「まともなエルフがいない」
通学中、嘆くしかない私だった。なぜうちのアパートに住まうエルフは
ちなみに。日本ではアルーやミワ以外のエルフも生活している。なにせ現代日本は異世界との
特にエルフはその美貌とイメージから芸能関係で人気が高く、テレビでエルフを見ない日はないレベルで活躍していたりする。
エルフのテンプレとしては森を愛し、文明を嫌うものであるはずなのに、現代日本で暮らしたりテレビに出たりしてもいいのかなぁとは思うのだけど……。当のエルフからしてみれば異世界の人間より現代日本の人間の方が遥かにマシという認識らしい。知識とか常識という点で。
まぁミワの説明だからどこまで本当なのかは分からないし、個人的にはあっちの世界の人たちも好ましいのだけどね。
とにかく。現代日本にも数多くのエルフが暮らしていて、うちのクラスにもいるのだけど……。うん、やはりまともなエルフがいないんだよなぁ私の周りに。もはやそういう星の下に生まれてしまったのではないかと疑いたくなるほどだ。
今度お祓いに行ってみようかなと本気で検討していると、学校に到着した。
国立精華学園。
八年ほど前。異世界と繋がる
で、そんなダンジョンを攻略し、適度に魔物を間引き、
魔物の相手なんて自衛隊にやらせればいいのに、とは思うのだけど。魔物によっては銃が効きにくい種族もいるし、狭いダンジョンに戦車や大砲を持ち込むのは難しいし、なにより日本各地に存在するダンジョンを攻略するには人員が少なすぎるらしい。
なので魔物に対抗しやすい『スキル』をもった一般人を集め、『狩人』として育成するのがこの学園の目的だ。
異世界の魔法情報が流れ込んできた結果。地球人類の歴史で存在すら知られず無駄にされてきたスキルが分かるようになり、現在ではスキルこそが人生を決めると言っても過言ではないほどの状況になっていた。
優秀なスキルを持った人間なら20代でサラリーマンの生涯年収を超える稼ぎを得ることも可能ということで、狩人育成の専門学校である精華学園の倍率は高いらしい。
ちなみに私は狩人として生きていくつもりはない。この学園を選んだのだって家から一番近いうえ、狩人にならなくても
そんな私だからこそ狩人としての成績は下の下だし、運が悪ければ赤点&補習になってしまう程度の『一般人』だ。
ま、狩人にならないのだからそのくらいでいいのだと思う。
精華学園に通う生徒といえば『私はこのスキルで人々を守るんだ!』とか、『狩人になって大金持ちになってやるぜ!』とかの、良くも悪くもギラギラしている生徒ばかりだ。
その中に混じっている不真面目・やる気無し・成績不優秀な生徒。つまりは私。
そんな私にわざわざ関わるのはよほどの変わり者か、よほどの暇人か……まぁ、どちらにせよ変人の類いであるのは間違いないと思う。
そして。私のクラスにはその『変人』というか『変エルフ』がいるんだよなぁ。
自分のクラスの前で一旦立ち止まり、ため息をつく。
将来の安定収入のために頑張るぞと気合いを入れ直した私が教室のドアを開けて中に入ると――教室の片隅に、人だかりができていた。
まぁそれ自体は人気者の席付近だとありふれた光景だと思う。
問題は、私の席がその『人気者』の隣だということだ。今も誰かが私の席に座り、楽しげに談笑している。
普段その『人気者』は他の友達のところに行くことが多いのだけど……今日は珍しく自分の席にいるみたいだ。
「……座れそうにないなぁ」
学校ではあまり目立ちたくない私としては「ちょっとどいてくれない?」とは言い出しにくい。気心知れたアルーやミワ相手なら遠慮しないけど、赤の他人相手だと借りてきた猫のように大人しいのだ私は。
(しょうがない。図書室で時間を潰すか……)
と、私が踵を返そうとしたところで、
「――優菜!」
私の姿を見つけたらしい人気者――春日野ユリィさんが元気よく手を振ってきた。
美少女。
金髪。
とまぁ、なんとも目立つ子で、そんな子が親しげに手を振ってきているのだ。私に。
いやいや?
私たち下の名前で呼び合うほど仲良くなかったですよね? 会話だってそっちが一方的に振ってくるだけですよね? なんですかその親友を通り越して恋人を相手にするような態度は?
じろり、と。
春日野さんの周りにいたクラスメイトたちが私に
そんな空気に気づいているのかいないのか。たぶん気づいていないまま春日野さんが「ごめん、優菜の席を空けてくれるかな?」と口にした。
なんとも『王子様』っぽい口調だ。
私のために場所を空けることが気にくわなそうな人が何人かいたけど、自分たちが席を占領しているのを理解していたのか、あるいは春日野さんに言われたからか、さほど時間をおかずに私の席は空けられたのだった。
なんだか申し訳ない気持ちになりながら、着席。
(……うわぁ)
誰かが座っていた椅子は、生温かった。
あまり見ない顔だったので、たぶん別クラスの子だ。
なんかこう、見ず知らずの人が座っていた椅子の温もりって嫌な感じがするなぁ。いや私は潔癖症って訳じゃないし、なんならアルーやミワの汚れ物を洗濯する機会も多いのだけど。やはり『身内』と赤の他人はねぇ。
と、私が朝からげんなりしていると、
「優菜。おはよう」
めっちゃキラキラとした笑顔で挨拶してくる春日野さんだった。
なんというか、こう、王子様みたいな子だ。いや性別は女性なんだけどね? 女子校生とは思えないほど高身長だし、目つきも凜々しい感じなので『美少女』というよりは『イケメン』と表したくなってしまうのだ。髪の毛は長いのだけど、後ろで一つに纏めているので正面からはショートカットにも見えるし。
しかし、やはり目を引くのは横に長く伸びた耳。
アルーやミワとはまた違った感じのエルフ。
あぁいや、『春日野ユリィ』という名前が示すようにハーフエルフなんだっけ? 春日野さんから一方的に話を振ってくるだけで、こちらから何か質問することはなかったので、その辺は詳しくない私だった。
とにかく。普通の人だったら声を掛けられただけでドキドキしてしまうようなイケメン美少女だ。
でも、アルーやミワで良くも悪くも慣れている私は別に平気というか、「イケメンだなーそりゃ人気も出るかー」という感想で終わってしまう。
ついでに言えば「いくら顔が良くても、中身がアレの可能性もあるし……」と警戒しているのもある。
おっと、挨拶をされたのだから、挨拶し返さなきゃね。
「おはようございます、春日野さん」
「……春日野?」
にっこりと微笑みながら首をかしげる春日野さん。面倒くさいエルフを相手にする機会も多いので、「春日野じゃなくて、ユリィと呼んで?」という要求なのは何となく分かる。
でもなぁ、クラスメイトというだけでそれほど親しくはない人を名前呼びできるような陽気なキャラじゃないのだ私は。
「春日野さん、ですよね?」
「……クラスメイトで、せっかくお隣の席になれたのだから、気軽に『ユリィ』って呼んで欲しいな」
「…………」
うわぁ、という反応は顔に出ていなかった、はず。
さっきほどではないにしろ、春日野さんの周りにはまだ人がいる。周囲の人間たちから「ユリィさんからそう言ってもらえるなんて、羨ましい!」とか、「なんでこんなやつがユリィさんから名前呼びを許されるのよ!」みたいな視線を向けられる中、「いや無理です。友達でもないのに」と拒否できるほど神経図太くないのだ私は。
……なんだかここにいないはずのアルーとミワから「いや優菜は神経図太いわよ?」「そうですね」と突っ込まれた気がするけど、気のせいに決まっているので無視無視。
「……ユリィさん?」
「うん、優菜。せっかくお隣の席なのだから、これから仲良くしようね?」
「……そーですねー」
周りからの羨望や嫉妬の視線を向けられて、「勘弁してくれよ……」と思ってしまう私だった。今までも何かと接触を図られたけど、なんか今日はいつにも増して積極的じゃない? 気のせい?