ポンッ――
朝7時半。
メッセージの通知音で目が覚める。
俺は体を起こさぬまま、のそりと手だけ伸ばしてスマホを手に取る。
相羽紗夜『おはよう、海成くん。今日の時間なんだけど、10時に集合で大丈夫?』
画面に映されたメッセージを見て俺は思った。
――なんて素晴らしい朝なんだろうと。
とまぁ弾む心は一度置いといて、俺は紗夜さんに返事を返す。
『おはようございます。D級ダンジョン攻略の件ですね。はい、現地集合と捉えてよろしいでしょうか?』
紗夜さんから初めてのメッセージ。
超絶美人な女性とのやり取り、例え業務連絡だとしてもなんだかソワソワする。
俺は何度も文章を見直し、ようやくの思いで送信ボタンをタップした。
ポンッ――
紗夜さんめっちゃ返信早いんだが。
『海成くん文章かたすぎ!笑 もうちょい気楽に行こうっ!』
ポンッ――
続いてウサギがグッドサインするスタンプが送られてきた。
おい……可愛いかよ、紗夜さん。
なんて文字は打てないので『う、うっす!』ともう一歩距離の近い文体で返信してから、俺は朝の準備を始めた。
もうすぐ朝10時。
あと15分で集合時間だ。
俺と紗夜さんは、今日攻略するダンジョンゲートが存在する〇〇区第3ビル前で待ち合わせをしている。
「あれ、海成くん早いねぇ」
「あ、おはようございます!」
まだ10時じゃなかったのでめちゃくちゃ気抜いてた。
俺は電柱にもたれていた背中を急いで離して姿勢を正す。
「はは、だから海成くん、もうちょっと気楽でいいってば。むしろタメ口でも大丈夫なくらいだよ」
紗夜さんはニカッと笑みを浮かべる。
「いや紗夜さん、さすがにタメ口はアウトっすよ」
メッセージの文体と同様に、少し口調を崩した。
「おおっ、海成くんは適応力が高いんだねぇ」
これでも社会人としては6年目、前職でもそれなりに仲良い先輩だっていた。
俺の方こそ、砕けた口調の方が話しやすいので、正直ありがたい。
「これでも切り替えの早い男で有名ですので」
こんな感じに冗談っぽく返すのもお手の者なのだ。
「ええ、なんか海成くん遊び人みたい〜」
「なっ!? そんなことないですよぉ」
言葉が軽すぎたのかあらぬ誤解を生んでしまった。
俺はガックリ肩を落とす。
「はは、冗談だよ。ごめんごめん」
紗夜さんに軽く慰められた後、俺達はゲートのある場所へ向かった。
ゲートの形は昨日見たE級ダンジョンのゲートと同じような感じ。
ちょうどビルとビルの間にある路地に発生していたため、少し薄暗くて不気味な場所だった。
「不気味ですね」と紗夜さんに話題を振ると、「まぁ人目につく場所よりはマシかな」とのこと。
彼女、意外と周りの目を気にするタイプらしい。
なるほど、何度ゲートを通っているとしても慣れるものではないんだな。
なんて紗夜さんの内面を分析しつつ、俺はゲートに入っていった。
中は意外と広い。
見た目はなんとなく昨日のE級ダンジョンと似た薄明るい洞窟って感じだ。
それに大きな円形の通路が壁や天井と、蜂の巣のようにたくさん形成されている。
「……こりゃどこ通ればいいか分かんないな」
「海成くんっ! 逃げるわよ!」
紗夜さんの目は本気だ。
一体何から逃げ……待てよ、視線を感じる。
どこからだと少し周りを見渡すと、一瞬でその正体に俺は気づいた。
それは各通路、しかも全て穴から。
鋭い眼光が俺達2人を注視している。
「……な、なんですかあれ?」
「説明は後っ! インベントリッ!」
紗夜さんはそう叫びながら手を横に伸ばす。
すると、どこからともなく細い剣が出てきた。
そしてその武器をある1つの通路へ向けて紗夜さんはひと言唱える。
「【放雷】」
バチバチッ――
轟く雷鳴と同時に、その剣先から一筋の雷が通路へ向かっていく。
「よし、行こうっ!」
紗夜さんが俺の手を握る。
「……ふぁっ!?」
変な声が出てしまった。
だがそんなこと気にしている暇はない。
ドドッ――
仲間の死に危機を感じたのか、そのモンスター達は他の通路全てから勢いよく飛び出してきた。
「海成くん、ごめんねっ!」
紗夜さんは俺の手を掴み、全力で駆ける。
向かった先は【放雷】を撃った通路。
彼女の速力は俺の視界が歪むほど速く、あっという間に通路へ入った。
そんなブレブレの視界の中わずかに映ったのは、全身真っ黒で赤い斑点を持つでかい芋虫のような生物。
少なくとも縦の高さは俺達人間と同じくらいはあった気がする。
一体全長はどれくらいあるんだろう。
ようやく紗夜さんの足は減速し始め、十数歩かけてゆっくりと立ち止まるに至った。
「海成くん、大丈夫?」
紗夜さんは全く息を乱すことなく、むしろ俺の心配をしてくれる。
さすがB級冒険者、かっこいいな。
「……はい、なんとか」
もはや俺の方が息絶え絶えである。
そりゃジェットコースターを連想させるほどの加速力に柔らかくムニムニしたお手手の感触。
息の1つや2つ乱れるってもんだ。
「……そっか、どうりでここから出てきた冒険者はいないわけだ」
紗夜さんは意味深なことを呟く。
「紗夜さん、どういうことですか?」
「地上とダンジョンを繋ぐゲートの入口がアイツらの巣の中にあるからね。しかもあの数のナイトワームが同時に襲ってくるとなると、D級冒険者じゃさすがに太刀打ちできないわ」
「その、ナイトワームってそんなに強いんですか?」
「強い……のかな? ナイトワームって臆病な性格で、普通は人間に近寄ってくることはないはずなの。そういう特性を考慮してD級モンスターの括りになってるらしいけど、今日対峙した感じ本質的にはC級くらいの強さはあるかもね。……にしても、なんであんな凶暴化してるんだろ」
紗夜さんは顎に手を添え、思考を巡らせている。
えっとつまり、普段臆病で大人しいモンスターが襲ってくる理由か。
「単純に仲間がやられたから、仇討ち的な?」
俺の解に紗夜さんはゆっくり首を横に振った。
「いいえ、それはないわ。あのナイトワーム、さっきも言ったけど臆病なの。だから基本的なスタイルは逃げか隠れ。例え仲間がやられたとしても後退して逃げるのがオチのはず」
攻撃をしないモンスターが攻めてくる理由。
……ダメだ、他に思いつかないわ。
ガサガサッ――
そんな時、この薄暗い洞窟の中で何かが動いた音がした。
シューッ!
それになんだ?
薄い隙間から空気が漏れるようなそんな音まで。
「海成くんっ! 上っ!」
「上?」
俺は反射的に顔をパッとあげると、そこには蠢く大きな何か、8つの光る眼があった。
「デスウィーバー!? なんでこんなところに!?」