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第35話 閑話 アミー


 ――気にくわなかった。


 アルーお姉様は神託によって魔王の復活を知り、魔王を倒すまでの期間限定で里を留守にしたはずなのに、魔王が討伐されたあとも一向に帰ってくる気配がなく……なんと、異世界に渡ってしまったのだという。


 きっと純真無垢なお姉様を、薄汚い人間が騙して異世界に連れ帰ったに違いない。そう確信した私は里を抜け出し、ゲートに忍び込み、異世界へとやって来たのだった。


 なんて息苦しい世界だろうか。


 空に届かんほどに伸びた建物は見ているだけで息が詰まりそうだし、エルフの友である森はほとんど存在しない。空気は汚いし、川は汚れているし、なにより人間以外の動物がほとんどいない。


 なんてきたなく、けがらわしく、よごれている世界だろう。


 きっとお姉様は泣いているに違いない。


 帰ることができずに困っているに違いない。


 そう確信した私はお姉様の気配を頼りに居場所を見つけて――


(――なんて、なんて凜々しいお姿!)


 人間世界で『すーつ』というらしい衣服を身に纏ったアルーお姉様はもはや芸術と呼ぶに相応しかった。エルフの伝統的な衣装を身に纏っているときは慈愛溢れるお姿だったというのに、いまは数万の軍を率いる将軍すらかくやというほどの格好良さ。


 どうやら、お姉様は人間世界でゲートの維持管理をしているらしい。


(世界と世界を繋ぐゲートを任されるとは! さすがはお姉様!)


 感心すると同時、お姉様の仕事の重要さも理解する私。なるほど、これだけの大任であれば里に帰れないのも頷ける。ゲートが安定するまで10年か、100年か……。どちらにせよエルフにとっては大した年月ではない。この仕事を完遂してから里に帰るのもいいだろうと私は判断した。


 しかし、今度はまた別の問題が浮上してきた。


 お姉様に言い寄る『人間』の存在だ。


 確かに。

 美しさだけならお姉様にも匹敵するかもしれない。特に日の光を反射して艶やかに煌めく黒髪は、エルフにはない美しさだと認めるしかないだろう。


 でも、駄目だ。

 人間の美しさなんて、10年もすれば陰りが見えてしまう。


 いや人間でも吸血鬼になるとか、魔族になるなどの方法で不老を手にすることはできる。あとは魔王を討伐した勇者様も、聖剣の影響で不老不死の存在であると噂されている。


 しかし、違うだろう。

 あの人間からは『バケモノ』の気配がしないし、勇者様は銀髪・・であるはずだ。


 つまりは、ただの人間。


 ただの人間では、またお姉様を置いて行ってしまう。お姉様がまた悲しんでしまう。


 そんなの、駄目だ。


 だから私は、お姉様のために、あの人間を引き離そうとしたのだ。



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