「あの人、また来たのか……」
なんとも『王子様』っぽくないドロドロとした声だった。
「また?」
「うん、よく知らないけど、お母さんを狙っている女性がいるみたいなんだ」
ユリィさんはユニーさんのことを『お母さん』と呼んでいるらしい。つまり実際の性別はとにかく、家族からは女性として扱われていると。
「…………」
ユリィさんが立ち上がり、この部屋とお店を繋ぐドアに近づいていく。
覗き見する気なのかな?
いくら家族のこととはいえ、やめた方がいいんじゃないかなぁとは思うのだけど……。親の恋愛が気になる子供の気持ちも何となく分かるので、止めることなく後に続いてしまう私だった。
一応、気配遮断の魔法を発動。
ユリィさんがそーっと扉を開けると、お店での二人のやり取りが漏れ聞こえてきた。
「――私なら、ユニーを一人にはしない」
おぉ、口説き文句かな? 出会ったばかりとはいえ
……いや、というよりも?
改めて聞いてみると、この声、なんか聞き覚えがあるなぁ?
さすがに覗き見はしないでおこうとした私だけど、知り合いかもしれないとなるとそうもいかない。まさかと思いつつ、ドアの隙間からお店の中を見ると――店内には二人のエルフがいた。
一人はもちろんユニーさん。
そして、ユニーさんとカウンターを挟んで向かい合っているのが……聞き覚えがある声の主。私の知り合いというか、未成年後見人で、さらには養子にならないかと誘ってくれている人だった。
ララートさん。
私の両親とは親友だったのだという。
綺麗な金髪はカッチリと後ろでまとめ上げられ。縁なし眼鏡の奥にはどこか怜悧な瞳が光っている。
きっちりとアイロンのかけられたレディスーツも相まって、まさに『パーフェクト・キャリアウーマン』といった雰囲気の女性だった。よくアルーが『パーフェクト(以下略)』と自称しているけれど、この人に比べるとやはり霞んでしまうよね。
元々は外交交渉のためにこっちの世界へとやって来て、国家保安省の設立に協力、そのまま
そう、つまり、アルーの直属の上司。
ララートさんは見た目こそ二十代後半くらいの美人さんだけど……私の両親の親友で、(あの)アルーが(比較的)大人しく従っているのだから、実際の年齢は見た目より高いのかもしれない。
まぁ、エルフは外見で年齢を判断できないからねぇ。
というか、国家保安省のお偉いさんなのだからものすっごく忙しいはずなのに……それでも直接この店に足を運ぶとは……。愛。
そんな愛の戦士(仮)ララートさんはどこか悲しそうな顔をしながら縁なし眼鏡を指で押し上げた。
「――やっぱりエルフと人間だと寿命が違いすぎるのよ。ユニーだって分かっているでしょう?」
エルフを持ち上げるでも、人間を見下すでもない。ただ、ただ、事実を述べるだけの平坦な声。
エルフは長寿命。
対する人間は、よほどのことがない限り100年が限界。
エルフと人間の恋物語はあっちの世界での定番で、こっちの世界でもときどき話題になるけれど……。やはり一番の問題は寿命の差となってしまう。
「……ララ。私は、あの人と出会ったことを後悔してないわ」
とても優しい声でユニーさんが反論する。
ララ、とはきっとララートさんの愛称だろう。
「ユニーの想いは否定しないわ。でも、そろそろ考えて欲しいのよ。……それにユリィちゃんも。あの子もエルフとしての『血』が濃いから、寿命もきっと――」
音もなく。
覗き見していた扉が閉じられた。
「お茶に戻ろうか」
「あ、はい、ソウデスネ」
なにやら不機嫌(?)なユリィさんの圧に負けて、大人しくテーブルセットにまで戻る私だった。
しっかし、ユニーさんと、ララートさんがねぇ。
「……ふと気になったんですけど、ユリィさんって何月生まれですか?」
「ほんと急だね? 4月だよ」
「おー、数ヶ月だけとはいえお姉さんですね」
「同級生でお姉さんも何もないと思うけどなぁ」
変になってしまった雰囲気を変えるための雑談。そう判断したのか、急すぎる私の疑問をユリィさんはさほど気にしていないようだった。
でも、私にとってはちょっとした重要事項だったりする。
ユニーさんはユリィさんの親で。ララートさんは私の未成年後見人。さらには養子になる方向で話が進んでいる。そんな二人がもしも結婚したら――ユリィさん、私の
同級生で友達になったばかりの人を『お姉さん』と呼ぶかもしれない未来かぁ……。見ず知らずの人よりはいいかもしれないけどさぁ……。
なんとも言葉にしがたい心境になってしまう私だった。