「お前も喰う?」
その男は共に喰おうと言わんばかりに、貪り途中の脳を差し出してくる。
「ま、あげねぇけど」
と思えば、ナハハッと笑い声を上げながら豪快に手に持つ脳を再びかじった。
「戸波さん! 逃げますよっ!」
そう言って俺の手を引く西奈さん。
しかしすぐさま立ち止まる。
そんな彼女が見つめる先、そこは俺達が先程通ってきた通路があるのだが。
何か白透明色の壁が立ち塞がっている?
すりガラスのように、なんとなくその先が透けて見える感じの。
試しに触ってみた。
堅い、それこそ本当の壁のような。
「……空間魔法!? これじゃ出られない」
西奈さんの口から出た奇天烈なワード、空間魔法。
冒険者って魔法も使えんのかよ。
……どちらにせよ、ここを出なきゃヤバい!
ドンッーー
思いっきり殴ってみたが、ビクともしない。
「やっぱり堅い!」
「ま、E級の冒険者程度じゃあ破れねぇわな」
男は落ち着いた声でそう言ってから立ち上がる。
「西奈さん、他に出る方法は?」
「……え、えっとあの人の先にあるゲート以外は」
そう言って西奈さんは首を横に振った。
「つまりあれを倒さなきゃいけないってことか」
無理だ。
生まれてこの方、人なんて殴ったことがない。
それにアイツも冒険者なんだとしたら、確実に俺よりは実力が上に決まっている。
「へぇE級がオレに立ち向かおうと? プ……ッ、しかもお前よく視ると武闘家じゃねぇか。剣と魔法がものを言うこの冒険者界隈じゃ、1番のハズレ職業だぞ。そんな奴が魔導士である俺に、立ち向かう? ブハハハハッ! 冗談はその職業だけにしてくれよ」
男は腹を抱えて俺を嘲笑っている。
……待てよ?
武闘家ってハズレなの?
聞いてないんだけど、西奈さん!
「ヒャハッ、しかも女もいるぜぇ。最っ高のデザートじゃねぇか!」
男は血で汚れた手をパンパンッと払い、血走った目で舌なめずりする。
やっぱり無理だ!
怖い、怖すぎるっ!
さっさと西奈さんを連れて逃げなきゃ!
「と、戸波さん……」
西奈さんは俺の服の裾をグッと握っている。
その手から、微細な震えが伝わってくる。
そりゃ彼女も怖い、よな。
たしか西奈さん、戦うスキルは覚えてないって言っていた。
あくまで鑑定し、人の才能を見極めたり、ダンジョンの発生を瞬時に把握、指示するといった事務的なことがメインだ。
それにも関わらず、今日はチュートリアルだと陽気にかまし、俺とダンジョンにきたのだ。
まぁそれが事務的な一連の流れだとしても、彼女は危険を冒してまで一緒にきてくれた。
そりゃ説明不足なことも多かったし、ここに来たのも半ば強制感は否めなかったけど、それは彼女なりに一生懸命行動してくれた結果だと思う。
よっし、ここは男を見せる時!
「西奈さん、俺が奴の気を引きます! その間にゲートをくぐってください!」
「え、でも戸波さんは……」
「俺は、奴を倒した後に出ますからっ!」
「で、でも彼はレベル35のC級冒険者で……」
え、全然レベル違うじゃん。
……と思いつつ内心と異なる言葉を彼女に伝える。
「大丈夫! 任せて!」
「ヒュ〜、あついねぇ! 死ぬ前にカッコつけられて良かったな、E級!」
男は自らの手を前にかざした。
「ファイアボムッ!」
「戸波さん、これを……」
西奈さんが何かを俺に差し出そうとした。
しかしそのブツを俺は見ることなく吹き飛ばされ、空間魔法の壁に激突した。
「あちぃぃ……っ!」
体が燃え上がるように熱く……というかそりゃ熱い。
体に命中した炎の球は俺の腹に抉り込んできたのだから。
その球は、俺の上衣の腹部付近を燃やし尽くした後、徐々に勢いを失い、消沈していった。
俺はあまりの痛さに片膝をつく。
めっちゃ痛いっ!
しかしあんな炎食らって、よく全身燃えなかったな。
これも《武闘家》になったおかげか?
もしかしてあれは炎魔法?
仮にそうだとして、あんなもんポンポンと放たれてみろ。
それこそ俺に勝ち目なんてないじゃないか。
「戸波さん、この石を……」
西奈さんが手に持っているのは、青く輝いた小さな宝石みたいなものだった。
「そんな男ほっとけよ、女」
「キャ……ッ!?」
気づけば男は西奈さんの目前に。
無理矢理手を引き、奥へ連れていこうとしている。
「ま、待て……っ! その人を離してくれっ!」
俺はなんとか立ち上がり、今出せる精一杯の声を絞り出す。
「ハハ、なんだよ、声出すだけでやっとじゃねぇか。そんなビビり君は彼女がオレの食事になるところをよく見てな」
男はそう言って、自身の腰元から短刀を引き抜いた。
西奈さんの身に危険が迫っている。
無我夢中で彼女を助けに向かいたいという反面、こんなところで死にたくないという気持ちもある。
ここでアニメの主人公とかなら、なんの躊躇いもなく助けに行くのだろうが、現実はそうはいかない。
すでに俺の足は怖くて竦んでしまっている。
せめて俺に、アイツらみたいな勇気があれば……っ!
「戸波さん……これ、割って下さい!」
西奈さんはその青い結晶をめいっぱいの力で投げつけ、俺の足下まで転がしてきた。
これを割ってくれと言ってるが、それの意味はさっぱり分からない。
しかし自分の身に危険が迫っている中で、わざわざ俺に託したもの。
ビビって手も足も出ないが、それくらいは俺にもできる。
「わ、分かりましたっ! 【正拳突き】」
俺は地面に転がる結晶に拳を放った。
パリンッーー
「生きてるままの脳が一番うめぇんだ」
男は西奈さんの必死の抵抗に対してビクともせず、そのまま地面に倒し、馬乗りになった。
そして顔を押さえ、額に短刀を押し当てる。
「や、だ。離、して……」
「ジッとしてろ。綺麗に開けないと、脳が不味くなる」
「やめろっ!」
俺は突然湧き出た勇気と怒りを胸に刻み、全速力で西奈さんの元へ駆け出した。
脳に流れた音声など一切気にも留めず。
《職業:武闘家はマジックブレイカーへと進化を果たしました》
《専用パッシブスキル:不屈の闘志を獲得しました》