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第11話 逃げるわよ!


 ポンッ――


 朝7時半。

 メッセージの通知音で目が覚める。


 俺は体を起こさぬまま、のそりと手だけ伸ばしてスマホを手に取る。


 相羽紗夜『おはよう、海成くん。今日の時間なんだけど、10時に集合で大丈夫?』


 画面に映されたメッセージを見て俺は思った。


 ――なんて素晴らしい朝なんだろうと。


 とまぁ弾む心は一度置いといて、俺は紗夜さんに返事を返す。


『おはようございます。D級ダンジョン攻略の件ですね。はい、現地集合と捉えてよろしいでしょうか?』


 紗夜さんから初めてのメッセージ。

 超絶美人な女性とのやり取り、例え業務連絡だとしてもなんだかソワソワする。

 俺は何度も文章を見直し、ようやくの思いで送信ボタンをタップした。


 ポンッ――


 紗夜さんめっちゃ返信早いんだが。


『海成くん文章かたすぎ!笑 もうちょい気楽に行こうっ!』


 ポンッ――


 続いてウサギがグッドサインするスタンプが送られてきた。


 おい……可愛いかよ、紗夜さん。

 なんて文字は打てないので『う、うっす!』ともう一歩距離の近い文体で返信してから、俺は朝の準備を始めた。




 もうすぐ朝10時。

 あと15分で集合時間だ。


 俺と紗夜さんは、今日攻略するダンジョンゲートが存在する〇〇区第3ビル前で待ち合わせをしている。


「あれ、海成くん早いねぇ」


「あ、おはようございます!」


 まだ10時じゃなかったのでめちゃくちゃ気抜いてた。

 俺は電柱にもたれていた背中を急いで離して姿勢を正す。


「はは、だから海成くん、もうちょっと気楽でいいってば。むしろタメ口でも大丈夫なくらいだよ」


 紗夜さんはニカッと笑みを浮かべる。


「いや紗夜さん、さすがにタメ口はアウトっすよ」


 メッセージの文体と同様に、少し口調を崩した。


「おおっ、海成くんは適応力が高いんだねぇ」


 これでも社会人としては6年目、前職でもそれなりに仲良い先輩だっていた。

 俺の方こそ、砕けた口調の方が話しやすいので、正直ありがたい。


「これでも切り替えの早い男で有名ですので」


 こんな感じに冗談っぽく返すのもお手の者なのだ。


「ええ、なんか海成くん遊び人みたい〜」


「なっ!? そんなことないですよぉ」


 言葉が軽すぎたのかあらぬ誤解を生んでしまった。

 俺はガックリ肩を落とす。


「はは、冗談だよ。ごめんごめん」


 紗夜さんに軽く慰められた後、俺達はゲートのある場所へ向かった。


 ゲートの形は昨日見たE級ダンジョンのゲートと同じような感じ。

 ちょうどビルとビルの間にある路地に発生していたため、少し薄暗くて不気味な場所だった。


「不気味ですね」と紗夜さんに話題を振ると、「まぁ人目につく場所よりはマシかな」とのこと。

 彼女、意外と周りの目を気にするタイプらしい。


 なるほど、何度ゲートを通っているとしても慣れるものではないんだな。

 なんて紗夜さんの内面を分析しつつ、俺はゲートに入っていった。




 中は意外と広い。

 見た目はなんとなく昨日のE級ダンジョンと似た薄明るい洞窟って感じだ。

 それに大きな円形の通路が壁や天井と、蜂の巣のようにたくさん形成されている。


「……こりゃどこ通ればいいか分かんないな」


「海成くんっ! 逃げるわよ!」


 紗夜さんの目は本気だ。

 一体何から逃げ……待てよ、視線を感じる。


 どこからだと少し周りを見渡すと、一瞬でその正体に俺は気づいた。

 それは各通路、しかも全て穴から。

 鋭い眼光が俺達2人を注視している。


「……な、なんですかあれ?」


「説明は後っ! インベントリッ!」


 紗夜さんはそう叫びながら手を横に伸ばす。

 すると、どこからともなく細い剣が出てきた。


 そしてその武器をある1つの通路へ向けて紗夜さんはひと言唱える。


「【放雷】」


 バチバチッ――


 轟く雷鳴と同時に、その剣先から一筋の雷が通路へ向かっていく。


「よし、行こうっ!」


 紗夜さんが俺の手を握る。


「……ふぁっ!?」


 変な声が出てしまった。

 だがそんなこと気にしている暇はない。


 ドドッ――


 仲間の死に危機を感じたのか、そのモンスター達は他の通路全てから勢いよく飛び出してきた。


「海成くん、ごめんねっ!」


 紗夜さんは俺の手を掴み、全力で駆ける。

 向かった先は【放雷】を撃った通路。

 彼女の速力は俺の視界が歪むほど速く、あっという間に通路へ入った。


 そんなブレブレの視界の中わずかに映ったのは、全身真っ黒で赤い斑点を持つでかい芋虫のような生物。

 少なくとも縦の高さは俺達人間と同じくらいはあった気がする。

 一体全長はどれくらいあるんだろう。


 ようやく紗夜さんの足は減速し始め、十数歩かけてゆっくりと立ち止まるに至った。


「海成くん、大丈夫?」


 紗夜さんは全く息を乱すことなく、むしろ俺の心配をしてくれる。

 さすがB級冒険者、かっこいいな。


「……はい、なんとか」


 もはや俺の方が息絶え絶えである。

 そりゃジェットコースターを連想させるほどの加速力に柔らかくムニムニしたお手手の感触。

 息の1つや2つ乱れるってもんだ。


「……そっか、どうりでここから出てきた冒険者はいないわけだ」


 紗夜さんは意味深なことを呟く。


「紗夜さん、どういうことですか?」


「地上とダンジョンを繋ぐゲートの入口がアイツらの巣の中にあるからね。しかもあの数のナイトワームが同時に襲ってくるとなると、D級冒険者じゃさすがに太刀打ちできないわ」


「その、ナイトワームってそんなに強いんですか?」


「強い……のかな? ナイトワームって臆病な性格で、普通は人間に近寄ってくることはないはずなの。そういう特性を考慮してD級モンスターの括りになってるらしいけど、今日対峙した感じ本質的にはC級くらいの強さはあるかもね。……にしても、なんであんな凶暴化してるんだろ」


 紗夜さんは顎に手を添え、思考を巡らせている。


 えっとつまり、普段臆病で大人しいモンスターが襲ってくる理由か。


「単純に仲間がやられたから、仇討ち的な?」


 俺の解に紗夜さんはゆっくり首を横に振った。


「いいえ、それはないわ。あのナイトワーム、さっきも言ったけど臆病なの。だから基本的なスタイルは逃げか隠れ。例え仲間がやられたとしても後退して逃げるのがオチのはず」


 攻撃をしないモンスターが攻めてくる理由。

 ……ダメだ、他に思いつかないわ。


 ガサガサッ――


 そんな時、この薄暗い洞窟の中で何かが動いた音がした。


 シューッ!


 それになんだ?

 薄い隙間から空気が漏れるようなそんな音まで。


「海成くんっ! 上っ!」


「上?」


 俺は反射的に顔をパッとあげると、そこには蠢く大きな何か、8つの光る眼があった。


「デスウィーバー!? なんでこんなところに!?」 


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