「――今日は
「あ、はぁ……」
なにやら壮絶な顔をしながらアルーは出勤していった。たぶんまたアホなことを考えているんだろうけど、上司は打ち倒すものでは無いと思う。
(ま、あの人なら逆に返り討ちにするかな)
特に心配することもないので、いつも通りお弁当を持ってミワの部屋へ。
「――どこをどう計算しても間に合いませんわぁ……」
また徹夜したらしいミワが、机の上に両肘を付いて頭を抱えていた。
そんなことをしている暇があれば手を動かせばいいのに、というツッコミはたぶんしちゃいけないのだと思う。
下手に声を掛けたら軟禁されてお手伝いさせられそうだなと感じた私は、妖精さんにお弁当を任せてさっさと学校へ行くことにした。
本当に困っているなら手伝ってあげたいけど、あの絶望の仕方はまだ余裕がある方の絶望だからね。たぶん大丈夫じゃないかな。
(それに、今日はダンジョンでの実地研修があるし)
自分一人ならサボることも考えるけど、他にも
◇
教室に入ると、珍しくユリィさんの周りに人が少なかった。さすがに今日はそれぞれパーティーメンバーとの打ち合わせを優先しているらしい。
「優菜、おはよう」
「おはようございます、ユリィさん」
「う~ん、まだ硬いなぁ。もっと気軽な口調でいいんだよ? なにせパーティーメンバーになったのだからね」
「むしろ敬語が一番気軽なんですけどね。それほど親しくない人とも気兼ねなく会話できますし」
「親しくない……。いや、これからはパーティーメンバーなのだから、これからこれから……」
なにやら小声でブツブツと呟くユリィさんだった。なんかアルーやミワと同じ雰囲気が漂っている気がする。こわい。
そんなこんなで授業時間に。
担任からの『撤退できる者こそ勇者』というお話も今日は一層熱が入っていた気がする。
ありがたいお言葉のあとは校舎の外へ出て、中庭へ。
この学園の校舎はたぶんめずらしい配置をしていて、四階建ての校舎が四角を描くように建てられている。
そしてそんな四角の中心。全校生徒が余裕で集合できるほど広い中庭にあるのが『ダンジョン』だ。
初心者向けの、強力な魔物なんて一匹も出てこないEランクダンジョン。
むしろこういう『教育に適した』ダンジョンを取り囲むようにして国立精華学園は建てられたらしいのだ。
嘘かほんとか、万が一
そう考えてみると、中庭に面した窓は異様に少なく、小さいので、ほんとにそういう『要塞』としての活用を考えているのかもしれない。
そんな校舎に囲まれたダンジョンの見た目は、小さな岩山と、小さな洞窟といったところ。……いや岩山というより丘と表現した方がいいかな? 子供が遊ぶのにちょうど良さそうな高さだ。
でもまぁ、ダンジョン特有の禍々しい雰囲気が発せられているので、ここで子供を遊ばせるような親はいないと思うけど。
そんなことを考えていると、実地研修前に先生から最後の説明があった。
「お前たちに渡した魔導具を使えば、周囲の人間や各所に配置されている教師に緊急連絡が行くようになっている。いくらEランクダンジョンとはいえ、魔物が出る以上は万が一のことがあることを忘れないように」
それはそうだ。
このダンジョンは徹底的に管理されているからあり得ないとは思うけど、長生きした魔物がレベルを上げ、進化を繰り返してEランクダンジョンではあり得ない魔物になっている可能性も否定できない。
ま、『危険な可能性がある』という理由でダンジョンに入るのを止めていては狩人なんて務まらないんだけどね。むしろ嬉々として魔物狩りに挑むのが狩人という人種だ。
「もちろんイタズラで起動した場合は厳罰だからな。退学もあり得るから覚悟しておけ。――では、生きて帰るように」
どこか泣きそうな顔をした先生の言葉と共に、実地訓練は開始された。
◇
先生が装備の最終チェックをしてから、パーティーメンバーと共にダンジョンに入る。というのが今日の流れだ。
なにやら騒いでいる人がいるので忘れ物をしたのかもしれないね。
ちなみに、私のパーティーメンバーであるユリィさんはいかにも『冒険者の剣士』って感じの格好をしている。
金属の鎧を身につけているけど、覆っているのは肘から先と、膝から下、そして胸部のみ。その金属鎧にしても動きを阻害しないためか最低限の面積しかない。
胸の鎧は急所を守るため。
腕と足の鎧は魔物の攻撃を防ぐ盾であり、いざというときは殴ったり蹴ったりすることもできるのだと思う。
必要最低限の鎧。
とはいえ、鎧は鎧。普通だったらかなり動きが鈍くなると思う。
でも、この学園に通う人のほとんどは
あれはたぶん
私も自己防御力上昇スキルがあるのでああいう
それはともかく。
そんなユリィさんの武器は剣。異世界の騎士が使うような両手剣と、サブウェポンであろう短刀を腰から下げている。何とも物騒なことだ。
そんなやる気満々なユリィさんが疑わしそうな目を私に向けてきた。
「優菜は……それでいいの? まさか
ユリィさんが私の頭の天辺から足の先までジロジロと見てきたので、改めて自分の姿を確認。
優菜ちゃんの装備。
いつもの制服と、いつもの靴。もちろん学校指定品。
以上。
「優菜……せめて革の鎧とか、片手剣とか……」
「え? 嫌ですよ重いじゃないですか」
「……優菜も
「使ったとしても、重いものは重いですし、蒸し暑いものは蒸し暑いですもの。ユリィさんが全身鎧じゃなくて軽装鎧を使っているようなものですよ」
「いや違う。絶対違う。むしろ一緒にしないで欲しい……」
はぁあぁあ、っと。ため息をつくユリィさんだった。
「そういうユリィさんこそ。そんな鎧を着ていてはお昼寝しづらいですよ?」
「本気でお昼寝するつもりなのかぁ……。いやでもダンジョンに入るのだからさぁ。もうちょっと最低限の武装を……」
「――次」
ユリィさんのお説教が始まりそうなタイミングで先生から呼ばれたので、ダンジョンの入り口まで移動。
「……お前はまた……」
呆れた目で私を見てきたのは、昔なじみの美人司書であるファルさんだ。いやなんでファルさんが?
「ファルさん――先生って司書ですよね? なんでこんなところに?」
「あん? そりゃ人手不足だからだよ。一学年全員の装備をチェックしてからダンジョンに送り込むんだから当たり前だろうが」
「まぁ、言われてみればそれもそうですけど」
司書の先生まで動員するのか……。この学園、実は人材不足だったり?
……いやまぁファルさんの
「まぁいいさ。優菜と、ユリィだったな? ダンジョン内での行動計画に問題はなし」
ファルさんが確認しているのはたぶん昨日のうちに提出した書類だ。今回の実地研修における目標と、そのために必要になるであろう行動が事細かに記されている。
いや私たちの場合は『一番浅い階層で素材回収(という名のお昼寝)』なのだけどね。
「よし、入っていいぞ。やり過ぎるなよ?」
親指でダンジョン入り口を指差すファルさんだった。
「い、いやいや先生、いいんですか!? 優菜はこんな軽装というか、装備すらしてませんけど!?」
せっかく許可が下りたというのに異議を唱えるユリィさんだった。
対するファルさんはなんだか面倒くさそう。
「問題ねぇさ。どうせ優菜はテキトーなところでお昼寝をするつもりなんだろう?」
よくご存じで。
「わ、私もそうだとは聞いてますけど……いくらなんでもダンジョンに入るのだからこんな軽装は……」
「問題ねぇさ。――いざというときはお前さんが守ってやれって」
にやり、と。
何とも意味深な笑みを浮かべるファルさんだった。