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第11話 閑話 春日野ユリィ その2


 ダンジョンとは不思議なもので、階層が深くなればなるほど――つまりは、地下に潜って行けば行くほど強力な魔物が登場するようにできている。


 理屈としては強力な魔物から逃れてきた弱い魔物が地上付近に追いやられている、というものらしい。


 それならば強力な魔物が弱い魔物を餌とするために浅い階層にやって来てもいいものなのに、とユリィは思うのだが……不思議なことに、本当に不思議なことに、階層によって出てくる魔物は決まっているとされている。


「どういうことだと思う?」


 入り口からダンジョン内部に繋がる廊下を歩きながら、雑談としてそんな話題を優菜に振ったユリィだ。


 別に本気で気になっているわけではないし、衝撃的な真実が返ってくることを期待しているわけでもない。ただの暇つぶしを兼ねた雑談でしかなかった。


 雑談だった、はずなのだが……。


「――そういう『設定』だからですよ」


「……設定?」


「はい。やはり最初から強い魔物が出てきたら、弱い人間は寄ってきませんからね。最初は弱い魔物だけを出して、油断したところをパクッと・・・・した方がいいのです。経験豊富な冒険者・・・はあまり油断をしませんし」


「……冒険者?」


 それは、異世界での狩人のような職業だったはずだ。むしろ冒険者という制度をこちらの世界に当てはめたのが狩人であると言える。


 しかし。

 その口ぶりでは、まるで、本物の冒険者を・・・・・・・知っている・・・・・ようではないか?


 しかし、それはあり得ない。この世界とあちらの世界の行き来は厳しく制限されているのだから。国家保安省に知り合いが勤めていようが、それは変わらない。


「優菜って一体――」


 何者なの?

 そんな疑問は、優菜の声によって遮られてしまった。


「おー」


 なんだかあまり勘当している風ではないが、それでも感動しているのだと思う。


「へぇっ!」


 ユリィも思わず感嘆の声を上げてしまう。


 ダンジョンとは、洞窟。あるいは地下。

 しかしながら、目の前に広がるのはどこまでも続いていそうな青い空と、地平線が見えるほどに広大な草原だった。


 ユリィもすでに冒険者として活動しているのでいくつかのダンジョンに潜ったことがあるが……そのほとんどは洞窟型であり、このように広々としたフィールド型は初めてだったのだ。


「これは気持ちよくお昼寝できそうですね」


「……あ、やっぱりお昼寝するんだね?」


「成績が気になるなら、魔物狩りをお手伝いしますよ?」


「…………」


 優菜との魔物狩り。親睦を深めると考えれば願ったり叶ったりなのだが……今の優菜の装備は軽装にすぎる。というか装備すらしていない。いくらなんでも制服と学生靴の少女に戦闘を期待する方が間違っている。


(いや、自己防御力強化Bなのだから防具なしでも……いやいやいや)


 大丈夫かも、と考えてしまったユリィは何度も首を横に振った。いくら何でもそれは。あまりにも鬼畜すぎるし、気になってこっちが戦闘に集中できない。


 と、ユリィは優菜の心配をしているというのに、


「では、お昼寝しましょうか」


 何もない空間に手を突っ込んで、ブルーシートを取り出す優菜。


 いやいやいや、っと。本日何度目かも分からないツッコミをするユリィ。


「ゆ、優菜!? 空間収納ストレージを持ってるの!?」


 空間収納ストレージ


 何もないはずの空間に物品を収納できるスキル。と、口で説明すれば簡単になってしまうが、こと冒険者にとっては垂涎もののスキルだ。


 なにせ空間収納ストレージがあれば重い荷物を持ち運ばなくていいし、戦闘時に荷物のことを気にしなくとも良くなる。


 ダンジョンに潜るなら重さに耐えて大量の水と携帯食料を持参するか、あるいは討伐した魔物を食べて食料にする必要があるが、空間収納ストレージ持ちならそんな心配がいらなくなるのだ。


 ある意味、実用性で言えば攻撃時にパーティーメンバーを巻き込みかねない『自己攻撃力上昇S』よりも求められるかもしれない。それが空間収納ストレージというスキルなのだ。


 だがおかしい。

 優菜がそんなスキルを持っていれば大騒ぎになっていたはずだ。そもそもこの学園に入学するときには鑑定士がスキルの鑑定をして、保有スキルを確認されるものなのに……。


「…………」


 やべっ、という顔をする優菜。どうやら彼女にしても無自覚に使っていたらしい。

 ……ということは、隠しているという自覚はあったわけだ。


「いやいや、待って。なんでそんな貴重なスキルを持っているって知られてないの!?」


「それは、まぁ、黙ってましたし? 騒がれるの、嫌いですし」


「黙っていたからって……入学式の時の『鑑定』は? 保持スキルが全部分かるはずだよね?」


「なんか通過できましたし、鑑定士の調子が悪かったのでは?」


「そんなはず、ないだろう?」


 ジトッとした目を向けるユリィ。


「――優菜は、何を隠しているんだい?」


 スキルの話、ではない。

 以前から薄々感じていた、優菜の隠し事。

 それを、今、ユリィは問い詰めているのだ。


「う~ん……」


 最初は困ったように笑って誤魔化そうとしていた優菜だったが、追求を止める様子がないのを察したのか小さくため息をついた。


 そして。真面目な目でユリィを見つめてくる。


 あの瞳だ。


 まるでルビーのように赤く煌めく、吸い込まれてしまいそうな。魅力的というか蠱惑的な瞳が、ユリィの姿を捉える。


「――それを知ったら、戻れなくなりますよ?」


 平坦な。

 何の感情も込められていない声。ただの事実を口にするとき、人とはこんなにも無感情な声を発するものなのだろうか?


「戻れなくなるとは、どこに?」


「そうですねぇ。平和な日常とか、平穏な学園生活とか? ――あるいは、私とユリィさんの関係とかですかね?」


「――――」


 一体何を隠しているのか。

 平穏な生活や、優菜との関係が戻れなくなるとは。何を意味しているのか。


 知るべきではない。と、本能が警告を発している。


 知りたいと、心が叫んでいる。


 そして。

 ユリィは。

 その言葉を発しようとして――


「――ん?」


 優菜が、不意に視線を横に動かした。


 ハァッ、と。知らず知らずのうちに止めていた息を吐き出すユリィ。どうやまたあの赤い瞳に心奪われていたようだ。


「ど、どうしたのかな?」


「……いえ。私って昔から人の気配に敏感で」


「人の気配?」


「――なぁんか、誰かから見られているなぁ、とですね」


「誰かから?」


 人の気配が分かるってどういうことだい? というツッコミは一旦脇に置いておいたユリィだ。

 なぜなら、自分が悪いかもしれないからだ。


「ボクのせいかもしれないね」


「ユリィさんの?」


「うん。ボクとパーティーを組んだ優菜のことが気になって、あとを付いてきた人がいるかもしれない」


「あー」


「……最悪の場合、邪魔な優菜を排除しようとするかも」


 可能性はゼロではない。

 まぁ、学園に通う生徒くらいなら、たとえ束になって襲いかかってきても負けることはないだろうが。


「排除って。いくらなんでもそれはないのでは?」


「――大丈夫。優菜はボクが守るよ」


「いや格好付けているところ恐縮ですが。否定してくれません? というかそんな可能性を知りながら私とパーティー組んだんですか?」


「いやぁ、それは……あのときはそれどころじゃなかったというか」


「……あー」


 ものすごい勢いで勧誘されていたからしょうがないかと納得した優菜だった。

 ちなみに実際のところは「優菜と仲良くなるチャンス! 逃してなるものか!」だったのだが。まぁどちらにしてもユリィに悪気はなかったのだ。


 優菜が人の気配を感じたという視線の先をユリィも見るが……誰もいない。


(もしかして、魔法で姿を消している?)


 だとすれば、かなり高位の魔術師だろう。


 元々この世界に魔法はなく、優秀な魔法使いの『血』を残してくるようなこともしてこなかった。だからこそこの世界に魔術師はほとんどいないし、いるとしても大部分が異世界からの移住者だ。


 そして。精華学園には、姿を消せるほど魔術に長けた生徒はいなかったはず。


 つまりは外部の人間である可能性が高い。

 学園の敷地内に侵入するだけで不審者確定だというのに、そのうえダンジョンの中にまで……。ユリィが警戒度を二段階ほど引き上げ、腰に下げた剣を抜いたところで――


「あ、待ってください。私の身内みたいです」


 優菜がそんな声を上げ、『パチン』と指を鳴らすと――何かがはじける音と共に、二人の女性が現れた・・・・・・・・・


 まさしく『絶世』としか表現できない美人。それが二人も。


 しかも、一人はエルフで、もう一人はダークエルフだ。


 いくら現代日本にエルフが進出してきているとはいえ、まだまだ数は少ない。だというのにエルフとダークエルフが一緒に学園内のダンジョンにいるなど……一体どんな状況なのだと首をかしげるしかないユリィだった。


 そんな彼女の様子に気づいているのかいないのか。心底呆れ果てた様子で優菜が口を開いた。


「アルー、ミワ。こんなところで何しているの?」



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