俺と紗夜さんは下の階層へと降った。
……まぁさっきと大して景色は変わらないが。
「先に進もっか」
紗夜さんが前に進もうとした時、俺は壁に突き刺さったある物を見つけた。
それは水色で細長い鉱石。
たしかE級ダンジョンに行った時、掘り起こした鉱石を売れば1万から100万ほどの価値があるんだと瑠璃が言っていた。
そんなの掘らにゃ損損でしょ!
インベントリにしまえば、荷物にもならないわけだし。
「紗夜さん、ちょっと待ってください。せっかくなんで、鉱石採ってから行きましょうよ」
100万は我の手にっ!
「待って!」
その鉱石に触れる寸前、紗夜さんが俺の手を止める。
「ふぁいっ!?」
突然紗夜さんのスベスベ肌に包まれて、思わず変な声で叫んでしまった。
すると紗夜さんは、ふぅ、と心底安心したかように息を吐く。
「それ、転移石。触れたらダンジョン内のどこかに飛ばされちゃうの」
「ガ、ガチっすか」
あ、危ない……。
まじで触らなくてよかったぁ。
こんなわけの分からないダンジョンで1人、無事に帰れる自信なんて1ミリもない。
「……よかった。君がどこかに飛んじゃったら、さすがに守ってあげられないからね〜」
そう言って困り眉で笑う紗夜さん。
控えめにいって可愛いです。
とか思いつつも、俺は先に進む紗夜さんの後を追っていった。
そしてしばらく歩くと現れた1体のモンスター。
緑に染まった体、光沢がかった硬性っぽい鱗。
昨日倒したコボルトのように2足で立つトカゲだ。
立派な槍を手に持ち、戦う気満々といった様子。
「あれはリザードマンね。D級のモンスターだし、一緒に戦おっか」
俺は頷こうとしたが、踏みとどまる。
もしかして、これは成長するチャンスなんじゃないか?
「紗夜さん、ここは1人で戦わせてください」
相手は1体、これなら俺でもなんとかなるかもしれない。
「1人か、うーん……」
紗夜さんは数秒考える素振りを見せる。
そしてしばらく思考を巡らせてからようやく首を縦に振った。
「分かったわ。その代わり、危険だと判断した場合は助けに入るから」
「ありがとうございます」
さぁ、お手並み拝見だ。
槍を持っているリザードマンを敵だと認識した瞬間、どこからともなく戦う勇気や絶対的自信が湧いてくる。
これがパッシブスキル【不屈の闘志】、戦いにおいて非常にありがたい存在だ。
相手はおそらく近接タイプ。
距離が近ければ【自動反撃】で倒せる可能性が高い。
「グガッ!」
案の定、リザードマンは距離を詰めてきた。
そして考えなしに槍で突いてくるが、全く問題ない。
《専用パッシブスキル:自動反撃を発動します》
脳に直接響くAI音声。
この声にもかなり慣れてきた。
「【正拳突き】」
俺の体はスキルの補助により、最小限の動きでその槍を躱わし、本気の一撃をぶち込む。
勢いのまま吹っ飛んだリザードマンは、空中でポリゴン状に姿を消した。
なんとか倒せた。
「海成くん、すごい! D級のモンスターだよ? よくそのステータスで倒せたね。しかも躱わし方だってそう。海成くん、君もしかして……」
紗夜さんは怪訝な顔をする。
まさか、俺が【隠蔽】でステータスを誤魔化しているのがバレたのか?
「もしかして海成くんって……運動神経いい方?」
「え、あ、そうです! これでも喧嘩は昔から強かったんですよ」
妙に間が空いたので、焦った。
とりあえず話題を変えねば。
「紗夜さん、早く先に進みましょっ! 今度は俺が先頭で行きますよっ!」
俺は彼女の気を逸らすため、ダンジョンを進み始めた。
まぁ多少前に進んでも今のリザードマンくらいなら倒せることが分かったし、問題はないだろう。
「あ、待って! ちゃんと周り見ながら進んでよ〜?」
俺が足を進めると、紗夜さんも焦って後をついてきた。
なんだか母親に心配される子供みたいだな。
「分かってますって! 前向いて歩きま……うわっ!」
なんて思っていると、言ってる傍から躓いたぞ。
恥ずかしい、大人にもなってこんな派手に転ぶとは。
「ちょっと海成くん大丈夫?」
「すみません、なんか何かに引っかかって。それに地面も濡れてて滑りやすくなってました」
俺は恥ずかしいので、急いで立ち上がった。
「滑りやすく……!?」
心配して俺に駆け寄る紗夜さんの動きが止まった。
そして俺の足元に視線をやる。
なんだ?
紗夜さんは俺が足を引っかけた物体を注視している。
たしかわりと大きなものだったような。
俺は視線を落とす。
そして目に映ったのは、四肢をもがれた人の胴体だった。
「うわぁぁっ!」
俺は驚きのあまり声を上げ、大きく後ずさり、壁へとぶつかった。
てことは今の濡れた足場って……血?
「海成くん、大丈夫?」
《転移石に触れました。ダンジョン内のどこかへランダムに転移します》
紗夜さんの声と重なって俺の脳内にはこういった音声が流れた。
待て、転移石なんて俺触ってない……いや、さっき壁にぶつかった時、背中になにか触れた気がするぞ。
それが……転移石だったってことか。
「紗夜さん、すみません。俺、転移石に当たっちゃったみたいで」
「えっ!? 海成く……」
紗夜さんの言葉を最後まで聞くことが出来ないまま、俺はこの場からどこかへ転移するのであった。