二人同時にオブジェクトに触れる。別に一人が触ればパーティーメンバー全員が転移できるのだけど、ここはやはり二人一緒の方がいい気がするのだ。
「……ん」
眩しさに目を細めると同時に、お腹の底からねじ曲げられるような不愉快な感覚が。転移魔法の特徴だ。つまり、無事に転移魔法は発動したらしい。
瞼を開けると、目の前に広がっていたのは太陽のような光源と、それに照らされ熱いくらいの荒野だった。見通しが良すぎるので魔物にもすぐに見つかってしまいそうな。
「っ! 大丈夫かい!?」
誰かを見つけたらしいユリィさんが駆け出す。彼女が向かう先に視線を向けると――いた。いかにも冒険者っぽい装備を身につけた少女が地面に倒れている。
何とも酷い状態だ。
両腕は変な方向に曲がり、骨が見えているところもある。何よりも酷なのが足だ。食いちぎられたのか右足の膝から下が欠損してしまっていた。
周りに魔物はいない。
あんな
誰かに討伐された?
それなら死体が残るはずだし、討伐者があの少女を放置して立ち去るのもおかしい。
あるいは、シャチはアザラシを投げて遊ぶというのを聞いたことがあるから、それとか?
もしくは……ケガ人を『釣り餌』にして、他の人間が助けるために近づいてくるのを待っているなんて可能性も?
私がそんな考察をしている間にも、ユリィさんは自分ができることをしていた。
「気をしっかり持って! すぐ治療するから!」
ユリィさんがポシェットから取り出したのは万能回復薬・ポーションだ。元々は異世界の産物であり、素材も製法もこちらの世界にはなかったのだけど……初級と中級ポーションに関してはこちらの世界でも素材の量産に成功し、こうして一般人でも普通に買えるようになっている。
まぁ、『普通に買える』とはいえお値段は結構するものだし、上級ポーションは特殊な素材が必要だからこちらの世界では製造できず、中々手に入らないのだけどね。
ユリィさんは初級ポーションだけでなく中級ポーションも迷うことなく使用していた。たぶん赤の他人であろう少女に対して。私が革の鎧を買った金額くらい吹き飛んでいるのでは? 優しいというか、甘いというか……。
もちろん、私は遊んでいるわけでも、見学しているわけでもない。周囲の警戒をしていたのだ。
そして。他の人では分からないだろうけど。私は確かに感じ取った。
「――ユリィさん。魔物です」
「え!? まだ治療が終わってないのに……!」
ポーションのおかげで少女の出血はだいぶ収まっていたけれど、折れた腕は治っていないし千切れた足もそのままだ。まぁ足の欠損なんて上級ポーションの、さらに最高品質でも使わなきゃ治らないだろうけど。
ユリィさんが顔を上げ、周囲の確認をしていると……相手もこちらの視界に収まる範囲まで接近してきたようだ。
「……あれは、ドラゴン?」
ユリィさんが絶望の声を上げる。
近づいてくるのは巨大なる『岩』だった。
普通のドラゴンは毛が生えていたり鱗で覆われているのだけど、あのドラゴンは表皮がゴツゴツとした岩のようになっていた。
あのような見た目と、地下を好んで住まう習性から名付けられた、あのドラゴンの名前は――
「アース・ドラゴンですね。ドラゴンの中では弱い方です」
「いや、人間が相手にするには強すぎるんじゃないかな……」
いつもの軽いやり取りをしようとするユリィさんだけど、その声は震えてしまっていた。それだけ『ドラゴン』という存在の脅威が冒険者の間で共通されているということなのだと思う。
ドラゴン。
一番弱いとされるアース・ドラゴンでも即座に自衛隊が防衛出動するほどの敵だ。幸いにしてアース・ドラゴンは『ドラゴンブレス』を吐けないとされているし、今私たちを狙っているのはアース・ドラゴンの中でも小さな個体みたいだけど。
これは逃げ帰ったパーティーが先生たちを呼んでくるのを待つのが一番いいと思う。
でも、足を失った少女は失血のせいか青い顔をしていて。すぐにちゃんとした治療を受けないと命の危険がありそうだ。
そんなことを考えていると、ドラゴンがこちらに向けて駆け出してきた。
「そんな……ドラゴンだなんて……」
ガクガクと震え出すユリィさんの背中を右手で強く叩く。
「――逃げますよ!」
「そ、そうだったね!」
正気を取り戻したユリィさんが、治療していた少女を抱き上げながら立ち上がった。さすがは王子様キャラ、
ユリィさんが一目散に逃げ出したので、私は彼女のすぐ後ろに付く。
「まずはこの子の治療を最優先です! 私が後ろに付きます! そうすれば『自己防御力上昇』の結界で二人もガードできますから!」
「お願い!」
「ユリィさんって緊急脱出用の魔導具持ってますか!? さっきあのパーティーが使っていたヤツ!」
「そうだ! それがあったよね!」
ユリィさんがお姫様だっこしていた少女を、肩に担ぎなおす。今の状態だと両手が塞がっているからポシェットに手を伸ばせないし。
ここは私が少女を受け取るべきかな? いやでも走っている最中にそんなことをしたら転んでしまうかもしれないし……。立ち止まっていてはドラゴンに追いつかれてしまうかもしれない。
「優菜! これに触って!」
ユリィさんがポシェットから取り出したのは、野球のボールより一回り小さいくらいの球体。細やかな装飾に、僅かに帯びた魔力。間違いなく魔導具だ。
ユリィさんが私に向けて魔導具を握った右手を伸ばす。
たぶん、それがいけなかったのだろう。
人一人を肩に担いだまま無茶な態勢を取ったせいか、ユリィさんはバランスを崩し、足をもつれさせ――転んでしまった。
「ちょっとぉ!?」
このとき。私が最優先したのは片足を失った少女だった。いくらポーションを使ったとはいえ死にかけだったのだ。この上さらに地面に落とすのは避けなければいけないから。――
少女を空中でキャッチしたタイミングで魔導具が発動。私の周りが光に包まれた。
すっ転んだユリィさんを残したまま。