まぁ変なところで感動しているユリィさんは一旦放置して、と。
「え~っと、ユリィさんの……お母さん? ですか?」
父か母か。
ちょっと分からないので恐る恐るそう問いかけた私だった。
「気軽に『ユニー』と呼んでくれていいのよ?」
性別に対する言及はなし。つまりスルーしろってことかな?
「あ、はい。じゃあユニーさん。今日は防具を買いに来たんですけど」
「防具を? その制服ってことは精華学園の生徒よね? ――ダンジョンで防具が壊れちゃったとか? それなら防具自体のランクを一つか二つ上げた方がいいわね」
キリッと。
いきなり真面目な雰囲気になるユニーさんだった。なんというか、職人っぽい目つきだ。
「いえ、ユリィさんから防具の一つでも持っておいた方がいいとオススメされまして」
「……精華学園の生徒なのに、防具も持っていなかったの?」
「必要なかったので」
「――ダンジョンを舐めているの?」
「別に舐めてはいないんですけどね」
ちょっと一触即発の雰囲気になる私とユニーさん。正確に言えばユニーさんが馬鹿な小娘に怒っているという感じかな?
なるほど偏屈というか、自分の仕事に誇りを持っている感じがする。見た目の奇抜さに騙されちゃいけないってことか。
と、私としてはむしろ好感度が上がったのだけど。端から見ていたユリィさんはヤバい雰囲気だと判断したらしい。
「ゆ、優菜は『自己防御力上昇・B』というスキルを持っているんだよ!」
少し慌てた様子で仲介に入ってくれるユリィさん。
「あら、Bとは珍しいわね? でも狩人として活動するならスキルに頼りすぎるのも……」
「あと! 優菜は将来狩人になるつもりはなくて! 国家保安省に入る予定なんだよ!」
「国家保安省に? ……なるほど、あそこに入るなら精華学園に通っていた方が有利と聞くわね。若いのにちゃんと考えているじゃない」
ユニーさんからの評価が『命知らずの馬鹿』から『ちゃんと将来を見据えた若者』に訂正されたようだ。よかったよかった。
「優菜ちゃん、ごめんなさいね? 勘違いしちゃったみたい」
「いえ、舐めた態度だとは自分でも分かっていますので」
「ふふ、優しい子ね? ……狩人としての成績は重視してないからダンジョンに深入りするつもりはなかったけど、それを見かねたユリィちゃんに防具くらい買いなさいと諭されたってところ?」
「はい、そんなところです。私としては初層でお昼寝して過ごすつもりだったので必要ないと思っていたんですけどね」
「……ふふっ、お昼寝。そこまで行くと剛胆な子ねぇ。まぁでも初層とはいえ魔物が出てくる可能性はあるのだから、防具くらいは持っておいた方がいいわよ?」
「はぁい」
「うんうん、おねーさん素直な子は好きよ? ……そうね、狩人として行動しないなら最低限の防具でいいとして……予算はどれくらい?」
「そうですねぇ。こういうものの相場って分からないんですけど、10万円で足りますか?」
「……まぁ、狩人でもない学生なら頑張っている方よね」
言外に「足りないわねぇ」と言われてしまった。まぁお金はあるので追加はできなくもないけど、授業のときにしか使わないものだからなぁ。なるべく安く済ませたいところ。
「ちょっと待っててね」
一旦店の奥に引っ込んだユニーさんが、使い古した感じの皮鎧を持ってきた。10万円じゃ新品は厳しいから中古品を、ってことかな?
「まずはこの鎧を着てみて? スタンダードな形だから、これを基準にしてサイズを決めていきましょう」
「あ、はい」
皮鎧を渡されたので着るべきなのだろうけど……どうやって着るんだろう? こういう鎧を使ったことはないからなぁ。Tシャツみたいに上から被ればいいのかな? とりあえず制服の上着を脱いで~っと。
「はいはい、ちょっと貸して」
防具素人な私を見かねたユリィさんが鎧を手にし、着けるのを手伝ってくれた。
使い古した皮のニオイが鼻腔を突き抜ける。ハッキリ言えばちょっとクサい。
「へぇ……」
ニオイはともかく、思っていたよりは重くない感じ。それに意外と動きやすいかも。
「サイズ的には問題なさそうね。あとは細部を詰めていきましょうか。ちょっと動いてみてくれる?」
そう言いながらユニーさんが渡してきたのは両手剣。刃は潰してあるけど、重さからして本物だ。
お店の中心部はこういうときに使うためか広めのスペースになっているので、そこで剣を振ってみる。あまり本気でやっては危ないので、軽め軽めに。
「――へぇ?」
おもしろい、みたいな声を上げるユニーさん。プロから見るとやはりおかしかっただろうか?
「しっかりとした体幹……。ちゃんと鍛えているみたいね?」
「えぇまぁ、魔物から身を守れるくらいには」
現代日本でも魔物に遭遇する可能性はあるからね。ダンジョンの中はもちろん、ダンジョンの外に出てきた魔物とか、突発的な空間の裂け目から出てきた魔物などに。
「そう。……優菜ちゃん、剣は持ってる? 無いなら良い剣を準備するわよ?」
「いやぁ、さすがにそこまでは。予算オーバーですね」
「……まぁ、しょうがないわね」
ちょっと残念そうな顔をするユニーさんだった。装備屋としての血が騒いだのかな?
「優菜って剣を振れるんだねぇ」
と、変なところに感心するユリィさんだった。
「そりゃ振れるでしょう。8年前ならとにかく」
「あぁ、それもそうだよね。異世界と繋がってから、最低限身を守れる術は必要になったからねぇ」
私たちの世代は小学生まで『魔物がいない日本』を経験しているはず。そのせいかどこか懐かしげな顔をするユリィさんだった。