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第28話 閑話 銀

 なんてタイミングで転ぶんだろう。と、ユリィは自分で自分に呆れてしまう。


 緊急脱出用の魔導具が発動し、優菜と片足を失った少女が光に包まれた。たぶんあのまま初階層に転移するのだと思う。


 転んで地面に投げ出された、ユリィを置き去りにして。


 だが、ユリィが優菜を恨むことはない。転んでしまった自分が悪いのだから。むしろ少女を空中で抱き留めてくれた優菜に感謝したいくらいだ。


「ボクは大丈夫だから! その子の治療を優先して!」


「いやそんなこと言ったって――」


 優菜の声を遮るように光が消えた。魔導具が所定の性能を発揮したのだ。


 緊急脱出用の魔導具はもうないので、普通に『オブジェクト』のある場所にまで移動して――駄目だ、もう追いつかれる。今から走っても後ろから攻撃されるだろう。


「あぁもう! なんで転ぶかなぁボク!?」


 自分に対して悪態をつきながら、ユリィは即座に立ち上がり剣を抜く。それとほぼ同時に、大地を揺るがすような咆吼が響き渡った。


『ガァアアァアアアッ!』


 アース・ドラゴンが突進してくる。

 小柄な個体とはいえさすがはドラゴン。その肉体はトラックより一回り大きく、そのスピードは道行くトラックよりなお速い気がする。


 まだ距離があるというのに威圧感が凄まじく、手足が震えてきてしまう。


 ユリィは学生でありながらも現役冒険者なので、魔物に対する知識は人一倍あるつもりだ。


 ドラゴン。

 あるいは、竜種。


 その種類は様々で、伝説上の存在である白いドラゴンや、災厄をまき散らし国すら滅ぼしたことがあるというドラゴン、水害によってどこかの国の王都を水没させたドラゴンもいるという。


 それらの上位種に比べれば、アース・ドラゴンは『弱い』ドラゴンに分類される。空を飛ぶための翼はなく、ドラゴンブレスも吐けず、魔法を使うこともない。


 ただし、それはあくまでドラゴンという種族の中で比べたらという意味だ。


 その皮膚は剣を通さず、魔法を弾き、自衛隊の大砲でも駆除するのは難しいとされている。


 ――見つけたら逃げろ。


 仲間を見捨ててでも逃げろ。そして役所ギルドに報告しろ。そうすれば、それ以上の被害を防ぐことができる。

 それが冒険者の共通認識だった。


 だから、あの少女を見捨てて逃げ出した他のパーティーメンバーを責めるつもりはない。


「…………」


 アース・ドラゴンの習性からして、たぶんあの少女の足を噛み、振り回して遊んでいたのだろう。そして少女の肉体が耐えきれず、足を食いちぎられた拍子に投げ飛ばされ、着地の際に衝撃を受け止めた腕が複雑骨折した。そんなところだと思う。


 アース・ドラゴンが突進してもすぐには近づけぬほどの距離を飛ばされた少女。いくら身体強化ミュスクルがあるとはいえ、それでも生きていたのだから奇跡と呼んでいいかもしれない。


「…………」


 少女のことは優菜に任せておけば大丈夫だとユリィは信じる。あとは、最初に逃げ出したパーティーが先生に報告。救出のための人員がやって来るまで時間を稼げばいい。


 むしろ、スキルを使えば、倒すこともできるかもしれないとユリィは考える。


(そうすれば、ボクも竜種殺しドラゴンスレイヤーだ)


 欲望がないと言えば嘘になる。自らの英雄願望を否定はしない。


 なにより、ここでドラゴンを倒せば、優菜に一目置かれるかもしれない。


 その若さに相応しい過信と無謀によって、ユリィはアース・ドラゴンとの戦いを選択した。……そもそも、それ以外の選択肢などないのだが。


「――解放」


 剣を抜きながら、小さく呟く。

 スキルの発動には個人差があり、決まった方式があるわけではない。黙って使う人間もいるし、カッコイイ名前を叫びながら発動させる者もいる。


 そして、ユリィはどちらかと言えば後者。スキル名を叫ぶことで『力』を解放するタイプであった。


 全身に力が満ち溢れる。身体強化ミュスクルを使ったときを遥かに超える万能感。


 これならいける。

 確信を抱いたユリィは大きく剣を振りかぶった。


「――穿て! 自己攻撃力上昇インディキゥム!」


 身体強化ミュスクルによる筋力増強。その上さらにスキルを使用した攻撃力上昇。武器の損壊を考慮しなければ、戦車の装甲板すら一刀両断してみせる一撃だ。


 ユリィの剣は人が出せる限界を超えた速さでアース・ドラゴンの首を狙い――


 あっさりと。弾き返されてしまった。


「そんな!? スキルは確かに発動した――ぐうっ!?」


 その巨体には似合わぬ速度でアース・ドラゴンが身体を回転させ、ユリィを尻尾で薙ぎ払った。


 通常の人間であればそれだけで押しつぶされてしまうが、幸いにしてユリィは攻撃のために身体強化ミュスクルを発動していた。強化された筋肉と、反射的に尻尾を避けるように後ろへと飛んだこと、そしてなにより――。複合的な要因によって、何とか即死は免れる。


 しかし、それはただ即死しなかっただけ。


 全身には激痛が走っているし、手足の感覚もない。視界はぼやけ、自分の身体の状態がどうなっているかすら分からない。手足が千切れているくらいならまだマシか。呼吸はできているので上半身は残っているが、下半身が潰れている可能性だってある。


 もはや這って逃げることすらできない。


 何と無力なのだろう、と。ユリィはいっそ笑えてくる。


 なにがSランクスキルだ。

 なにが将来有望な冒険者だ。


 自慢のスキルを使った攻撃はアース・ドラゴンにまるで通じず、一方的にやられただけではないか。


「――――」


 優菜たちが逃げられたのが不幸中の幸いかな。と、口にしようとするユリィ。


 しかし、それを言葉にすることはできなかった。声を発することができないのか、あるいは鼓膜が破れているのか。もはやどちらであるのかすら分からないが。


『ガァアアァアアアッ!』


 アース・ドラゴンが近づいてくる。ゆったりとした、勝者の歩みだ。


 もう駄目か。

 優菜はあの少女を安全な場所に連れて行ってくれただろうか?

 ボクが死んだら優菜は悲しむだろうか? 怒ってくれるだろうか? 何かしらの反応をしてくれたら嬉しいのだけど。


 そんなことを考えながら、ユリィは意識を失った。おそらくは血を流しすぎたのだろう。


 気絶する直前。ユリィが見たものは――視界を埋め尽くすような、鮮やかな『銀色』だった。



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