来たのも半ば強制感は否めなかったけど、それは彼女なりに一生懸命行動してくれた結果だと思う。


 よっし、ここは男を見せる時!


「西奈さん、俺が奴の気を引きます! その間にゲートをくぐってください!」


「え、でも戸波さんは……」


「俺は、奴を倒した後に出ますからっ!」


「で、でも彼はレベル35のC級冒険者で……」


 え、全然レベル違うじゃん。

 ……と思いつつ内心と異なる言葉を彼女に伝える。


「大丈夫! 任せて!」


「ヒュ〜、あついねぇ! 死ぬ前にカッコつけられて良かったな、E級!」


 男は自らの手を前にかざした。


「ファイアボムッ!」


「戸波さん、これを……」


 西奈さんが何かを俺に差し出そうとした。

 しかしそのブツを俺は見ることなく吹き飛ばされ、空間魔法の壁に激突した。


「あちぃぃ……っ!」


 体が燃え上がるように熱く……というかそりゃ熱い。

 体に命中した炎の球は俺の腹に抉り込んできたのだから。

 その球は、俺の上衣の腹部付近を燃やし尽くした後、徐々に勢いを失い、消沈していった。


 俺はあまりの痛さに片膝をつく。


 めっちゃ痛いっ!


 しかしあんな炎食らって、よく全身燃えなかったな。

 これも《武闘家》になったおかげか?


 もしかしてあれは炎魔法?

 仮にそうだとして、あんなもんポンポンと放たれてみろ。

 それこそ俺に勝ち目なんてないじゃないか。


「戸波さん、この石を……」


 西奈さんが手に持っているのは、青く輝いた小さな宝石みたいなものだった。


「そんな男ほっとけよ、女」


「キャ……ッ!?」


 気づけば男は西奈さんの目前に。

 無理矢理手を引き、奥へ連れていこうとしている。


「ま、待て……っ! その人を離してくれっ!」


 俺はなんとか立ち上がり、今出せる精一杯の声を絞り出す。


「ハハ、なんだよ、声出すだけでやっとじゃねぇか。そんなビビり君は彼女がオレの食事になるところをよく見てな」


 男はそう言って、自身の腰元から短刀を引き抜いた。


 西奈さんの身に危険が迫っている。

 無我夢中で彼女を助けに向かいたいという反面、こんなところで死にたくないという気持ちもある。

 ここでアニメの主人公とかなら、なんの躊躇いもなく助けに行くのだろうが、現実はそうはいかない。


 すでに俺の足は怖くて竦んでしまっている。

 せめて俺に、アイツらみたいな勇気があれば……っ!


「戸波さん……これ、割って下さい!」


 西奈さんはその青い結晶をめいっぱいの力で投げつけ、俺の足下まで転がしてきた。

 これを割ってくれと言ってるが、それの意味はさっぱり分からない。

 しかし自分の身に危険が迫っている中で、わざわざ俺に託したもの。

 ビビって手も足も出ないが、それくらいは俺にもできる。


「わ、分かりましたっ! 【正拳突き】」


 俺は地面に転がる結晶に拳を放った。


 パリンッーー


「生きてるままの脳が一番うめぇんだ」


 男は西奈さんの必死の抵抗に対してビクともせず、そのまま地面に倒し、馬乗りになった。

 そして顔を押さえ、額に短刀を押し当てる。


「や、だ。離、して……」


「ジッとしてろ。綺麗に開けないと、脳が不味くなる」


「やめろっ!」


 俺は突然湧き出た勇気と怒りを胸に刻み、全速力で西奈さんの元へ駆け出した。

 脳に流れた音声など一切気にも留めず。


《職業:武闘家はマジックブレイカーへと進化を果たしました》


《専用パッシブスキル:不屈の闘志を獲得しました》

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