精華学園の授業としては、午前中は一般的な学校と変わらない座学。そして午後からは『狩人』として必要な知識を詰め込む時間となっている。なので形態としては専門学校が近いと思う。
一年生の時はダンジョンと魔物についての知識を叩き込まれ、少しでも生存率を上げるよう最大限の努力をさせられてきた。……まぁ、私にとっては無駄な時間なのだけどね。そもそも狩人になる予定もないし。それに――
「――明日からいよいよ実地訓練だね」
予鈴が鳴って先生がやって来るまでの僅かな時間。ざわめくクラスの中、相変わらず王子様っぽい口調で隣席のユリィさんが話しかけてきた。
「そうですね」
一年生の時の授業を元に、二年生からは本格的な実地訓練が始まるのだ。具体的に言えば初心者用のダンジョンに潜り、実戦で様々なことを学ぶことになる。
明日から実地訓練開始で、今日はその前準備。クラスの中のざわめきがいつもより多い気がするのはそれも一因なのだと思う。
「優菜、なんだかやる気なさそうだね?」
「私、狩人になる予定はないので。実地訓練も留年しない程度の成績を残せればいいですし」
「狩人にならないのに、この学園に来たんだ?」
「…………」
ともすれば批判にも聞こえそうなユリィさんの発言。でも、彼女の顔と声で口にされると不思議と嫌な感じはしなかった。……本人にも批判するつもりがないから、それが言動の節々に現れているのかもしれないね。
この学園に来た理由。
友達でもない相手に説明する義理は無いと思う。
でも、ここで黙ってしまうのも空気を悪くしちゃうよね。
「はい。この学園は家から近いですし、狩人関連の就職先に困らないと聞きましたので」
「あぁ、国家保安省とか?」
「そうですね。『
普通は官僚になるなら凄い大学を出ていた方がいいのだろうけど、国家保安省は特殊な知識が必要だからね。そういう人材が求められているらしいのだ。アルーによると。
「なるほどねぇ……。うんうん、前線で戦う狩人だけじゃなく、後ろでサポートしてくれる人たちも大切だものね。感謝感謝」
ありがたや、とばかりに手を合わせて拝んでくるユリィさんだった。意外と愉快な人なのかもしれない。
(凄いスキルを持っているって話なのにねぇ……)
ユリィさんのことに興味がない私でも知っている。それほどまでに強力なスキルなのだ。
そのスキルの名前は、『自己攻撃力上昇・S』
それぞれのスキルにはSからEまでランク分けがされていて、もちろんEが最低、Sが一番強力なスキルとなっている。
とはいえ、スキル自体にそんな名前が付いているわけではなく、効果を測定して後付けで区分しているだけなのだけど。攻撃力の上昇値が10までならE、みたいな感じに。
で。
今までSというスキル威力は存在しなかったのだけど、ユリィさんの持っているスキルが強力すぎたため、こうして新しくSという区分が生まれたそうなのだ。
その威力は、かつて異世界を救った『勇者』の攻撃力に匹敵するのだとか。
まぁ私はユリィさんのスキル攻撃を見たことがないのでほんとかどうかは知らないけれど。
ともかく。人類最強と評価されたスキルを持つユリィさんは狩人としての大成が約束されており、いろいろな狩人パーティから勧誘されているのだという。
そんな将来有望なユリィさんが、こんな不真面目な私に飽きることなく話しかけてくる。何とも不思議な状況だった。実は私からはエルフを引き付けるフェロモンが発せられていると言われても信じられそうなほど。
ちなみに私のスキルは『自己防御力上昇・B』だ。Bはかなり強力なスキルなのだけど、自己防御力上昇系は自分しか守れず、攻撃力は並みだからパーティー単位での戦闘に貢献できないので軽視されがちだ。つまりは可もなく不可もなく。まぁこんなものだと思う。
いや自分を犠牲にしてパーティーを守る『
そんなことを考えていると担任の先生が教室に入ってきた。
いつもならホームルームのあとに座学が始まるのだけど、今日は特別。明日からの実地訓練に向けての各種準備が行われるのだ。
「――いいか。撤退の判断ができる者こそが『勇者』だ。何も考えずに前へ前へと進むだけなら誰にでもできる。自分の未熟さを認め、明日のための撤退こそが勇気ある選択なのだと、よく覚えておいてくれ」
もはや担任の口癖とも言える注意喚起。狩人育成のための学園だからね、自分が育てた生徒がダンジョンで――という経験があるのかもしれない。
ま、私は最低限の成績を収められればいいので、担任の先生が心配するような事態は起こらないけどね。
最低限の成績。
ダンジョンから生きて帰ること。
つまり、極論すれば、最初の階層でお昼寝をして時間を潰すだけでも合格点はもらえるのだ。もちろん赤点ギリギリとはなってしまうけど。不真面目な私には丁度いいと思う。就職活動で必要なのは筆記と面接だし。
「……優菜はダンジョン攻略に興味ない感じ?」
小さな声でユリィが尋ねてくる。
「そうですね。官僚になるのに武勇伝は必要ないですから」
文官になるのに狩人としての腕は関係なし。考えるまでもなく当然のことだ。……いや、狩人に直接対応する窓口の人間は腕っ節が強くないといけないとは聞いたことはあるけどね。私には関係ないはずだ。たぶん。
「いいねぇ。そういう割り切っている子は好きだよボク」
「あ、はぁ? ありがとうございます?」
いきなり告白されてしまった。いやいやいくらなんでも告白じゃないか。なんかこう隣に住むポンコツエルフたちのせいでこっちまで頭ピンク色になってしまったような気がする。訴訟。