その日の夕方。
アルーとミワは青い顔をしていた。
すでに辺りが暗くなり始めているというのに、まだ優菜が帰ってこないのだ。
「ユリィのところにお見舞いに行ってから行方知れず……」
「アルーさん。探知魔法は?」
「駄目。妨害されてる」
「……使えない女」
「はぁ!? あんただって見つけられてないでしょうが!」
「私の魔法は攻撃特化なんですよ! 器用貧乏はアルーさんの役目でしょう!」
「誰が器用貧乏だ誰が!」
お互いの手を掴んでいがみ合う二人だが……それどころではないとすぐに止める。
「私の魔法を妨害できるのなんて、あっちの世界でもほとんどいないレベルの高位術者よ」
「アルーさんのストーカーでしょうか? もしや、
「あれは機器の誤作動……じゃ、ないのでしょうね。私の魔法を妨害できるなら、
「何が目的でしょうか?」
「そりゃあもちろん優菜よ。優菜の美しさに一目惚れして、誘拐したに違いないわ」
「たしかに。それしか考えられませんね」
うんうんと頷くアルーとミワ。
しかしこんな二人でも真面目に考え、真面目に危機感を抱いているのだ。
「……ヤバいわね」
「えぇ、檄ヤバですね」
さらに顔を青くする二人。
今ごろ優菜が怖くて泣いているかも。と、心配しているわけではない。
優菜が悪漢の手で酷い目に遭うかも。と、不安になっているわけでもない。
いいや、ある意味心配しているし、不安にもなっている。
だって。
優菜が手加減を間違えたら――
◇
「えーっと?」
今はアース・ドラゴンの子供が出現した影響で封鎖中であり、ダンジョン入り口は固く閉ざされているはずなのだけど……。
「こんな子供だましの封鎖、簡単に開けられるわよ」
なんだかつまらなそうな顔をしながら鼻を鳴らすエルフさんだった。
「なぜわざわざダンジョンに?」
「普通の場所だと探知魔法で見つけられてしまうかもしれないもの。でもダンジョンの中だとダンジョン自体が魔法を遮断してくれるのよ」
なんだか意外と丁寧に教えてくれるエルフさんだった。悪い人じゃなさそう。
とりあえず……。
「はじめまして、ですよね? 田原野優菜です」
自己紹介をするとなぜか呆れた様子になるエルフさんだった。
「アミーよ。……あなたねぇ。見ず知らずの人に誘拐されたのだからもうちょっと慌てたらどうなの?」
「あ、誘拐だったんですね?」
「…………。……
お姉様?
エルフ族であり、『アミー』というアルーそっくりな名前。そしてお姉様呼びとなると……?
「アルーの妹さんですか?」
そう確認すると、なぜか睨まれてしまった。
「人間ごときがお姉様のことを呼び捨てにしているんじゃないわよ。お姉様は偉大なるハイエルフで、いずれは我が郷の長になるべき存在なのよ?」
「あ、そうなんですか? でも、アルー本人からそう呼ぶようにお願いされていますので」
「……
「そういう感情向けられるの、慣れてますので」
「たわけたことを……。お姉様はなぜ人間などと親しく……。里を出てから何があったのかしら……?」
難しい顔で唸るアミーさんだった。
「じゃあ、アルーのことをストーカーしていたのはアミーさんだったんですか?」
あっちの世界には『ストーカー』なんて言葉はないけど、
無事に意味は伝わったらしく、アミーさんが忌々しげに眉をひそめる。
「ストーカーとは心外ね。お姉様に悪い虫が付いたようだから、即排除するかじっくり排除するか考えていたのよ」
その『害虫』って、もしかしなくても私のことかな? あと、排除する以外の選択肢はないらしい。
つけ回されているという意味ではむしろ私が被害者なんだけど……。いや、なんかもっと不機嫌になりそうだから口にはしないけど。
「まったく。何なのよあなた? 学校からアパートまでは無意味なほどに結界や警報が敷き詰められているし。中々手出しできなかったんだから」
「あー……」
たぶん、アルーとミワだな。私の身に危険が及ばないように――というよりも、私が
というか、事前にそういうのを設置できるほど行動範囲が狭いのか私……。
そんな半引きこもりな私だけど、今日はユリィさんのお見舞いの帰りだから通学路の警報やら何やらは意味がなく、アルーとミワも同行していなかったから『誘拐』するにはベストタイミングだったのだと思う。
「なるほどタイミングを見計らっての誘拐でしたか。それで、なぜ私なんかを誘拐したんです?」
「決まっているわよ。警告するためよ」
「警告?」
「えぇ。――お姉様からすぐに離れなさい。エルフと人間は、別々に生きるべきなのよ」