西奈さんがハイテンションな様子で開け放ったドアの先にあったのは、まさに小さな会社の事務所。
そして中には向かい合うオフィスデスクがズラリと並んでおり、その奥には立派な社長用デスクがあった。
「さ、先輩、こっちです。中に入ってください!」
「あぁ……ってさっきから何その先輩って?」
「何って先輩は先輩ですよ。戸波先輩っ!」
「いや普通に考えたら、西奈さんの方が先輩でしょ? 俺より冒険者の経験長いんだから」
前の会社でもそう。
いくら歳下であろうが、その界隈での経歴の長さがある程度の上下関係を決定づけていた。
しかし俺の問いに彼女は首を横に振る。
「いえアタシね、今年24なんですよ。先輩はたしか28でしたよね?」
「ま、まぁ。つまり俺の方が歳上だと?」
「ご明察っ! さすが先輩ですね!」
「……いや、まぁ悪い気はしないんだけどさ」
と、やたら持ち上げてくる西奈さんに対してそう返す。
「だから先輩は私にタメ口でかまいません。そして私のことは瑠璃とお呼び下さいね?」
西奈さんは可愛く体を傾け、ニコッと笑ってそう言った。
「お前ら、んなとこでイチャついてないで、さっさと中入ったらどうだ?」
すると、突然中から男の人の声がした。
「わ……っ!? 久後さん、いたんですか? それなら早く声かけてくださいよ」
「いや早くかけたって。こちとらいいとこだったのに、お前らがドア開けてイチャイチャするもんだから、途中でゲーム放り投げてまできたんだぞ」
たしかにデスクの上にはモニター3台のゲーミングPCがセッティングされてあった。
それを邪魔されたとあっちゃ、腹立つのは当たり前だ。
俺も多少はゲームを嗜むタイプのため、気持ちはよく分かる。
「お手数おかけしまして、申し訳ありませんでした」
仮にここがこれから働く事務所になるとするならば、この人はおそらく俺の上司にあたる人。
礼儀はわきまえなければならない。
そんな俺の様子を見て、久後さんは勢いよく吹き出した。
「プ……ッハハハハハハ、西奈ァ、今回はえらく真面目なやつを連れてきたもんだな」
よほどゲームがしたいのか、久後さんは大爆笑しながら自分のデスクへ向かい、腰をかけた。
「ふっふっふ、久後さん、先輩は真面目なだけじゃなくちゃんと強いですよぉ」
「まぁ……見たら分かるわ。だけどそのステータス、ちゃんと隠しとけよ」
俺の事を自慢げに言う西奈さんに、久後さんは大きくため息を吐いた。
「す、すみません久後さん。ちょっと昨日はバタバタしてまして……」
見たら分かる、その言葉に俺は少し引っかかった。
昨日も似たようなことを言った人がいたからだ。
そう、本社で会った金髪イケメンである。
たしかあの人は「この目で見れば」とかなんとか言っていたような。
やはり冒険者特有の力が働いているのだろうか?
「西奈さん、冒険者は見るだけでお互いの強さが分かるものなんですか?」
「…………」
え、なんで無視?
今チラッと目があったはずなんだけど、あからさまに避けられた。
なんか嫌われたことしたっけか?
「あの……西奈さん?」
俺は不安を抱きつつも声をかける。
「……瑠璃」
ボソッと聞こえた下の名前。
もしかしてそーゆー感じっすか?
「えっと、瑠璃? さっきの質問なんだけど……」
「はい先輩っ! 冒険者には【鑑定】というスキルがあるってのは昨日少しだけ触れたと思いますが、それを習得している人が比較的多いって話です。そのスキルがあると……もちろんスキルレベルによりますが、相手の名前やレベル、職業にステータス、習得したスキル名なんかも細かく分かっちゃうんですよ」
心当たる通り、西奈さんに対する呼称と話し方を変えると、彼女は食い気味に答えてくれた。
……つまり瑠璃呼びとタメ口に慣れないといけないってことですな。
「西奈ァ、あんまり新人をイジメんじゃねぇぞ? ま、見てる分におもしれぇからいいけどよ」
おいおい、久後さん。
部下がイジめられて笑ってるってどうなんすか。
この感じ、冒険者界隈にコンプラなど存在しないんだろうな。
「ま、西奈よ。海成に【隠蔽】スキルの習得方法、忘れずに教えるんだぞ。さすがにそのままじゃマズイぞ。俺はしばらくゲームに時間を費やすからよろしく」
久後さんはそう言ってデスク上にあるヘッドフォンを耳にして、再びモニターへ体を向ける。
【隠蔽】スキル?
一体何を誰に隠すためのものなのか、俺の中では疑問まみれだ。
「分かりました。では先輩、少しあちらで話しましょうか」
瑠璃は事務所内のソファを指差した。
ちょうど2人掛けくらいのソファがテーブルを挟んで向かい合うように並んでいる。
俺と瑠璃はお互い面するように腰をかけた。
そして一通り話を終えた。
「つまりこういうことか? あのダンジョンで壊した青い
「まぁ実際、レベル50以上の冒険者がシステム上で進化を果たすのが普通ですからね。それともう少し付け加えるとするなら、許可なしに進化したと本部にバレてしまった場合、その冒険者は……」
「……冒険者は?」
言い淀む瑠璃に俺は問い直す。
ただならぬ雰囲気を醸し出している彼女の姿に俺は生唾をゴクリと飲んだ。
「さてどうなるのでしょうか?」
瑠璃は某海外ドラマ俳優ばりに肩をすくめる。
「おい、脅かすなよっ!」
「ふふ、ごめんなさい。先輩があまりにも辛辣な表情をされていたもので。ですがもし仮にバレてしまった場合、冒険者史上最大の問題になることは間違いないでしょうね」
「ま、まじっすか……」
「元はといえばアタシのせい。先輩、こんなことになってしまって……すみませんでした」
そう言って彼女は俺に深々と頭を下げた。
「いやいや、瑠璃はあの状況でできる最善を尽くしてくれただけだ。あれがなければ、今ごろ俺達2人とも、あの男に喰べられていただろうし」
事実そう。
彼女はそれが禁忌と知りながら、躊躇なく俺にその石を託したのだ。
……いや実際は躊躇したと思うが、そんな素振りなど一度もみせなかった。
一体当時の彼女にどれほどの勇気がいっただろう。
実際あの行動のおかげで俺達は助かった。
そんな彼女を誰が責められるというのか、もし仮にいたとしたら、俺が代わりにぶっ飛ばしてやろう。
「……先輩、ありがとうございます」
瑠璃は胸の前で両手を組み、俺の言葉を噛み締めるかのように目を瞑った。
「いや、本当に大丈夫だから! 気にしないでくれ……」
ガチャッ――
一頻りの話が終わろうとしていたその頃、事務所のドアがゆっくりと開いた。
「久後さ〜ん、
そして明るいノリで入ったきたと思えば後に控えた仕事を思い出して落ち込む、これまた美人な女性の姿がそこにはあったのだ。