私の目の前には、仕事中であるはずの残念エルフが二人。
なんで学校にいるのか。
なんで校内のダンジョンにいるのか。
というか思いっきり不法侵入じゃん……。まぁこの二人が捕まる光景なんて想像できないけど……。
私が心底呆れ果てていると、残念な二人――アルーとミワはお互いを罵り始めた。
「なんでミワがここにいるのよ!? 締め切りはどうしたのよ!?」
「風邪引いたということにして締め切り伸ばしてもらったんですよ! そっちこそ仕事はどうしたのですか!?」
「上司を脅して――じゃなかった、平和的に交渉して半休もらったわよ!」
「クビになってしまえ!」
「打ち切りになってしまえ!」
いがみ合う美人エルフ二人だった。言葉だけならまだしもお互いの頬を引っ張り合っている。これはひどい。
学校に不法侵入したあげく、こっちを放置してケンカするとか……。
「――正座」
私が静かに伝えると、アルーとミワは反射的に正座した。
「――で?」
私が一言問いかけると、二人は冷や汗をだくだく流しながら弁明を始めた。
「だ、だって気になるじゃない!」
「そ、そうですよ! また優菜さんが女を落として! しかもまたエルフ! どうなっているんですか一体!?」
「どうなっているんですか、はこっちの話だよ……まったくもう……」
なぜ女を落としたという話になるのか。というか「また」ってなんだ「また」って。そんな私がエルフばかり狙っているような物言いは控えていただきたい。少なくともファルさんは私に興味なさげだし。
まぁ、この二人がポンコツなのはいつものこととして。
私はまだまともなエルフ・ユリィさんに向き直った。もしかしたらエルフの血が薄い方が常識人になるのかもしれないと考えながら。
「ごめんなさい、ちょっとアホがアホなことをしちゃったみたいで」
「あ、あほ……。え、えぇっと、こちらの方々は?」
「残念エルフのアルーと、残念ダークエルフのミワです」
「残念……。ど、どのようなご関係で?」
ユリィさんが至極当然の問いかけをして、
「恋人よ!」
「運命の相手です!」
アホ2人が場を弁えないアホなことをほざいていた。
「
「あ、アパートの管理人……? 優菜が……?」
あれそこに驚くんだ? あぁでもよく考えたら『女子校生が管理人』というのも珍しいかもね。なぁんか周りが突拍子もない人や物事ばかりだからその辺の感覚が鈍っているけど。
管理人について詳しく話すと「親から遺産相続して――」ということを説明しなくちゃならない。それはさすがに話が重くなりすぎるので、管理人
まずは二人が不審者じゃないと証明しておこうかな。……いや言動は完全に不審者なんだけどね。
「ごほん。ユリィさん。こっちのエルフはアルー。国家保安省の
「げ、
「ただのコネ就職です」
「こ、コネ……」
「違うわよ! 実力! 実力ですぅ! 勇者パーティーの魔法使いに選ばれるほどの超☆天☆才! だからこそ就職できたのよ!」
アルーが猛抗議していたけど、一旦置いておくとして。次はミワの紹介だ。
「こちら、ダークエルフのミワ。漫画家をやっています。……え~っと、ペンネームは何だっけ?」
「いい加減覚えてくださいよぉ。『ユー・ナスキー』です。代表作は『私とあの子の三角関係』で」
「それ! 今度アニメ化する!?」
ユリィさんが驚愕の声を上げていた。なんか有名人らしい。中身はこんな感じなのに。
二人の紹介が終わったので、そのままの流れで今度はユリィさんの紹介だ。
「こちら、隣の席の春日野ユリィさん。昨日話したとおりパーティーを組むことになったから」
「……ほう」
「この女が……」
なんか据わった目でユリィさんを見つめるというか睨み付けるアルーとミワだった。
「かなりの美少女じゃない……。さすが優菜好みね」
私が美女や美少女ばかり狙っているみたいな物言い、やめてくれない?
「性格はまだ分かりませんが……。優菜さんが拒否反応を示さないのですから、善人なのでしょうね」
私ってそんな直感で生きている系の評価なの?
「ひ、ひぇええぇえ……」
所在なさげに視線を漂わせるユリィさんだった。分かる。美人二人から迫られると怖いよね。
「はいはい、年下を怖がらせないの」
二人の脳天にかるーく空手チョップをしておく私だった。
「ぬぐぉおおぉお!?」
「ぐぬぅうううぅ!?」
美人らしからぬ呻き声を上げながら地面を転がるアルーとミワ。まるで頭上にコンクリートブロックが落ちてきたかのような反応。相変わらず大げさだなぁ。
「こ、この馬鹿力……」
「無自覚ゴリラ……」
「あ゛?」
「い、いや、」
「な、なんでもありませんわ。おほほほほっ」
頬を引きつらせながら肩を組むアルーとミワだった。
◇
「ま、いいや。お昼寝しましょうか」
私がそう提案すると、ユリィさんが驚愕の声を上げた。
「こ、この流れでお昼寝を!?」
「? 何か変でしたか?」
「変でしたか、って……」
なぜだか唖然とするユリィさんの両肩を、アルーとミワがポンッと叩く。
「諦めた方がいいわよ」
「優菜さんは神経図太いですから」
失礼な。こんな繊細な少女を捕まえて。
「あー……」
なぜか納得の声を上げるユリィさんだった。解せぬ。
なにやらユリィさんから誤解されているようだけど、パーティーメンバーとして過ごしていくうちにその誤解も解けていくことでしょう。
というわけで、私はさっそく地面にブルーシートを広げ、その上に寝っ転がったのだった。
「おー」
元々が草原なので感触は柔らかめ。視界に広がるのは真っ青な空と、白い雲。ダンジョンの中だというのに柔風まで吹いている。
続いて私の両隣に寝っ転がるアルーとミワ。
「あー、いいわぁ。たまにはのんびりするのもいいわねぇ。コンクリートジャングルですさんだ心が癒やされるわぁ」
「久しぶりに日光を浴びると気持ちいいですねぇ。いえしょせんはダンジョンが作り出した偽物ですが」
なんだかいつもの雰囲気が漂ってきたね。
「……うわぁ、本気でお昼寝する気だ……。ダンジョンの中なのに……」
生真面目なユリィさんはまだちょっと不安なようだ。
「大丈夫ですよ。ダンジョンの初層なんて素材収集をさせるための場所で、魔物なんて滅多に出てきませんから」
「いや出てくるのなら警戒しなきゃいけないと思うんだけど?」
「まっじめ~」
自己攻撃力上昇・Sなんていう凄いスキルを持っているのだから吹き飛ばしてしまえばいいのにとは思うけど、まぁ魔物の襲来を警戒しながらではゆっくり昼寝もできないという気持ちも分かる。
というわけで。私は空間収納から昔使っていた魔導具を取り出したのだった。
「はい、じゃあ魔物避けの魔導具を使いましょうか」
「……魔物避け?」
「えぇ。さすがに強力な魔物は無理ですけど、そういうのが近づいて来たら気配で分かりますからね」
「……魔物避けの魔導具なんて、そんな高価で貴重なもの、なんで高校生が持ってるの?」
「貴重なんですか? もらい物なので値段は知らないんですけど」
「もらい物……。それにしたって、授業でも魔導具の相場は習ったじゃないか……」
「授業はほとんど聞いていませんので」
「それはまぁ隣の席だからなんとなく分かってるけど……それにしてもさぁ……」
疲れたようにため息をつくユリィさんの肩を、ポンコツ二人が再び叩く。
「諦めた方がいいわよ?」
「振り回されて疲れるだけですからね」
いつも私を振り回している二人がそんな寝言を言っていた。