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第7話 かっこ、よかったです……


 アークスマッシュ――


 その威力は吸い込んだ魔力量に比例する。

 炎上級魔法2つ分となればそれ相応の威力はあるだろう。


 壁にめり込んだ男は、そのまま眼球を上転させ、地面へ突っ伏している。


 ふぅ、とひと息ついた時、体の緊張もふと解ける。

 さっきのような溢れんばかりの勇気や自信はどこかに消え去り、俺はふらっと立ちくらんだ。


「おっと……」


 あのままでは後ろへすっ転んでいたものの、間一髪で西奈さんが背後から俺の体を支えてくれていた。

 その後西奈さんは俺を囲うように両手を回してきた。


「……って西奈さんっ!?」


 なんとなくイケナイことをしている気がしたので急いで距離をとろうと思ったが、今も尚体を震わしている彼女をみるとそんな気は起きなかった。


「……戸波さん、怖かったです」


 西奈さんの、俺を掴む手はさらに力が込められる。


「もう、大丈夫ですよ」


 女性経験がほとんどない俺は、こんな綺麗な人に密着されるという緊張感の中、ようやく絞り出した声で慣れない言葉をかける。


「かっこ、よかったです……」


「えっとぉ、そうかな?」


 いや、なんだこの甘い空気。

 28年間経験したことのないんだけど。

 これってもしかして、告白とかした方がいい感じ?

 でも西奈さんのことは可愛いとは思えど、好きかどうかはまだ……。


「何がどうなってんだ!?」

「おい、人が死んでるぞっ!」

「アイツらがやったのか!?」


 すると、ゾロゾロとこの空間へやってきた冒険者が今の惨状をみて声を上げている。


「ヤバ……」


「ふぇ……っ!? あの、違います! こ、これは……」


 あまりの驚きに思わず出た俺の声なんて、容易にかき消せるほど西奈さんは大きな声で驚愕し、その後ツラツラと早口で説明をし始める。


 まぁさすがにこの状況はマズイ。

 頭が割られ、脳がくり抜かれた死体に壁に埋まる冒険者。

 そしてそんな場面で抱きつく2人の男女ときた。


 これがいわゆる彼らの見た光景。

 西奈さん、上手く説明してくれるといいけど。


 なんて思っていたが、アッサリと話はついたらしい。


 そして西奈さんいわく、この惨状はレベルアップコーポレーションが引き受けるので後のことはお任せ下さいとのこと。


 一旦俺達は出口のゲートをくぐり、このダンジョンから脱出を果たしたのだった。



 ◇



 明くる日ーー



 昨日はゲートから出てすぐ解散となった。


「今日は早く帰ってゆっくり休んでください」


 西奈さんにそう言われたのだ。


 しかし彼女には聞きたいこともたくさんある。

 だが今はそんな場合じゃない、と言わんばかりに忙しない様子であちこちへ電話をかけていたため、俺は大人しく家に帰ったというのが昨日。


 そして今日。

 俺は今、ハローワークの入口まで出向いている。


 実は西奈さんから呼び出しをくらっているのだ。

 昨日バタバタしてる最中にひと声かけてくれたのだから、相当重要なことに違いない。

 ま、十中八九昨日の出来事についてだろうけど。


「……さて中に入ればいいのだろうか?」


「戸波さん!」


 聞き覚えのある女性の声。

 彼女は建物の外壁側面からチラリと顔を覗かせている。


「西奈さんっ!」


「こっちこっち!」


 彼女は手招きしつつも、俺を待たず、奥へ足を進ませた。


「あ、ちょっと待ってっ!」


 するとしばらく進んでから西奈さんが足を止めた。


「えっと、どうしました?」


「戸波さん、この先です!」


 西奈さんが指を差す方、それを目にした俺は驚嘆した。


「えっ!? ゲート!?」


 そう、目の前には昨日ダンジョンへ行く際にくぐったゲートに似ているのだ。

 まぁ違うところでいうと、色くらい。

 昨日のものは濃い青、目の前のこれは薄い水色って感じ。


「似てますが、少し違います。これ空間魔法なんですよ」


「空間魔法? 一体どこに繋がってるんですか?」


 西奈さんは俺の問いに笑ってはぐらかした。


「ふふ、さて入りましょうか」


「え、待ってうそでしょ……ってうおおぉぉあああ」


 もはや恒例にもなってきたこの行事。

 俺は本日も西奈さんに、先を知らぬ謎の空間へ引き入れられたのだった。



 ◇



 ハローワーク建物の真裏にあたる外壁、そこに現れた薄い水色の空間魔法を通ってきた俺達が到着したのは、まるでオフィスにでもありそうな狭い一室。

 そして1つのオートロック式片開きドアだった。


「西奈さん、ここは?」


 俺が問うと、西奈さんは含み笑いを浮かべる。


「ふふふ、ここはですねぇ」


 そう言葉を溜めた後、彼女はドアのシリンダー部分にポケットから取り出したカードキーをタッチした。


 ピッーー


「開いた?」


 ガチャッーー


 ドアから機械的な解錠音が聞こえたのち、西奈さんはドアを勢いよく開けた。


「そう、何を隠そうっ! ここは今日から先輩が所属する事務所にございますぅ!」


 今日一、いや昨日含めても一番のテンションで開け放ったドアの先は……まさに小さな会社の事務所だったのだ。 


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